ポーカーフェイス-3
文字数 2,377文字
「……やだ」
怖いものなしとして知られるフユトでも、恐怖は頂点だ。ちょっとだけ、ほんの少しだけ、シギが甘い声で囁いてくれたなら、きっとどんなことでもできると甘えが出て、拒絶が口から零れてしまった。
済まない、悪かった、ごめんな。シギがフユトの頭を抱き寄せながら、後ろ髪を梳ってくれる心地良さが欲しくて、涙声になってしまう。
あと半歩、追い詰められたら泣く。
直感しながら、シギの腕や服の裾を掴みたい手をぎゅっと握って堪えて、シギが諦めてくれることを願う。
「わかった、もういい」
シギの声は抑揚を失い、乾いていた。フユトが願ったほうの諦めではなく、完全に突き放す口調だった。
「お前はもういい、帰れ」
要らない。
言外に言われた言葉が突き刺さる。あんなに甘やかして、離れられないようにした癖に、絡みつくシギの腕からあっさり解放されてしまうと、フユトには立つ瀬がない。
シギが壁から背中を浮かせた。寝室から出ていこうとする。薄墨色の両腕の腕組みを解いて、凍りつくフユトを一瞥もせずに。
そんなシギがよろめくほどの衝撃を伴って、フユトは背中に飛びついた。身体中が冷えきっている。終わりにされるのが怖くて、見捨てられるのが怖くて、聞き分けのない自分が嫌なのにシギの指示を受け入れられなくて、どうしようもない。
「ふ、」
しゃくり上げると、声が漏れた。
「ガキか、お前は」
呆れると同時に苛立った声がする。
「……ごめ、」
「さっさと謝れば許してやったのに」
もう遅い。そう言われた気がして、シギの背中に顔を埋める。
「何度言ったら素直になる」
シギが倦んだように言って、腰に回したフユトの腕を引き剥がすから、仕方なく身体を離すと、
「……この顔が見たかった」
獰猛な捕食者の瞳がフユトの泣き顔を覗き込んで、満足そうに嗤った。
そうだった。涼しげで中性的な美形だけれど、この男の本質は偏執者もびっくりの病的なストーカーで、ついでにド級の変態だった。
思いながらも、見られる背徳と歪な興奮に背筋を粟立てるフユトも他人のことは言えない。
ぐちぐちと粘着質な水音がする。ローションを纏った指も、音を奏でる動きも、全て自分のものだ。いつもするようにやれ、と指示したシギが、足元に膝立ちになって、その光景を見下ろしている気配がする。一度は抜いた指を三本にして粘膜を割り、もう充分に緩んでいることを示すのだけれど、シギは決して満足したと言わない。
「ぁ、ぁ、」
微かに声を漏らしながら、熱い腸壁をぐるりと撫でて、体温で溶けるゼリー状のローションを更に馴染ませる。震えっぱなしの膝が滑らないよう四つ這いで踏ん張りつつ、視線を下に向けると、先端からシーツに向かって糸を引くほど濡れている。芯は持っているけれど、そこには一度も触れていないせいで、雁首の外周には僅かに皮が被っている。
「やだ、シギ、早く……」
腕では大きすぎるけれど、指三本では足りない。目測二十センチ近い長さと円周六センチを超える太さで、最奥まで満たすように埋めて欲しい。
強請りながら、想像しただけで括約筋がきゅっと締まった。いつか収縮さえ疎かになりそうな予感にも、発熱する身体と頭では、はしたなく涎を垂れ流してしまう。
「早く?」
浅瀬を引っ掻くフユトに、シギがオウム返しで尋ねる。
「早く、ナカ、準備できたから……っ」
本当は挿れてと言いたい。言いたいのに、口から零れるのは遠回しな言葉ばかりだ。さっき、泣き顔を晒すくらい教え込まれたのに、フユトは愚かだから、すぐに忘れてしまう。忘れたフリをして、刻み込まれたくなってしまう。
ふぅ、と鼻で息を抜いて、枕に口元をうずめた。もう、言葉じゃ足りない。言葉にできない。
桃色の筒を埋め尽くして、充分過ぎるほどに太いそれで広げて、他の誰かじゃ足りなくなるよう躾けて、何処にも行けなくなるくらい束縛して、それから──。
「見えないからわからないな」
せせら笑う声に、ゾクゾクゾク、と、背筋を何かが駆け抜けた。咥えた指を締め付ける感覚と、痙攣のような身震いから、達したのだと理解する。重怠い愉悦に息を荒くして、四つ這いの上体を肩で支えると、もう片手をゆっくり下肢に伸ばし、
「準備、できてる、」
粘膜を掻き回していた指をもう一度抜くと、鉤型に曲げて、両手で後孔の縁を開いた。
「できてる、から、見て……ェっ」
何をしているんだろう、何を言わされているんだろう。ぼんやりした頭でも、とんでもないことを口走っているのは理解できるのに、それに伴う羞恥とか、屈辱とか、そういう感情に脳幹が痺れて、身体の震えが止まらない。
「イキっ放しか」
シギが嗤う。
性器の真裏がすごく熱くて、硬いもので刺激して欲しくなる。早く、どうか早く、引き裂いて欲しい。声も出せない高みへ連れて行かれて、真っ白に灼け落ちたい。
「ずっとイってる、イってるけど、」
小刻みに繰り返す甘イキで、鳥肌が治まらない。それはそれで気持ちいいのだけれど──フユトは一度、溢れる唾液を飲んで、
「シギのがいい、ナカ、グチャグチャにしていいから、イかされたい……っ」
乞う。
汗ばむ背中に、シギの冷たい指先が触れた。背骨に沿って、フェザータッチで撫で下ろされるだけで、もう駄目だ。カウパーが止めどなく滴ってシーツを濡らしている。けれど、出したいのはそれじゃないし、何なら冷たい手でへし折るように扱かれたい。
「ちが、」
「違わない」
それじゃない、と否定しかけた言葉を遮られる。
「イかせてやっただろうが、文句を垂れるな」
嗜虐を孕むシギの声に怒りはなかった。素直になれと伝えて、フユトの陥落を待っている。
わかっている。わかっているけれど。枕を噛んで唸る。
「ナカがいいって、言った……」
また泣かされそうになって、奥歯を噛んで堪えてから、辛うじて告げた。
怖いものなしとして知られるフユトでも、恐怖は頂点だ。ちょっとだけ、ほんの少しだけ、シギが甘い声で囁いてくれたなら、きっとどんなことでもできると甘えが出て、拒絶が口から零れてしまった。
済まない、悪かった、ごめんな。シギがフユトの頭を抱き寄せながら、後ろ髪を梳ってくれる心地良さが欲しくて、涙声になってしまう。
あと半歩、追い詰められたら泣く。
直感しながら、シギの腕や服の裾を掴みたい手をぎゅっと握って堪えて、シギが諦めてくれることを願う。
「わかった、もういい」
シギの声は抑揚を失い、乾いていた。フユトが願ったほうの諦めではなく、完全に突き放す口調だった。
「お前はもういい、帰れ」
要らない。
言外に言われた言葉が突き刺さる。あんなに甘やかして、離れられないようにした癖に、絡みつくシギの腕からあっさり解放されてしまうと、フユトには立つ瀬がない。
シギが壁から背中を浮かせた。寝室から出ていこうとする。薄墨色の両腕の腕組みを解いて、凍りつくフユトを一瞥もせずに。
そんなシギがよろめくほどの衝撃を伴って、フユトは背中に飛びついた。身体中が冷えきっている。終わりにされるのが怖くて、見捨てられるのが怖くて、聞き分けのない自分が嫌なのにシギの指示を受け入れられなくて、どうしようもない。
「ふ、」
しゃくり上げると、声が漏れた。
「ガキか、お前は」
呆れると同時に苛立った声がする。
「……ごめ、」
「さっさと謝れば許してやったのに」
もう遅い。そう言われた気がして、シギの背中に顔を埋める。
「何度言ったら素直になる」
シギが倦んだように言って、腰に回したフユトの腕を引き剥がすから、仕方なく身体を離すと、
「……この顔が見たかった」
獰猛な捕食者の瞳がフユトの泣き顔を覗き込んで、満足そうに嗤った。
そうだった。涼しげで中性的な美形だけれど、この男の本質は偏執者もびっくりの病的なストーカーで、ついでにド級の変態だった。
思いながらも、見られる背徳と歪な興奮に背筋を粟立てるフユトも他人のことは言えない。
ぐちぐちと粘着質な水音がする。ローションを纏った指も、音を奏でる動きも、全て自分のものだ。いつもするようにやれ、と指示したシギが、足元に膝立ちになって、その光景を見下ろしている気配がする。一度は抜いた指を三本にして粘膜を割り、もう充分に緩んでいることを示すのだけれど、シギは決して満足したと言わない。
「ぁ、ぁ、」
微かに声を漏らしながら、熱い腸壁をぐるりと撫でて、体温で溶けるゼリー状のローションを更に馴染ませる。震えっぱなしの膝が滑らないよう四つ這いで踏ん張りつつ、視線を下に向けると、先端からシーツに向かって糸を引くほど濡れている。芯は持っているけれど、そこには一度も触れていないせいで、雁首の外周には僅かに皮が被っている。
「やだ、シギ、早く……」
腕では大きすぎるけれど、指三本では足りない。目測二十センチ近い長さと円周六センチを超える太さで、最奥まで満たすように埋めて欲しい。
強請りながら、想像しただけで括約筋がきゅっと締まった。いつか収縮さえ疎かになりそうな予感にも、発熱する身体と頭では、はしたなく涎を垂れ流してしまう。
「早く?」
浅瀬を引っ掻くフユトに、シギがオウム返しで尋ねる。
「早く、ナカ、準備できたから……っ」
本当は挿れてと言いたい。言いたいのに、口から零れるのは遠回しな言葉ばかりだ。さっき、泣き顔を晒すくらい教え込まれたのに、フユトは愚かだから、すぐに忘れてしまう。忘れたフリをして、刻み込まれたくなってしまう。
ふぅ、と鼻で息を抜いて、枕に口元をうずめた。もう、言葉じゃ足りない。言葉にできない。
桃色の筒を埋め尽くして、充分過ぎるほどに太いそれで広げて、他の誰かじゃ足りなくなるよう躾けて、何処にも行けなくなるくらい束縛して、それから──。
「見えないからわからないな」
せせら笑う声に、ゾクゾクゾク、と、背筋を何かが駆け抜けた。咥えた指を締め付ける感覚と、痙攣のような身震いから、達したのだと理解する。重怠い愉悦に息を荒くして、四つ這いの上体を肩で支えると、もう片手をゆっくり下肢に伸ばし、
「準備、できてる、」
粘膜を掻き回していた指をもう一度抜くと、鉤型に曲げて、両手で後孔の縁を開いた。
「できてる、から、見て……ェっ」
何をしているんだろう、何を言わされているんだろう。ぼんやりした頭でも、とんでもないことを口走っているのは理解できるのに、それに伴う羞恥とか、屈辱とか、そういう感情に脳幹が痺れて、身体の震えが止まらない。
「イキっ放しか」
シギが嗤う。
性器の真裏がすごく熱くて、硬いもので刺激して欲しくなる。早く、どうか早く、引き裂いて欲しい。声も出せない高みへ連れて行かれて、真っ白に灼け落ちたい。
「ずっとイってる、イってるけど、」
小刻みに繰り返す甘イキで、鳥肌が治まらない。それはそれで気持ちいいのだけれど──フユトは一度、溢れる唾液を飲んで、
「シギのがいい、ナカ、グチャグチャにしていいから、イかされたい……っ」
乞う。
汗ばむ背中に、シギの冷たい指先が触れた。背骨に沿って、フェザータッチで撫で下ろされるだけで、もう駄目だ。カウパーが止めどなく滴ってシーツを濡らしている。けれど、出したいのはそれじゃないし、何なら冷たい手でへし折るように扱かれたい。
「ちが、」
「違わない」
それじゃない、と否定しかけた言葉を遮られる。
「イかせてやっただろうが、文句を垂れるな」
嗜虐を孕むシギの声に怒りはなかった。素直になれと伝えて、フユトの陥落を待っている。
わかっている。わかっているけれど。枕を噛んで唸る。
「ナカがいいって、言った……」
また泣かされそうになって、奥歯を噛んで堪えてから、辛うじて告げた。
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