Your sick,  my sick.-4

文字数 2,359文字

 二、三日前から軽く咳をしていたフユトが、昨日になって頭痛を訴え、今朝には寒気がすると言い出し、遂に、
「……マジか」
「三十九度三分、寝てろ」
 昼過ぎに発熱した。

 

my

sick.



 事の始まりは、二人で過ごす何でもない時間だった。フユトが珍しく、抑えずにくしゃみをするから、
「風邪か」
 何の気なしに聞いたのだ。
 すん、と鼻を鳴らしたフユトは、
「安心しろよ、莫迦は風邪ひかねーんだってよ」
 執務机から動かないシギを振り向きもせず、いつもの軽口で宣った。
 最近は何かと、お前は莫迦か、と言うことが多かったから、フユトにしてみれば、最大級の嫌みのつもりだったのだろう。
 シギは無言で受け流しつつ、何日か前のセックスで、フユトが湯冷めするまで攻め立てたことを思い出し、原因はアレかと納得した。
 この場合、悪いのは一方的にシギだ。フユトがどんなに蕩けた顔で、蕩けた声で続きを強請っても、窓の多いリビングで最後までするべきではなかった。身体が冷えた頃合いで寝室に移り、見られる心配のない場所で存分に乱れさせれば良かったのだ。
 昼間はともかく、夜は冷え込む季節になっている。少しの油断がこれである。
 案の定、それから幾日かすると、フユトは軽く咳をするようになり、そこで身体を保温するなり気をつければ回復したものを、普段通りの薄着で過ごすから、体調は転がり落ちるように悪くなり、そして三十九度の発熱だ。
「……仕事、行かねーの」
 取り敢えず、シギが常備している解熱剤(アスピリン)を湯冷ましで飲ませ、冷却シートを額に貼って、寝室のベッドで休ませたものの。フユトは付き添うシギが邪魔なようで、胡乱に問いかけてくる。
「お前が寝たら行く」
 何も不思議なことはないとばかりに答えるシギから、フユトは素っ気なく目を逸らして、溜息のように大きく息を吐いた。
「過保護かよ」
 さっきから憎まれ口ばかりを叩くけれど、それはフユトのパフォーマンスであることを、シギは誰より熟知している。
 フユトは図体も態度もでかい悪餓鬼のような雰囲気を持ち、粗雑な口調と、時に横柄さが滲む性格をしている。が、それは彼がオープンにしている部分のみでの話だ。フユトの本質は身体ばかりが大きくなってしまった子どもで、極度に孤独を怖がり、常に誰かの服の裾を掴んでいなければ立っていられない、甘ったれであることは最初から見抜いている。
 強がらずに甘えれば可愛げもあるというのに、どんなにシギが教えたところで、フユトは頑として自分の本性を認めない。それはそうだろう。強くなければ廃墟群で生き抜いては来られなかったし、フユトが自ら建設した見えない壁は、廃墟群出身であることを誇りにしているのだから、覆せば精神的にバランスを欠く。
 眠るまで見届ける、とシギが言えば、フユトはますます眠らない。これはそういう奴なのだ。素直に、人恋しいから傍に居て欲しいと言えばいいのに、突き放す口ぶりで、隣にいられると落ち着かないようなことを言いながら、シギの手を取ろうか取るまいか、ひたすら悩んでいる。
 さっさと掴んでしまえばいいのに、本当に世話が焼ける。
「いないほうが眠れそうなら、」
 言いながら、シギは腰掛けたベッドから立ち上がる。
「少し出てくるから休んでろ」
 シギの挙動を注意深く見守る視線には気づかないフリで、背を向ける。
「ちゃんと寝てるから戻らなくていい」
 さっさと行け、と背中を蹴りつけるような口調でフユトが言った。あぁ、全く──。
「……わかった、下に対応を任せておく」
 シギも淡々と振り向かずに答えて、寝室を出ようとする。これだから莫迦は嫌いだ。
「シギ、」
 高熱でつらそうな声が名前を呼んだ。軽く視線を向けるように振り向くと、察して欲しいと告げる瞳が──心細さに蝕まれて行き場をなくした瞳が、熱のせいもあって泣きそうに潤んでいた。
 さっさと手を掴んで引き止めて、恥も外聞もなく、傍に居て欲しいと強請ればいいのに、誘導してやらなければ弱音すら零せないなんて、フユトは本当に、難儀な生き方をしている。
「休んでろ」
 フユトの瞳に宿る本音を見なかったことにして、察していないように装って告げる。出ていけと言ったのはお前だ、従ってやるから言うことを聞け、と目線だけで告げる。
 果たして、フユトは寂しそうに目を伏せるから、留守番を言いつけられた子どものように、不安でいっぱいの顔をするから、素直になるまで突き放すつもりだったシギの予定は大幅に狂う。
 言葉にはしないくせに目で訴えるところも、言えないからこそ全身の細胞を使って求めるところも、フユトの悪癖だ。けれど、惚れた弱みなのだろう。他の誰が同じことをしても絆されることはないのに、フユトだけは勝手が違う。意図を汲まないお前が悪いと理不尽に言われたとして、機嫌を取るためなら頭を下げることもできる。
 シギは深く吐息して、
「それで、俺は出ていったほうがいいんだな?」
 心細げなフユトに、最終確認をする。
 フユトの逡巡は長い。人に弱みを見せないよう振る舞ってきた時期が長いぶん、フユトが盾を下ろすまでには時間がかかる。わかっているからこそ、いきなり素直になれと言うつもりはないし、強いることもない。シギが如何な化け物であろうと、弱みを見せたところでフユトを潰すつもりはないのだと、出来うる限り欲求を満たしてやろうとするのだと、フユトが完全に理解して納得して、安堵できるまでの長い道のりを共に歩む所存だ。
 頷いたらシギは出て行くだろうし、戻ってくるかもわからない。だけれど、強がって傍にいるなと言ってしまった手前、撤回するわけにもいかない。そこを指摘されてしまったら、ぐうの音も出ずに認めざるを得ない。根っからのサディストに攻め落とす口実を与えてはならない。
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