7 「覚悟は、ありますか?」

文字数 3,025文字

 真っ白な空間──意識の中の世界(インナースペース)に、俺は一人でたたずんでいた。

 前方にそびえるのは、純白の神殿。
 突然現れたその神殿の中に、俺は進んだ。

 奥まで行くと、黄金に輝く扉がある。
 扉の向こうから淡い虹色の光が漏れていた。

「扉が開きかけてる……!」

 かつて古竜の神殿へ赴いた際、グリードとの戦いでこれと同じ光景を見た。

 俺が持つ防御スキルの深淵。
 その扉の向こう側には、今とは隔絶した力が眠っている──。

「あなたはすべてのスキル保持者(ホルダー)と──その力と、邂逅(かいこう)を果たしました」

 いつの間にか、俺の側に小柄な美少女が立っていた。

 肩までの金髪につぶらな瞳をした、可憐な女の子。
 女神さま──正確には、その欠片だ。

「『殺戮』のグレゴリオ。『強化』のジャック。『運命操作』のエレクトラ。『移送』のバネッサ。『修復』のセフィリア。そして、ジャックの中に残る『支配』のレヴィン。すべての神の紋様と共鳴した今──あなたは完全なる力を得ることができます」

「完全なる力……」

 俺は扉に手を伸ばした。

 震える手を。

 そっと手のひらを押し当てると、扉がわずかに動く。
 このまま押せば開きそうだ。

 すでに開きかけた隙間からは、淡い虹色の光がもれている。

 向こう側には何があるんだろう?
 興奮とも恐怖ともつかない混沌とした気持ちが胸の中で荒れ狂う。

 力を手に入れたい。
 踏み出すのが怖い。

 二つの思いが、荒れ狂う。

「決めるのは、あなたです」

 厳かに告げる女神さま。

「そこへ踏み出せば、あなたはあなたでいられなくなるかもしれません。覚悟は、ありますか?」

「覚悟──」

「かつて私は言いました。あなたは今後さらなる力を得て、やがては不可侵の領域へ至る──と」

 そう、それは魔将ガイラスヴリムとの戦いで聞いた言葉。

「今が、そのときです」

 イルファリアが俺を見つめる。

 深い──底が見えないほど深い瞳の色。
 荘厳な神性を宿した、滔々(とうとう)とした光。

「もう一度問います、ハルト。覚悟は、ありますか?」

 その眼光に圧倒される。

 全身を押し潰されそうな、すさまじい重圧。
 神の領域に踏み出そうとするときに、人が本能的に感じる畏怖。

「俺は──」

 それでも、迷わずに手を伸ばした。

 まっすぐに。
 扉に向かって。

「俺の、覚悟は」

 最初から決まっている。

 この力で人を護るために。
 大切な人たちを傷付けさせないために。

 だから、迷う必要なんてない。



 そして俺は──扉を開けた。



 弾ける、黄金の光。

 同時に、俺の周囲に七つの光球が浮かび上がった。
 天使の紋様を浮かべたそれらの光球は中空で一つに融合する。

 俺の全身が熱く脈打ち、血液が沸騰しそうな感覚。
 体の中から圧倒的な力が噴き上がり、荒れ狂うような感覚。

 ──気がつけば、俺は元の場所に戻っていた。

 すぐ近くにはリリスたちやバネッサさんがいる。
 そして前方には赤光をまとう竜戦士──ジャックさんが。

「なんだ、これは……!?

 そのジャックさんが戸惑いの声をもらす。

 周囲の景色が一変していた。

 俺を中心にして、黄金に輝く空間がどこまでも広がっていく。

 今までの防御スキルとは比べ物にならないほど広範囲に。
 おそらくは王都全域にまで。

「第七の──神域の形態」

 俺は静かに告げた。

 女神さまから授かった防御スキル──その真の名を。



封絶の世界(エリュシオンゲート)



 鮮烈な黄金に彩られた世界。

 かつて古竜の神殿で一度だけ発現した、すべてのスキル形態を同時発動できる空間──。

 いや、あのときは体への負担が大きくて、短時間しか使用できなかった。
 それ以後も自分の意志で使用することはできなかった。

 だけど、今は違う。
 自分の中で完全にコントロールできているのが分かる。

 あのとき感じた、強烈な痛みも感じない。

 これが、完成形なのか。

 本能的に悟る。
 ここは、あらゆるものを遮断し、封殺し、封絶する──絶対防御空間だ。

 すべてのスキル保持者(ホルダー)の紋様と共鳴を果たした俺だけに使える、神の力の真髄。

「スキルの新たなバリエーション、か? だがお前の力は護ることだけ……形勢は、変わらない……!」

 ジャックさんが突進してきた。

 俺に反応できない超速で拳を叩きつける。
 その直前、竜戦士の拳が虹色の光に包まれた。

 頬に叩きつけられた拳は、羽毛に撫でられたほどの感触すらなかった。
 破壊力が完全にゼロになっているのだ。

 これは──今までのスキル発動とは違う……!?

 俺の防御スキルは、基本的に自らの意志で発動する。
 一日に一度だけ、俺の危機に応じて自動的に発現する第六形態『時空反転(リバースリアクト)』だけは違うが、他の五つの形態は俺が『認識』しなければ発動しないのだ。

 だけど今、ジャックさんの拳を包んだ虹色の光──虚空への封印(ヴォイドシール)は、俺の意志とは関係なく『自動的に』発現した。

 今までのスキルを任意発動(アクティブ)とするなら、これは自動発動(オート)なのか。
 古竜の神殿で発現したときよりも、さらに進化している──。

「俺の破壊を封じたか……だが、破り方は心得ている……」

 ジャックさんの姿が消えた。

 超高速移動でスキルの範囲外に逃れ、もう一度戻ってきて、スキル解除された状態で攻撃する気か。

「まさか、この空間が……王都の城壁辺りまで広がっているとは……だが、俺のスピードなら範囲外に出るのはたやすい……」

 殺気は、背後からだった。

「終わりだ、ハルト……!」

 振り返ったときには、すでにジャックさんは攻撃モーションに入っている。
 常人レベルの身体能力しか持たない俺には、避けることも防ぐことも不可能なタイミングだ。

 致命の一撃が俺に叩きこまれ──、

 がいんっ!

 防御スキル独特の金属音が鳴り響いた。

 俺の周囲を虹色の光が覆っている。
 さっきと同じく今度は護りの障壁(アーマーフェイズ)が発動したのだ。

「今までと違う……!?

 ジャックさんは警戒したように跳び退り、

「なら、そっちの二人を先に殺す……」

 その言葉を発したときには、すでにリリスとアリスの眼前に出現していた。

 同時に、虹色の光が弾ける。

「くっ……!?

 狼狽の声とともに後退するジャックさん。
 どうやら拳を叩きつけようとしたらしいけど、俺のスキルがまたもオートで発動し、二人を守ったのだ。

「今の一撃に反応してスキルを展開しただと……人間の反射神経で……!?

 ジャックさんが驚いたように俺を振り返る。

 ──いや、反応なんてできなかった。
 俺が気づいたときには、すでにジャックさんは攻撃を放っていたんだから。

 どうやらこの自動防御(オートガード)は俺だけでなく、俺が護りたい対象も防御してくれるらしい。

 守りの面では不安要素は消えた。

 あとは、ジャックさんをどう無力化するか、だ。
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