10 「倒すしかない」

文字数 2,839文字

「ジャック・ジャーセだ」

 と、獣騎士が名乗った。
 声の感じからすると中年くらいの男性だろうか。

「……ハルト・リーヴァです」

 名乗り返す俺。

 獣騎士──ジャックさんの全身には、淡い紋様がいくつも浮かんでいる。
 騎士を意匠化したようなそれは、俺の紋様とよく似た雰囲気だった。

 おそらく、この人も神のスキルを持っているんだろう。

 ディアルヴァを吹っ飛ばしたってことは、味方って考えていいのかな──。

「……お前みたいな奴もいるんだな」

 ジャックさんが安堵したようにつぶやいた。

「前に、同じような力を持っている奴に会ったことがある。そいつは私利私欲で好き勝手にしていた。大勢の人を自分の思うままに操って──」

 狼を思わせる顔が俺を見る。
 恐ろしげな異形の顔は──だけど、どこか優しい雰囲気をたたえていた。

「だけど、お前は違うみたいだ。必死で仲間を守ろうとしていた。柱を壊すつもりなんだろう。お前も、あの冒険者たちも」

「五本の柱を全部壊さないと王都が毒で包まれます。俺たちは、それを止めるために来ました。王都の人たちを守るために」

「俺にも手伝わせてくれ」

 ジャックさんが俺の隣に並んだ。

 ──共闘、ってことか。

 この人の素性は分からないけど、目的は同じみたいだ。

「あいつを引きつけて、その間に仲間が柱を壊します」

 俺はジャックさんにうなずいた。

「俺たちで奴を食い止めましょう」

「食い止める? このワタシを?」

 ディアルヴァが俺たちを見る。

「魔法の発動を封じるスキルだけで、ワタシを抑えたつもりであるか? 甘い──」

 言うなり、魔将は地を蹴り、すさまじい跳躍力で上空へ跳び上がった。

 そうだ、俺がスキルで魔法を封じても、こいつには高い身体能力がある。

「『人への害意』を持てば、この世界にいられる時間が極端に短くなる──ならば、その時間内に奴らを殲滅すればよいだけのことである」

 ディアルヴァは上空百メティルほどの位置で止まった。

 そこは、俺のスキルの範囲外だ。

「腐れ」

 魔将は空中に浮かんだまま、光弾を撃ってきた。

 俺は迎撃すべくスキルを飛ばす。
 虹色の光球と魔の光弾がぶつかり、中空にまばゆいスパークをまき散らした。

 それが二回、三回。

「病め。朽ちよ」

 さらに五回、十回──。

 ちっ、これじゃさっきと同じパターンだ。

「いかに神の力があろうと、しょせんは人間。そろそろ集中力の疲労が限界ではないかな?」

 ディアルヴァは俺をあざ笑うかのように、消えて現れ、また消えて──を繰り返す。

 いつ、どこから撃ってくるのか。
 変則的かつ不規則な攻撃は、まったく予測できなかった。

 こいつの攻撃は──防ぎづらい。

 ガイラスヴリムのような強大な破壊力はない。
 だけど、どこから撃ってくるか分からない上に、無効化も難しい。

 厄介な敵だった。

 リリスたちも攻撃魔法を放っているが、神出鬼没のディアルヴァにまったく当たらない。

「お前の能力は『守る』ことなのか」

 ふいに、ジャックさんがたずねた。

「そいつを俺にかけることはできない?」

「えっ」

「俺のスキルは『強化』。今の俺の反射速度なら、あいつが現れた瞬間に全速力で距離を詰められる」

「……お願いします」

 俺はスキルを手元に戻すと、ジャックさんの体を虹色の光で包んだ。
 攻撃を跳ね返すタイプの護りの障壁(アーマーフェイズ)

「効果時間は五分です。気を付けて」

 俺の言葉にジャックさんは無言でうなずき、獣のような四つん這いの姿勢になった。

 周囲に視線を向ける。
 やがて、斜め前方にディアルヴァが出現する。

 ちょうどA班の近くに。

「そこか──」

 ジャックさんが地を蹴った。

 同時に巻き起こる衝撃波。
 音速を超えた獣騎士が、虹色の軌跡を描いて魔将に肉薄する。

「……っ!? こいつ──」

 さすがにディアルヴァも驚きの声を上げた。

「腐れっ」

 放たれた光弾は、ジャックさんを包む護りの障壁(アーマーフェイズ)が易々と弾き返す。

「誰も殺させんっ」

 ジャックさんの拳が魔将に叩きつけられた。

「が……はっ……!」

 数十メティルも吹き飛ばされ、近くの家屋に叩きつけられるディアルヴァ。

 家屋が粉々になり、もうもうたる土煙で覆われた。
 その粉塵の向こうから、魔将が立ち上がる。

「はあ、はあ……な、なるほど『強化』の力──これほどの速度が出せたか」

 苦しげにうめいたディアルヴァは、ふたたび中空高く飛び上がった。

「そうと分かれば、二度と近づかぬ。この距離からの攻撃に徹すれば、キミたちに攻撃は不可能である」

 その声は、さすがに弱々しい。
 ジャックさんの一撃でかなりのダメージを受けたか。

「ガイラスヴリムは誇りに殉じたが、ワタシは違う。勝つための最善を尽くすのみ──勝てない相手は無視し、殺せる相手だけを殺すのである」

 ふたたび上空から毒の光弾が降り注いだ。
 柱に向かおうとしているA班やC班だけに狙いを定めたようだ。

 俺は防御スキルを飛ばして、光弾を次々と弾いた。
 だけど、手数が多すぎて防ぐのが手一杯だ。

 俺のスキルの有効射程──五十メティルより先にも、魔将は次々と毒の光弾を弾幕として張っており、二班とも進めないでいる。

 このまま足止めされ続ければ、やがて作戦のタイムリミットを迎えるだろう。
 完全に──手詰まりだ。
 と、

「これならっ」

 ジャックさんが手近の瓦礫を上空のディアルヴァに向けて投げた。
 まさしく目にも止まらぬ速度──たぶんこれもジャックさんのスキルなんだろう。

「無駄である」

 だけど、瞬間移動を連発するディアルヴァには当たらない。

「速度を『強化』した瓦礫弾ってところだが……駄目か」

 舌打ちするジャックさん。

 魔将は光弾による攻撃を再開し、俺がスキルでそれを防ぐ。

 五十、百、百五十──。
 回数を重ねるにつれて、疲労が溜まり始める。

「くっ……ううぅ……っ」

 まずい、集中力が薄れてきた。

 俺たちから魔将への攻撃は当たらず、あいつは一方的に攻撃を仕掛けるのみ。
 防いでるだけじゃ、いずれやられる。

 状況を打開する手は一つだけ。

「倒すしかない……!」

 何か方法はないのか。
 あいつの隙をついて攻撃を当てる方法は。

 ふと一つの考えが頭に浮かんだ。

 俺とジャックさんのスキルで連携すれば──。

「……どうした?」

「思いつきました」

 怪訝そうなジャックさんに、俺はうなずいた。

「たぶん通用するのは一度きりですけど、奴を出し抜く方法を」

 これで──決着をつけてやる。
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