1 「百年ぶりですわね」
文字数 3,465文字
第2部スタートです
※ ※ ※
魔界──魔獣や魔族といった魔に連なる眷属が住まう異世界だ。
その中心に位置する、黒一色に彩られた魔王城。
城の最奥にある謁見の間に、六魔将メリエルは跪いていた。
腰まで届く白銀の長い髪。
つぶらな瞳は紅玉の色を宿している。
あどけなさを残す可憐な容姿に、ゴシックロリータ──いわゆるゴスロリ衣装がよく映えていた。
左右に傅いているのは、四人の魔将。
そして眼前の玉座に悠然と腰かけているのは、この世界の支配者──魔王だった。
「……ガイラスヴリムが死んだ」
その魔王が小さくうなった。
前方の空間がスクリーン状に変化し、映像が映し出される。
かなり粗いものだが、黒い騎士と人間の集団が戦っていることは分かった。
魔将ガイラスヴリム。
魔王の腹心たる六人の魔将の中で、最強の攻撃力を持つ騎士。
だが、彼の攻撃力をもってしても、神のスキルを持つ者が展開した極彩色の防御壁は打ち破れない。
まさしく絶対防御──聞きしに勝るイルファリアの力である。
「護りの女神 の力を打ち破れず、そのまま時間制限 が来て消滅したようだ」
魔王の言葉に魔将たちがざわめく。
「まさか、奴が……」
「防御を崩せぬならば、いったん魔界まで退けばよかったものを……」
「逃げることは奴の誇りが許さなかったのだろう」
魔王が物憂げな息をもらした。
「神の力とはいえ、しょせんは人間という器を通して出る力──それを打ち砕けないなら、その場で果てることを選ぶ……奴はそういう男だ。別の者を遣わすべきだった。我の判断誤りだ」
違う、とメリエルは内心でつぶやく。
魔王は最初からガイラスヴリムがこうすることを見通していたのだ。
敵の戦力を見極めるための捨て駒にするつもりだったのか。
あるいは──かつての大戦に敗れて以来、死に場所を探している節があったガイラスヴリムに、その場所を与えるつもりだったのか。
「ともあれ、ガイラスヴリムでも打ち砕けなかったことは事実。こと防御に関して、奴は神と同等の力を持つ──認識を改める必要がある」
「ですが、それでもたかが人間。その隙を突けばよいだけのことですわ」
メリエルが微笑んだ。
「ガイラスヴリムはさまざまな情報をもたらしてくれました。神のスキル以外にも」
「ほう、どういうことだ」
魔王が興味深げに続きを促した。
メリエルは優美な笑みを深め、
「お気づきですか? 彼が獣騎士形態 を──百パーセントの力を発揮したとたん、急激に人界にいられる時間が減ったことに」
「我らが力を使えば使うほど、残り時間が減る──ということか」
「かもしれません。ですが、わたくしの考えは少し違いますわ」
他の魔将の問いに、メリエルが告げる。
「トリガーとなっているのは『人に対する害意』ではないかと思います」
「害意……か」
「かつての神魔大戦の制約で、わたくしたちは行動に大きな制限をかけられることになりました。特に大きな力を持つ魔族ほど……もはや我らは人間どもを過剰に殺し、絶望に追い落とすことはできません」
「忌々しいことだ」
「神が、人を過剰に護れないのと同じこと。魔も、神も、人の世界への干渉力をほとんど失ってしまった──」
魔将たちが苦々しげに告げる。
「逆に考えれば、『人への害意』がなければ、我らは人の世界に長く留まることができるのかもしれません」
「しかし、魔の者は人の負の感情を糧として活動する。それなくして──」
「並みの魔の者ならすぐに力尽きるでしょう。ですが、我々のような魔将クラスならどうでしょうか?」
「……まさか、貴様」
「わたくしが直接、人の世界に参ります。『人への害意』を封じ、神の力を持つ者に近づき、殺します」
「……汝の考えは仮説に過ぎぬ。誤りであったなら、消滅する危険もあるのだぞ」
「神のスキルを持つ者を相手取るには、並みの魔族では務まりません。魔将であるわたくしが行くのが最適かと……魔王様の礎となれるなら本望です」
恭しく頭を下げるメリエル。
「では頼めるか、メリエル」
「仰せのままに」
告げて、メリエルは立ち上がった。
魔界と人間界をつなぐ亜空間通路──『黒幻洞 』を通り、メリエルは大地に降り立った。
慣れない陽光が目にまぶしい。
どうやらこちらでは朝のようだ。
魔界には存在しない太陽を見つめ、軽く感慨に耽る。
「人の世界──百年ぶりですわね」
太古の神魔大戦以来、長らく閉じられていた魔界と人界との通路がふたたび開かれたのが、百年ほど前。
メリエルはその折に、一度この世界に降り立った。
気の向くままに殺戮を繰り返し、人間の恐怖や絶望をたっぷりと食らい、悠々と魔界へ帰還したわけだが──。
周囲を見回すと、遠くに町を発見した。
身体能力を全開にして、獣のごとき速度で町まで到達する。
高い城壁でぐるりと囲まれているが、魔将である彼女にとっては障壁ですらない。
異常な跳躍力で簡単に飛び越え、町の中に侵入する。
「なかなか栄えているようですわね」
百年前に比べ、随分と文明が進歩したようだ。
建造物一つ見ても、百年の間の技術革新が見て取れる。
道行く人々も、あのころよりもずっと多く、活気にあふれていた。
「ああ、あなたたちの恐怖に歪んだ顔が見たい……想像しただけで濡れてしまいますわ」
メリエルは甘い喘ぎをもらした。
高ぶる興奮が抑えきれず、透明な蜜がひとすじ、両足の付け根から太ももにまで滴った。
だが、すぐに自制する。
人に害を為す存在──魔の者は、この世界に長くとどまることができない。
自分はあくまでも、この世界で平和に過ごすのだ。
「お、君、かわいいねー」
と、数人の若者が近づいてきた。
いかにも軽薄そうな態度でメリエルに近づく。
「なあなあ、俺らと遊ばね?」
「こう見えても、冒険者なんだぜ、俺ら。世界を救う正義の英雄ってわけ」
(冒険者……?)
それは確かガイラスヴリムと戦った連中の職業名だったはずだ。
あるいは神のスキルを持つ者も、同じ冒険者かもしれない。
「変わった格好だな、それ。可愛いじゃん」
「俺ら、女の子の扱いには慣れてるからさー。刺激的な夜を過ごせるぜ?」
「刺激的な夜?」
彼らの言葉の意味が分からず、メリエルは首をかしげる。
「あなた方はわたくしに対して性的な行為を望んでいる……ということでしょうか?」
「セ、セーテキなコーイ?」
「すげえ、言い回しだな、おい」
何がおかしいのか、若者たちはげらげらと笑う。
妙に癇に障る連中だった。
「……殺しますか」
神のスキルを持つ者の情報を得ようと思ったが、冒険者はおそらく他にもいるだろう。
すっと上げた右手の指先に魔力の光を灯し、それを魔法の矢に変えて撃ち出す──。
いや、撃ち出そうとしたとたん、メリエルの胸元でパリッと小さな火花が散った。
(……なるほど、やはり人への害意に反応するのですね)
落ち着け、落ち着け、と自分自身に言い聞かせる。
メリエルは指先の魔力光を消した。
すぐに火花は収まった。
「おやぁ、なんか光ったけど──胸に何か隠してるのかなぁ?」
「けっこう胸でかいじゃん」
じろじろと男たちの視線が胸元に集まる。
不快だった。
「……下品で下賤で下劣ですわね。やはり殺しますか」
そう考え直したとき、
「何をしているの、あなたたち!」
突然、鋭い声が響いた。
陽光を思わせる金色の髪をツインテールにした少女だ。
その隣には、月の輝きを連想させる銀色の髪を肩のところで切りそろえた少女。
姉妹なのか、よく似た顔立ちは、同性であるメリエルから見ても息を飲むほど美しかった。
これほどの美貌の持ち主は、魔界にもそうはいないだろう。
(人間にも見目麗しい者はいるのですね)
メリエルは思わず見惚れてしまった。
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魔界──魔獣や魔族といった魔に連なる眷属が住まう異世界だ。
その中心に位置する、黒一色に彩られた魔王城。
城の最奥にある謁見の間に、六魔将メリエルは跪いていた。
腰まで届く白銀の長い髪。
つぶらな瞳は紅玉の色を宿している。
あどけなさを残す可憐な容姿に、ゴシックロリータ──いわゆるゴスロリ衣装がよく映えていた。
左右に傅いているのは、四人の魔将。
そして眼前の玉座に悠然と腰かけているのは、この世界の支配者──魔王だった。
「……ガイラスヴリムが死んだ」
その魔王が小さくうなった。
前方の空間がスクリーン状に変化し、映像が映し出される。
かなり粗いものだが、黒い騎士と人間の集団が戦っていることは分かった。
魔将ガイラスヴリム。
魔王の腹心たる六人の魔将の中で、最強の攻撃力を持つ騎士。
だが、彼の攻撃力をもってしても、神のスキルを持つ者が展開した極彩色の防御壁は打ち破れない。
まさしく絶対防御──聞きしに勝るイルファリアの力である。
「
魔王の言葉に魔将たちがざわめく。
「まさか、奴が……」
「防御を崩せぬならば、いったん魔界まで退けばよかったものを……」
「逃げることは奴の誇りが許さなかったのだろう」
魔王が物憂げな息をもらした。
「神の力とはいえ、しょせんは人間という器を通して出る力──それを打ち砕けないなら、その場で果てることを選ぶ……奴はそういう男だ。別の者を遣わすべきだった。我の判断誤りだ」
違う、とメリエルは内心でつぶやく。
魔王は最初からガイラスヴリムがこうすることを見通していたのだ。
敵の戦力を見極めるための捨て駒にするつもりだったのか。
あるいは──かつての大戦に敗れて以来、死に場所を探している節があったガイラスヴリムに、その場所を与えるつもりだったのか。
「ともあれ、ガイラスヴリムでも打ち砕けなかったことは事実。こと防御に関して、奴は神と同等の力を持つ──認識を改める必要がある」
「ですが、それでもたかが人間。その隙を突けばよいだけのことですわ」
メリエルが微笑んだ。
「ガイラスヴリムはさまざまな情報をもたらしてくれました。神のスキル以外にも」
「ほう、どういうことだ」
魔王が興味深げに続きを促した。
メリエルは優美な笑みを深め、
「お気づきですか? 彼が
「我らが力を使えば使うほど、残り時間が減る──ということか」
「かもしれません。ですが、わたくしの考えは少し違いますわ」
他の魔将の問いに、メリエルが告げる。
「トリガーとなっているのは『人に対する害意』ではないかと思います」
「害意……か」
「かつての神魔大戦の制約で、わたくしたちは行動に大きな制限をかけられることになりました。特に大きな力を持つ魔族ほど……もはや我らは人間どもを過剰に殺し、絶望に追い落とすことはできません」
「忌々しいことだ」
「神が、人を過剰に護れないのと同じこと。魔も、神も、人の世界への干渉力をほとんど失ってしまった──」
魔将たちが苦々しげに告げる。
「逆に考えれば、『人への害意』がなければ、我らは人の世界に長く留まることができるのかもしれません」
「しかし、魔の者は人の負の感情を糧として活動する。それなくして──」
「並みの魔の者ならすぐに力尽きるでしょう。ですが、我々のような魔将クラスならどうでしょうか?」
「……まさか、貴様」
「わたくしが直接、人の世界に参ります。『人への害意』を封じ、神の力を持つ者に近づき、殺します」
「……汝の考えは仮説に過ぎぬ。誤りであったなら、消滅する危険もあるのだぞ」
「神のスキルを持つ者を相手取るには、並みの魔族では務まりません。魔将であるわたくしが行くのが最適かと……魔王様の礎となれるなら本望です」
恭しく頭を下げるメリエル。
「では頼めるか、メリエル」
「仰せのままに」
告げて、メリエルは立ち上がった。
魔界と人間界をつなぐ亜空間通路──『
慣れない陽光が目にまぶしい。
どうやらこちらでは朝のようだ。
魔界には存在しない太陽を見つめ、軽く感慨に耽る。
「人の世界──百年ぶりですわね」
太古の神魔大戦以来、長らく閉じられていた魔界と人界との通路がふたたび開かれたのが、百年ほど前。
メリエルはその折に、一度この世界に降り立った。
気の向くままに殺戮を繰り返し、人間の恐怖や絶望をたっぷりと食らい、悠々と魔界へ帰還したわけだが──。
周囲を見回すと、遠くに町を発見した。
身体能力を全開にして、獣のごとき速度で町まで到達する。
高い城壁でぐるりと囲まれているが、魔将である彼女にとっては障壁ですらない。
異常な跳躍力で簡単に飛び越え、町の中に侵入する。
「なかなか栄えているようですわね」
百年前に比べ、随分と文明が進歩したようだ。
建造物一つ見ても、百年の間の技術革新が見て取れる。
道行く人々も、あのころよりもずっと多く、活気にあふれていた。
「ああ、あなたたちの恐怖に歪んだ顔が見たい……想像しただけで濡れてしまいますわ」
メリエルは甘い喘ぎをもらした。
高ぶる興奮が抑えきれず、透明な蜜がひとすじ、両足の付け根から太ももにまで滴った。
だが、すぐに自制する。
人に害を為す存在──魔の者は、この世界に長くとどまることができない。
自分はあくまでも、この世界で平和に過ごすのだ。
「お、君、かわいいねー」
と、数人の若者が近づいてきた。
いかにも軽薄そうな態度でメリエルに近づく。
「なあなあ、俺らと遊ばね?」
「こう見えても、冒険者なんだぜ、俺ら。世界を救う正義の英雄ってわけ」
(冒険者……?)
それは確かガイラスヴリムと戦った連中の職業名だったはずだ。
あるいは神のスキルを持つ者も、同じ冒険者かもしれない。
「変わった格好だな、それ。可愛いじゃん」
「俺ら、女の子の扱いには慣れてるからさー。刺激的な夜を過ごせるぜ?」
「刺激的な夜?」
彼らの言葉の意味が分からず、メリエルは首をかしげる。
「あなた方はわたくしに対して性的な行為を望んでいる……ということでしょうか?」
「セ、セーテキなコーイ?」
「すげえ、言い回しだな、おい」
何がおかしいのか、若者たちはげらげらと笑う。
妙に癇に障る連中だった。
「……殺しますか」
神のスキルを持つ者の情報を得ようと思ったが、冒険者はおそらく他にもいるだろう。
すっと上げた右手の指先に魔力の光を灯し、それを魔法の矢に変えて撃ち出す──。
いや、撃ち出そうとしたとたん、メリエルの胸元でパリッと小さな火花が散った。
(……なるほど、やはり人への害意に反応するのですね)
落ち着け、落ち着け、と自分自身に言い聞かせる。
メリエルは指先の魔力光を消した。
すぐに火花は収まった。
「おやぁ、なんか光ったけど──胸に何か隠してるのかなぁ?」
「けっこう胸でかいじゃん」
じろじろと男たちの視線が胸元に集まる。
不快だった。
「……下品で下賤で下劣ですわね。やはり殺しますか」
そう考え直したとき、
「何をしているの、あなたたち!」
突然、鋭い声が響いた。
陽光を思わせる金色の髪をツインテールにした少女だ。
その隣には、月の輝きを連想させる銀色の髪を肩のところで切りそろえた少女。
姉妹なのか、よく似た顔立ちは、同性であるメリエルから見ても息を飲むほど美しかった。
これほどの美貌の持ち主は、魔界にもそうはいないだろう。
(人間にも見目麗しい者はいるのですね)
メリエルは思わず見惚れてしまった。
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