8 「まさか、伝説の」

文字数 2,769文字

 ルドルフは眼前の竜を静かに見据えた。

 クラスSに位置する世界最強の魔獣──竜。
 その戦闘能力は、圧巻の一言に尽きる。

 あらゆるものを焼き尽くす竜滅砲(ドラゴンブレス)
 絶大な防御力を誇る竜鱗(バリアスケイル)

 他にも牙や爪、尾などの肉弾攻撃もすさまじい威力を誇る。
 攻守ともに超絶の力を備えたモンスターだ。

 ゆえに、これを打ち倒した者は、栄えある討竜士(ドラゴンスレイヤー)の称号を授かる。

 だが、ルドルフに恐怖はなかった。

「たとえ世界最強の魔獣たる竜であろうと、私の敵ではない」

 なぜなら、彼が今までに倒した竜の数は優に五十を超える。
 最強の魔獣も、ルドルフにかかれば有象無象と大差はなかった。

「さあ、精一杯の抵抗を見せてみろ。その抵抗ごと私の槍が叩き伏せる」

 血が、たぎる──。

 自らが戦闘マニアであることを、ルドルフはよく分かっていた。
 魔獣や魔族と対峙すると全身の血が沸騰する。

 正義ではない。
 使命感でもない。

 それは、純粋な暴力の喜び。
 それは、純粋な破壊の悦び。

 相手が強ければ強いほど──手ごたえがあればあるほど、ルドルフの喜悦は増大するのだ。



戦魔(せんま)』の『因子』を稼働。
 凍える闇。
 (くらき)き氷。
 氷結。
 蒼穹の破砕。
 四肢増強。
 神経強化。
 反射強化。
 筋力増幅。



 イメージを象り、自らに宿る超常の力──因子を目覚めさせる。

「いくぞ」

 告げて、地を蹴る赤い戦士。

 竜が巨体をひねり、長大な尾を繰り出してくる。

 まともに受ければ、城をも粉砕するであろう一撃。
 それを、ルドルフは避けずに真正面から迎え撃った。

 因子によって超常的なレベルまで引き上げられたパワーを全開にして──、

「おおおおおおおおおおっ!」

 咆哮とともに、長大な槍を振り下ろす。

 チマチマした小技など不要。
 ただ渾身の一撃を叩きつけることこそが、ルドルフにとって最大最強の必殺技となる。

 自らの二つ名でもある『天槍(てんそう)』と名付けた一撃だ。

 轟!

 大気を爆砕する勢いで繰り出された穂先が、竜の尾を半ばから斬り飛ばした。
 同時に、その衝撃で両腕にすさまじい負荷がかかる。

「ほう、竜の中ではかなり強い個体だな。私の腕を痺れさせるとは」

 ルドルフが口の端を吊り上げて笑った。
 思ったよりも手ごたえがありそうだ。

「次はどうくる? 爪か? 牙か? ブレスか?」

 尾を切断されて怒り狂う竜を、ルドルフは嘲笑混じりに見据えた。

「どんな攻撃を仕掛けようと、私はそのすべてを叩き伏せる」

 竜が咆哮とともに火炎のブレスを吐き出す。

「ぬるい」

 つぶやきとともに、ルドルフは突進した。
 力任せに振り下ろした槍が烈風を生み、竜の炎を弾き散らす。

 そのままの勢いで突き進んだルドルフは、先ほどと同様に渾身の『天槍(てんそう)』を竜の巨躯に叩きこんだ──。

    ※

 ぐおおおおおおお……んっ。

 断末魔の咆哮に、俺は振り返った。

「あれは──」

 ルドルフさんが槍の一撃を竜の胴体部に叩きこんでいる。

 次の瞬間、竜はゆっくりと倒れ伏した。

 クラスSの魔獣である竜を槍一本で倒してしまうとは──。
 さすがに三強と呼ばれるだけのことはある。

 これで残るはブレイズサイクロプス一体だ。
 強力な魔獣ではあるけど、このメンバーなら問題なく勝てる相手だろう。

 もちろん油断は禁物だけれど。
 とりあえず、俺たちのチームは誰も死者を出すことなく、無事にクエストを終えられそうだ。

 俺はゆっくりと近づいてくる巨大な鬼を見据え──。

 ごうんっ!

 その鬼が、突然爆散した。

「えっ……!?

 一瞬、何が起こったのか分からず、俺は目を瞬かせる。



 ──周囲に赤い輝きが満ちた。



 これ……は……!?

 全身の毛が逆立つような悪寒が走る。

 何かが、いる。
 他の魔獣や魔族とは比較にならないほど、強烈なプレッシャーを放つ何かが。

「まだだ! 気を抜くな!」

 俺はとっさに叫んだ。
 その言葉にアリスとサロメが、離れた場所にいた冒険者たちが、そしてルドルフさんが、いっせいに振り向く。

「あれを……!」

 アリスが上空を指差した。

 黒い穴──『黒幻洞(サイレーガ)』がふたたび開いていく。
 その向こうから巨大なシルエットが姿を現した。

 黄金に輝く(くちばし)
 燃え盛る真紅の炎をまとった体。
 優美な翼を備えた、巨大な鳥──。

「まさか、伝説の──火焔鳳凰(フェニックス)!?

 サロメがうめいた。

「フェニックス……?」

「神話や伝説にしか出てこない魔獣です。実在したなんて……!」

 アリスも愕然とした顔だ。

「仮にクラス分けするなら、S級をさらに超えた『LS(レジェンドエス)級』というところでしょうか。通常の魔獣とは比べ物にならないほどの戦闘能力を備えています。竜ですら、はるかにしのぐほどの──」

「竜ですら……」

 俺は乾いた声でアリスの言葉を反すうする。
 最後の最後にとんでもない大物が出てきたみたいだ。

 黒い穴から飛び出したフェニックスが金色の嘴を開けた。
 その口中にまばゆい光が収束し──、

「ちいっ!」

 嫌な予感がして、俺は防御スキルを展開し直した。

 直後、フェニックスの口から吐き出された熱線が、真紅の衝撃波となって一直線に大地を薙ぎ払う。

 俺の防御スキルと熱線がぶつかり合った。
 虹色の輝きと真紅の爆光が相ついで弾ける。

 明滅する輝き。
 駆け抜けていく爆風。
 立ちこめる土煙。

 近くにいたアリスとサロメは無事だ。
 だけど、離れた場所にいた冒険者たちはその一撃に飲まれ、肉も骨も残さず消滅した。

 後にはわずかな灰が残るのみ。

「そ、そんな……」

 呆然と、なる。

 すさまじいまでの破壊力だった。
 あるいは、一つの都市くらいなら今の一撃で壊滅しているんじゃないか、と思わせるほどの──。

「ふん、面白い。クラスSを超える伝説級の魔獣とは、な」

 ルドルフさんは無事みたいだった。

 いや、無傷ってわけじゃない。
 全身の赤い鎧は焼け焦げ、白煙を上げている。

 それでも大したダメージはないらしく、フェニックスにゆっくりと歩み寄る。

「獲物は強ければ強いほどいい」

 ルドルフさんの声には闘志がみなぎっていた。
 喜悦の色さえあった。

「待っていたぞ、貴様のような魔獣を」
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