溺愛シンドローム-4

文字数 2,417文字

 嗚呼、腹の底に苦しいくらいの質量を押し込んで、脊髄を走る衝撃で脳まで揺らして欲しい。流れ続ける電気信号でグズグズに溶け落ちた灰白質を肉の杭で掻き混ぜながら、何もわからなくなって、駄目になるまで犯して欲しい。
 何一つ解決しないまま、フユトは着火した炎の揺らぎを見つめる。フユトの表皮を焦がし、本能を焚き付ける熱情を持て余す時間は、過ぎるのが遅い。
 表と裏の仕事の諸々を片付けたのだろう、シギが戻ったのは深夜二時のことだ。表情や態度からは何も伺えない彼の、さすがに疲れている様子の足音に、寝室から動けなかったフユトは出迎えるのを躊躇う。
 今、顔を見たら終わりだ。我慢なんてできない。
 わかっているからこそ、気配を殺して、寝室を素通りさせようとしたのに、だ。
「おいで」
 ベッドに長いことうつ伏せて倦んだフユトを、そこに居ると確信した声が姿を見せないままで呼ぶ。びく、と肩を跳ね上げたフユトは、倦み疲れた顔を寝室の入り口へ向け、待ち構えたかのように姿を顕わすシギを、縋るように見る。
「おいで、フユト」
 普段なら、来い、と命じる高慢な声が、やけに甘い。その意図も意味も、もう、言われずともわかってしまう。放っておいて悪かったと、寂しい思いをさせたと、シギが全身にキスを降らせてくれるときの声だ。
「……グズグズだな」
 重く感じる身体を起こしてどうにか向かうと、敢えて明かりを消した真っ暗なままの通路にも関わらず、シギが嗤った。こいつの夜目も化け物並みかと思いながら、シギの後ろ頭を掴んで引き寄せる。前歯が唇に当たりそうな雑なキスを仕掛けたにも関わらず、相変わらずのテクニックでリードをさり気なく奪われ、いつの間にか壁に背中が付いている。
 懐かしいくらい昔、抵抗されるのを嫌ったシギがそうしたように、抵抗を忘れた両腕を片手で頭上に縫い止められる。お前の意思は聞かない、と暗に示すシギに、フユトは執拗いキスからようやく顔を逃がすと、
「もう、我慢できない……」
 駄犬であることを詫びるように、シギの肩口に額を預けた。
「悪かった」
 シギは何一つ悪くないのに、あたかも自分のせいだと言うように詫びる。気を遣う性格でもないのに、素直に甘えなかったフユトが悪いのだ。
 解放された両腕でしがみつく。迷子になっていた子どものように。
 馬鹿だな、と笑ってくれたらそれでいい。相変わらずだな、と呆れさせてしまうのがフユトだ。シギの気遣いが足りなかったわけじゃない。忙しさにかまけていたシギの責任なんかじゃない。お前のことなんか知るかよ、と宣って、そんなもんで足りるか早漏、と煽ってやれば良かっただけだ。
 触れ合うだけの戯れもいい。だけれど、明け渡した全てを征服されるセックスが、一番好きだから。
「気なんか遣わなくていい」
 顎を掬われて、肩に預けた額を上げさせられる。きっとドロドロに濁っているだろう瞳を、シギの昏い瞳が覗き込んでくる。
「俺はお前のためだけに生きてる」
 柔らかな狂気が、其処に巣食っている。
「好き勝手やって、困らせてろ」
 狂人どもを震え上がらせる冷徹な目が、フユトにだけは、頗る甘い。
 ぞくぞくとわななく震えが鮮烈な衝撃となって、脳裏で弾ける。だからもう、我慢なんてしない。
「……イ、きたい」
 はァ、と気怠く息を吐いて、
「腹ン中、メチャクチャしていいから……ッ」
 その呼気ごと、シギに食べられる。
 何をしても、何をされても、極まりそうな境界にいる。フユトの感度はずっとそこで留まっていて、上がる気色も、降りる気配もない。意識が揺蕩っているから、そこに働く理性はどこかに忘れたままだ。普段は絶対に見せない準備段階や、そのまま始めてしまった自慰まで視姦されて、フユトはずっと頂から降りられない。
「ぁ、そこ、」
 二本の指が掠める場所は、決定的な愉悦を与えてくれるのに、他人の指ではないから、どうしたってリーチが足りない。ほんの数ミリのもどかしさに声が出て、粘膜に爪を立てそうな勢いで指を動かしたいのに、狭まる肉輪がそれを許さないから、切なさに腰が揺れる。後ろだけの刺激で緩く反応する屹立の先から、ぷつりと溢れた透明な雫が、糸を引きながら垂れていくのを茫然と見つめる。
「ン、ぁ、そこ……ッ」
 シャワーを流したままにしているから、雨が降っているようだ。きっと掻き消してくれると願いつつ、いつもなら噛み殺すはしたない喘ぎを零し続ける。きっと、フユトの指の蠢きをじっと見ているだけのシギは煽りに煽られて、これ以上ないくらい乱暴にしてくれるから、それだけを期待して、ひたすら、自分だけで悦くなろうとする。
 いつだったか、予期せず自慰を見られたときより激しく、シギは決してしない動きで欲情を炙りながら、白い靄が脳裏に立ち込める気配に背を反らし、壁に付いた指に力を込める。
「ぁ、シギ、イく、これ、イく……ッ」
 好きな処には届かないのに、粘膜の浅瀬は予兆にさざめき、二本の指を強烈に食い締める。
「そのまま続けろ、イくなよ」
 但し、シギの声は残忍に響いた。頷くだけ頷いて奥歯を噛み締め、震えるほどの予感を何とか堪える。鳥肌が立つほど身体は準備が整っているのに、気力で我慢させられる管理がフユトの好物であることを、残酷なシギは知っている。
「酷いな」
 止まらない分泌物を見て、シギが嘲った。
「ここに蓋してやろうか」
 尿道を引き裂く火傷のような痛みを思い出し、ふるりと震えたフユトは、
「ぁ、むり、我慢できな……、ィく」
 一瞬、何もかもを忘れて靄に呑まれそうになり、痙攣する粘膜の熱さに恍惚としながら、この極みを超えた先に待ち受ける壮絶な仕置きを俄かに思い出して立て直し、新たな雫を垂れ流すに留めた。
 けれど、九合目まで登り詰めている感覚では、脳だけが絶頂しているも同然だった。達する感覚というのが曖昧になって、堪えられなかったかも知れないと不安になって、後背のシギを肩越しに見やる。
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