お気に召しませ。-2

文字数 2,385文字

「……もうしない、謝る、気を付ける……」
 頭を低く垂れたまま、フユトは弱りきった声で詫びる。ここで許してもらえなかったら、死んだほうがマシなくらいの恥辱がやって来てしまう。
「本当にもうしない、ごめん、悪かったから、ごめん……」
 シギの冷たい指が頬を撫でてくれないかと思いながら、こんなになるまで追い込んで悪かったと髪を撫でてくれないかと思いながら、フユトが謝罪を紡ぐのに。
「お前のそれは聞き飽きた」
 飼い主は頑として受け取らず、ピシャリと鞭を撓らせるように言い放つ。
「夜明けにはトーカが来る、さっさとやれ」
 血を吐いてしまいたい、とフユトは目を閉じた。
「憔悴しちゃって、かわいいのね」
 魔王と同じ感性の彼女は、紙のように白い顔色のフユトを見つけて、愉しそうに宣った。
「それで、どう躾けたらいいのかしら、飼い主さん」
 フユトが力無く横たわる寝室の入り口で、トーカが心酔したような顔をしてシギを振り向く。
「痛いことも苦しいことも耐久も悦ぶ奴だからな、何が効くのか俺にもわからない」
 ふうん、と、トーカは女王の顔でフユトを一瞥すると、
「じゃあ、好きなことだけしてあげるから、あなたはこの子を見ていてあげて」
 シギを見上げて告げる。そうして、何かを考えるように目を細めながら再びフユトを見て、
「あなたはわたしに何をされても、悦んじゃ駄目よ、飼い主以外に反応したら、ソレ、もう二度と使えないようにしてあげる」
 恍惚と微笑んだ。
 ソレ、と指されたものは挿入には使わなくとも、限定的ながら使用用途はある。古代の宦官のような憂き目を見るなら舌を噛んで死んだほうがいいと思いつつも、度重なる嘔吐と、シギから逃げようと足掻いた疲労で身体は沈み込むように重い。
 あれから結局、浴室で四つ這いにされた身体の上に乗られて動きを封じられ、直腸の洗浄を施されながら間近で見られるという苦行をしたのだ。もうそれだけで肉体的にも精神的にも堪えているのに、これ以上の責め苦を受けるのは拷問に等しい。死んでしまいたいとさえ思う。
「これに耐えたら、あなたの飼い主も機嫌が直るんじゃなくて?」
 トーカが持参した麻縄に手首と足首をそれぞれ繋がれながら、茫然とするフユトの耳元で、魔女が囁く。
「かわいいワンちゃんの地位に返り咲きたいなら、あなたがすべきことはわかっているでしょう」
 そう、わかっている。許してもらえるまで、フユトは言われたことを忠実に守らなければならない。
 憔悴するフユトが小さく頷くのを認めると、トーカは薔薇が花開くように笑った。
「いい子ね」
 けれども、それは、地獄を超える地獄だった。そもそも、人体は刺激に反射するように出来ているわけで、本能的な反応を精神力でどうにかできるはずもないことは、フユトにだってわかっていた。わかっていても、シギが望むのだから仕方ない。懸命に耐えて期待に応えようとすることで、少しでも怒りが凪ぐのなら、捨てられずに済むのなら、フユトは藁にだって縋り付く。
「ひ……ッ」
 固めの豚毛が肌をなぞって、フユトの喉は引き攣った。チクチクと肌を刺す刺激に鳥肌を立てながら、筆に撫でられるくすぐったさを堪えなければならない。
「ねぇ、気持ちいいでしょう?」
 トーカの声が頭蓋の中に反響するように聞こえる。同じ過程を繰り返す攻めが延々と続いていて、どれくらいそうされているかもわからない。唯一、視線を下げたときにシギが視界に入るのが救いだったけれど、彼は壁に無表情で背を凭れたまま、薄墨色の腕を組んで微動だにしないから、フユトの痴態に何を思っているのか、わからないのが怖い。
「よ、くない……っ」
 奥歯を噛み締めながら声を振り絞ると、
「嘘つき」
 途端に冷たくなるトーカの声と共に、豚毛の筆が真っ赤になった先端をクルクルと撫でるから、その苦悶には声も出ない。
 実際、フユトは小刻みに絶頂を繰り返している。
 雄の象徴は根元から睾丸にかけてぎっちり縄を掛けられているために出せないし、準備させられた後孔にはトーカ持参のエネマグラが挿入っている。それで性感帯である前立腺を絶えず刺激されている上に、全身に散らばる弱いところを筆で攻められ、嬲られ続けているのだから、本当なら理性など手放している。おかしくなりそうだと思うものの、これを施しているのがシギならいざ知らず、相手はトーカだ。フユトの愛しい飼い主は冷淡な傍観者に徹していて、本音を伺うことができない。
「何度も勝手にイってるのに、どの口で嘘をつくの」
 叱責するトーカの口調と共に、豚毛が鈴口を撫でる。痙攣のように全身を震わせながら、嬌声も苦悶も意地で噛み殺すフユトは首を振りたくるのみだ。
「ちゃんと言えたらご褒美をあげる、気持ちいいでしょう?」
 甘やかすようにトーカが囁いた。
 本当は激しく頷いてしまいたい。手首と足首を繋がれて動きを封じられているからこそ、何処にも逃がせない愉悦が重すぎて気持ちいいのだと、心から認めてしまいたい。それから、恥も外聞もなく放出を許されたい。痛むほどに張り詰めた箇所から白濁を迸らせて自分の身体とシーツを汚し、よく耐えたのね、いい子と頭を抱かれたい。
 でも、トーカにじゃない。
「……がいい……」
 溢れる粘液に濡れつつ、ザリザリと粘膜を掻く豚毛の感触に総毛立ちながら、白く染まる脳裏で繰り返すのは、甘ったるいシギの声だ。
 フユトの漏らした声が聞き取れなかったようで、トーカが攻め手を僅かに緩めた隙に、
「シギがいい……!」
 殺されても構わない覚悟で、名前を呼んだ。
「……だそうよ」
 トーカがうっとりした声で壁に凭れるシギに水を向ける。
 息が荒い。心臓が跳ねている。直腸の粘膜がさざめくように締まった拍子に、何度目か知れないドライがやって来て、フユトの意識を虚空に投げる。高みから墜落する感覚に、フユトの声が溢れた。
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