10 「僕だけだ」
文字数 2,423文字
ジャックは数メティルの距離を置いてレヴィンと向かい合った。
「……僕を殺すつもりか、ジャック・ジャーセ」
玉座を思わせる椅子に座した少年が、表情を険しくする。
「殺しはしない。ただ俺の同僚にかけた支配は解いてもらう」
ジャックは静かに告げた。
互いの視線が中空で絡み合い、火花を散らすような感覚があった。
「それと俺の周りを嗅ぎまわるのも──いや、俺にかかわること自体をやめろ」
「神の力を持つ者──スキル保持者 の調査は最重要項目だからね。君たちの存在は僕の王国作りに影響を及ぼす。おいそれと止めるわけにはいかないよ」
レヴィンは手元のファイルをこれ見よがしに広げる。
自分たちのように神のスキルを持つ者が全部で七人存在する、というのは、彼に初めて会ったときに聞かされた話だ。
そのうちの一人であるハルト・リーヴァとはすでに知り合っていた。
レヴィンの口ぶりからすると、他の保持者 たちの情報もある程度つかんでいるのだろう。
「俺はただ平和に暮らしていきたいだけだ。それに他の連中だって戦いを望まない者はいる。お前の野望に巻きこむのはやめろ」
ジャックは口調を強めた。
少しずつ距離が縮まりつつある意中の女性。
自分に何かと目をかけてくれる社長。
気のいい同僚たち。
大切な人たちの顔が、次々と脳裏に浮かぶ。
「これ以上、俺の生活をかき回すなら──俺の周りの人間に手を出すなら、お前を許すわけにはいかなくなる」
「許すわけにはいかない? それは相手を下に見る台詞だね」
レヴィンの表情が変わっていく。
涼しげな美少年の面影が消えていく。
代わって現れたのは──憤怒と憎悪の、顔。
「僕はすべてを支配する者。王国を統べる者。僕に命令できるのは──僕だけだ」
鋭い眼光がジャックを見据えた。
「いずれ同志となるべきスキル保持者 には、できれば自分の意志で僕に協力してもらいたい。だが、いざとなれば──君を支配することだってできる」
(こいつ……!)
ジャックは表情をこわばらせた。
支配のスキル──。
一見、絶対無敵の能力に思える。
だが疑問もある。
なぜレヴィンはもったいぶって、すぐにスキルを使おうとしないのか。
ジャックが敵対した時点で、有無を言わせず支配してしまえばよいのだ。
(なんらかの制限か、弱点でもあるのか……?)
「ああ、万能無敵というわけじゃないよ。僕のスキルは」
レヴィンが微笑む。
「たとえば、人数だ。無制限に支配できるなら、目についた者全員を支配していけばいい。だが実際には、一度に支配できるのは数千人程度なんだ。だからこの町でも、僕が支配しているのは領主のような町の統治にかかわる者や、行政の上層部、騎士団の隊長クラスなど指揮系統に関係する者を重点的に支配している」
突然饒舌になったレヴィンに、ジャックは警戒を強めた。
ただ、おしゃべりがしたい──などということはあり得ないだろう。
だとすれば、これは時間稼ぎか。
あるいはジャックの注意を引きつけようというのか。
(どうする……? 最速で飛びかかって、あいつを押さえるか……?)
迷いが、生ずる。
身体能力という点では、レヴィンがジャックに対抗することはできないだろう。
「考えごとかい? ──油断大敵だよ、ジャック・ジャーセ」
レヴィンが突然、右手に握った何かを操作する。
左右から風を切るような音が聞こえた。
「──これは!?」
常人ならばとても反応できない速度と量の──矢。
壁の左右に大量の発射装置を仕込んでいたのか。
先ほどレヴィンが操作したのは、その起動のための装置なのだろう。
「悪いが、俺の目と耳なら捕えられるんだ」
ジャックは冷静だった。
左右から放たれた数十の矢の一つ一つを視認し、その軌道に反応し、拳で弾く。
すべての矢を正確に弾き飛ばしながら直進する。
座したままのレヴィンに、拳を叩きこんだ。
少年の体は──まるで硝子細工のように粉々に砕け散った。
「何……!?」
ジャックはハッと顔をこわばらせる。
手ごたえがおかしい。
人間を殴った感触ではなかった。
「偽物……!?」
「精霊使いのアリィが作った鏡像だ。二度も同じ手にかかるとはね」
嘲笑を浴びて思い返す。
先ほどの冒険者たちとの戦いでも、精霊使いの女が鏡像を生み出したことを。
「……ちっ」
つまり、さっきから無駄に饒舌だったのは、ジャックの注意を鏡像に引きつけるため。
罠の矢も然りだ。
「僕が無防備に姿をさらすとでも思ったか?」
背後を振り返ると、レヴィンが笑っていた。
その瞳に輝く紋様が浮かぶ。
「僕と目を合わせ、言葉を聞いた者は、たとえ何者だろうと僕の支配下に置かれる。いずれは神や魔さえも従え、跪かせてみせる──」
妖しい眼光がジャックを捕らえた。
「う……ぐ、ぅ……っ……!?」
意識が少しずつ薄れ、ぼやけていくのが分かる。
自分の心に何かが侵食し、塗り替えられていくような不快感。
自分が自分ではなくなるような違和感。
(俺が、こいつに支配される──!?)
全身が凍りつくような感覚があった。
圧倒的な、絶望感だった。
「さあ、僕のしもべとなれ! ジャック・ジャーセ!」
レヴィンが朗々と叫ぶ。
「……まだ、だ……っ」
支配のスキルは万能ではない。
おそらく隙がある。
レヴィンが正面からジャックと向き合わず、こんな回りくどい罠を張ったことが──その証だ。
(俺のスキルならその隙を突ける──)
──そして。
訪れた二人の決着は、まさしく刹那の出来事だった。
「……僕を殺すつもりか、ジャック・ジャーセ」
玉座を思わせる椅子に座した少年が、表情を険しくする。
「殺しはしない。ただ俺の同僚にかけた支配は解いてもらう」
ジャックは静かに告げた。
互いの視線が中空で絡み合い、火花を散らすような感覚があった。
「それと俺の周りを嗅ぎまわるのも──いや、俺にかかわること自体をやめろ」
「神の力を持つ者──スキル
レヴィンは手元のファイルをこれ見よがしに広げる。
自分たちのように神のスキルを持つ者が全部で七人存在する、というのは、彼に初めて会ったときに聞かされた話だ。
そのうちの一人であるハルト・リーヴァとはすでに知り合っていた。
レヴィンの口ぶりからすると、他の
「俺はただ平和に暮らしていきたいだけだ。それに他の連中だって戦いを望まない者はいる。お前の野望に巻きこむのはやめろ」
ジャックは口調を強めた。
少しずつ距離が縮まりつつある意中の女性。
自分に何かと目をかけてくれる社長。
気のいい同僚たち。
大切な人たちの顔が、次々と脳裏に浮かぶ。
「これ以上、俺の生活をかき回すなら──俺の周りの人間に手を出すなら、お前を許すわけにはいかなくなる」
「許すわけにはいかない? それは相手を下に見る台詞だね」
レヴィンの表情が変わっていく。
涼しげな美少年の面影が消えていく。
代わって現れたのは──憤怒と憎悪の、顔。
「僕はすべてを支配する者。王国を統べる者。僕に命令できるのは──僕だけだ」
鋭い眼光がジャックを見据えた。
「いずれ同志となるべきスキル
(こいつ……!)
ジャックは表情をこわばらせた。
支配のスキル──。
一見、絶対無敵の能力に思える。
だが疑問もある。
なぜレヴィンはもったいぶって、すぐにスキルを使おうとしないのか。
ジャックが敵対した時点で、有無を言わせず支配してしまえばよいのだ。
(なんらかの制限か、弱点でもあるのか……?)
「ああ、万能無敵というわけじゃないよ。僕のスキルは」
レヴィンが微笑む。
「たとえば、人数だ。無制限に支配できるなら、目についた者全員を支配していけばいい。だが実際には、一度に支配できるのは数千人程度なんだ。だからこの町でも、僕が支配しているのは領主のような町の統治にかかわる者や、行政の上層部、騎士団の隊長クラスなど指揮系統に関係する者を重点的に支配している」
突然饒舌になったレヴィンに、ジャックは警戒を強めた。
ただ、おしゃべりがしたい──などということはあり得ないだろう。
だとすれば、これは時間稼ぎか。
あるいはジャックの注意を引きつけようというのか。
(どうする……? 最速で飛びかかって、あいつを押さえるか……?)
迷いが、生ずる。
身体能力という点では、レヴィンがジャックに対抗することはできないだろう。
「考えごとかい? ──油断大敵だよ、ジャック・ジャーセ」
レヴィンが突然、右手に握った何かを操作する。
左右から風を切るような音が聞こえた。
「──これは!?」
常人ならばとても反応できない速度と量の──矢。
壁の左右に大量の発射装置を仕込んでいたのか。
先ほどレヴィンが操作したのは、その起動のための装置なのだろう。
「悪いが、俺の目と耳なら捕えられるんだ」
ジャックは冷静だった。
左右から放たれた数十の矢の一つ一つを視認し、その軌道に反応し、拳で弾く。
すべての矢を正確に弾き飛ばしながら直進する。
座したままのレヴィンに、拳を叩きこんだ。
少年の体は──まるで硝子細工のように粉々に砕け散った。
「何……!?」
ジャックはハッと顔をこわばらせる。
手ごたえがおかしい。
人間を殴った感触ではなかった。
「偽物……!?」
「精霊使いのアリィが作った鏡像だ。二度も同じ手にかかるとはね」
嘲笑を浴びて思い返す。
先ほどの冒険者たちとの戦いでも、精霊使いの女が鏡像を生み出したことを。
「……ちっ」
つまり、さっきから無駄に饒舌だったのは、ジャックの注意を鏡像に引きつけるため。
罠の矢も然りだ。
「僕が無防備に姿をさらすとでも思ったか?」
背後を振り返ると、レヴィンが笑っていた。
その瞳に輝く紋様が浮かぶ。
「僕と目を合わせ、言葉を聞いた者は、たとえ何者だろうと僕の支配下に置かれる。いずれは神や魔さえも従え、跪かせてみせる──」
妖しい眼光がジャックを捕らえた。
「う……ぐ、ぅ……っ……!?」
意識が少しずつ薄れ、ぼやけていくのが分かる。
自分の心に何かが侵食し、塗り替えられていくような不快感。
自分が自分ではなくなるような違和感。
(俺が、こいつに支配される──!?)
全身が凍りつくような感覚があった。
圧倒的な、絶望感だった。
「さあ、僕のしもべとなれ! ジャック・ジャーセ!」
レヴィンが朗々と叫ぶ。
「……まだ、だ……っ」
支配のスキルは万能ではない。
おそらく隙がある。
レヴィンが正面からジャックと向き合わず、こんな回りくどい罠を張ったことが──その証だ。
(俺のスキルならその隙を突ける──)
──そして。
訪れた二人の決着は、まさしく刹那の出来事だった。