1 「また会えたね」

文字数 2,498文字

 あれから一週間が過ぎた。

 竜によって破壊された城壁や家の修理は急ピッチで進んでいるみたいだ。
 大多数の人たちはおおむね普段通りに過ごしている。

 俺もタイラスシティであいかわらず学生生活を送っていた。

 ただ──事件前と比べると、俺を取り巻く環境は一変していた。

「あ、ハルトくんがきた!」

「おはよう、ハルトくん!」

「おはようございます、ハルト先輩~!」

 今日も登校したとたん、女の子たちが寄ってきた。
 これだけでも、俺としては激変といっていい変化だ。

「ハルトくんってすごいんだよね。竜を退治したとか?」

「ねえねえ、どうやって竜を倒したの? 剣? 魔法?」

「もしかして冒険者になったりするの?」

 と、俺を質問攻めにする。

 俺を見つめるキラキラとした瞳、瞳、瞳──。
 ふわり、と彼女たちの髪からは清潔感のある香りが漂ってくる。

 騒がれるのが嫌で、俺は竜退治のことをことさらに他人に話したりはしていない。
 それがかえって興味を煽ってしまったらしく、連日のように皆が話を聞きたがった。

 特に、今までは俺に見向きもしなかった女子たちが。

「くそ、今日もハルトのやつ……」

「ぐぬぬ、リア充路線まっしぐらか……」

「爆発しろ……爆発しろ……」

 ああ、男子たちから恨めし気な視線を感じる。

 俺としても急激に周囲の反応や態度が変わってしまったことには、喜びよりも戸惑いの方が大きい。
 とはいえ、こうやって女の子たちに囲まれるのは悪い気分じゃなかった。

 学校でもトップクラスの美少女として名高い生徒会長が。
 剣術部のエースを務める勝気系少女が。
 クラス一の優等生である清楚系少女が。
 先輩が、後輩が。
 果ては女教師や大学部、あるいは中等部や初等部の女子生徒までが──。

 とにかく俺が行く先々で待ち受けては、取り囲んでくるのだ。
 最近王都で流行っているという噂の、ラブコメ小説の主人公みたいな状況である。

 最強の魔獣であり、この世界において災厄の象徴ともいえる竜を倒した(正確にはリリスたちとの共同戦線なんだけど)──その事実は俺を一躍学校のヒーローにしてしまっていた。

 中にはデートに誘ってくるような子もいるんだけど、俺にもやるべきことがある。
 残念ながら、ラブコメ気分にばかり浸っていられない。

 なんといっても、最優先は『絶対にダメージを受けないスキル』のテストだった。
 今後、俺が冒険者になるにしろ、ならないにしろ、早いうちに自分の力を把握しておいたほうがいいだろう。


 ──放課後になり、俺はここ数日行っているスキルのテストを今日もやることにした。

 調べたいのは、スキルを発動するための条件と、使用回数に制限があるのかどうか。
 この二つだ。

 俺はひと気のない森の中に入った。
 スキルのことを秘密にしなきゃいけないってことはないんだけど、見せびらかすようなものでもない。

「よし、やるか」

 まずは、自分で自分を軽く殴ってみた。

 スキルを発動するには、念じるだけでいい。
『俺を守れ』とか『敵の攻撃を跳ね返せ』とか漠然としたイメージだけで大丈夫だ。

 今も、自分の頬に向けて放ったパンチは、

 がいんっ!

 極彩色の光があふれたかと思うと、金属がぶつかるような音がして弾かれた。
 頬にも、そして拳にも痛みはまったくない。

「本当に不死身っていうか、無敵状態だな……」

 ただし──スキルを発動していない間は、当然のことながら普通にダメージを受ける。

 昨日、クラスメイトに頼んで、俺が気づかないように不意打ちで小石を投げてもらった。
 結果、当たった小石は俺に痛みを与えた。

 もちろん軽く投げてもらったから、大した痛みじゃないんだけど。
 それでも、痛みは痛みだし、そもそもスキル発動の証である『極彩色の光』や『天使みたいな紋様』も現れなかった。

 あくまでも俺が『絶対ダメージを受けない』のはスキル発動中だけだ、と考えてよさそうだ。

 次に、使用回数の制限があるかどうかを確かめてみる。

 とりあえず俺は自分を三百回ほど殴ってみたが、スキルは毎回発動した。
 五百とか千とか増やしていくとさすがに疲れるので、今日のところは三百でいったんストップした。

 現状での結果からは次の三つが考えられる。

・スキル発動に回数制限なし。無限にスキルを使える。
・スキル発動に回数制限あり。ただし百回程度は連続使用可能。
・スキル発動に回数制限あり、かつダメージの大きさによってその回数が変化する。

 厄介なのは三つ目だったパターンだ。

 たとえば防げるダメージ量が決まっているとして、1のダメージなら100回防げるが、100のダメージだと1回しか防げない──といった場合。

 もし、このパターンなら調べるのがけっこう厄介なことになる。
 というか、調べようがないかもしれない。

 あとは時間帯制限なんかも念のために調べたが、これは朝昼晩いつでも発動した。
 たぶん『この時間帯だとスキルは使えない』といった制限はないんだろう。

 一般的な魔法には、そういう制限つきのものもあるらしいけど、神さまがくれたスキルだし、また違うんだろう。

 ということで、二時間ほど調べて今日のテストを終えた。
 日は沈みかけ、すでに夕方だ。

「明日は──何を調べればいいかな」

 森から出た俺は、自宅に続く大通りを進んだ。

「やっぱり協力者がいたほうがいいんだけど……うーん」

「協力者? あたしでよければ手伝うよ」

「本当か? それは助かる──」

 言いかけて、ハッと顔を上げた。

 大通りの前方に、すらりとしたシルエットがたたずんでいた。

 夕日を浴びて淡く輝く黄金色の髪。
 ツインテールにした先端が、風にはためいている。

 そして──俺を見つめる切れ長の青い瞳。

「また会えたね、ハルト」

 リリスが、嬉しそうな微笑みを浮かべていた。
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