11 「神を超えた領域に」

文字数 2,762文字

 俺の周囲に、美しい黄金色の輝きがあふれていた。

 いつもの虹色の光とは、違う。

「黄金の結界……なんだ、これは」

 グリードが訝しげにうなった。

「この力で、俺はお前のすべてを封じる」

 俺は古竜を見据えた。

 今までとは違う力を感じる。
 後は、俺が使いこなせるかどうかだ。

 いや、使いこなしてみせる。

 必ず──。

「最強たる俺を……封じる?」

 グリードの七対の瞳が、どう猛な輝きを宿した。
 むき出しの闘志は物理的な衝撃波さえ伴い、周囲に荒れ狂った。

「ならば防いでみせろ! お前が神の力を持っていても、俺の力はそれを砕く。竜とは神をも屠り、滅してきた存在なのだからな!」

 神をも屠る力、か。

 俺は今まで自分の防御スキルに全幅の信頼を置いてきた。
 防げない攻撃なんてない、って。

 だけど神の力による絶対防御は、神をも殺す存在に対しても『絶対』でいられるのか──。

 確証はない。
 でも、不思議な確信はある。

 この力なら、たとえ相手が竜でも──封じることができる、と。

「いくぞ、人間!」

 グリードが七つの口から同時にブレスを放った。

「来い、古竜!」

 俺は防御スキルでそれを撃ち返す。

 自身のブレスを全身に浴び、爆炎に包まれながら、なおもグリードはブレスを撃ってきた。
 やはり、ひるむ気配はない。

「防ぎきれると思うなよ。俺はいつでもお前の仲間たちを転移させられるのだぞ」

「──やってみろ」

 揺さぶりをかけてくるグリードに、俺は平然と言い返した。

「ほう? ならば望みどおりにしてやろう!」

 先ほどと同じく転移の竜魔法(ドラゴンズロア)を発動しようとする古竜。

「これは……!?

 その声に驚きの響きが混じる。

 竜を囲む光球──その一つに、四枚の翼を持つ女神の紋様が浮かんでいた。

「第二の形態、不可侵領域(バリアフェイズ)

 魔法の発動自体を封じこめるスキルだ。

「ならばブレスで吹き飛ばしてくれよう!」

「第三の形態──」

 グリードがすかさずブレス攻撃に切り替えようとしたところで、別の光球に六枚の翼を持つ女神の紋様が浮かぶ。

反響万華鏡(カレイドスコープシフト)

 俺はやすやすと七本のブレスを撃ち返した。

「がっ!? ぐ、あ……っ」

 乱反射した数千本のブレスに打ちすえられて、グリードが苦鳴を上げる。
 そして、

「第四の形態、虚空への封印(ヴォイドシール)

 七つの口をスキルで包み、ブレス自体を封じる。

「複数の形態を、同時に操るだと……!?

 驚く、古竜。

 これまでの俺は、スキルの種類を切り替えて扱うことしかできなかった。

 だけど今の俺は、違う。

 黄金色の空間の中では、第六の形態『時空反転(リバースリアクト)』を除くすべてのスキルが同時に効果を発揮する──。

 あらゆる攻撃を防ぎ、弾き、乱反射し、魔法の発動を封じ、攻撃エネルギーを無効化する。
 物理であろうと、魔法であろうと、すべての攻撃を封殺し、すべてを撃ち返す。

 無敵の、空間。

 ──と言いたいところだけど、俺にはすでに答える余裕がなくなっていた。

「ぐ……ううっ……」

 頭の中が焼き切れそうな感覚に、俺は苦痛のうめき声をもらした。
 噛みしめた唇から血がにじむ。

 今までスキルを使っていて、こんな負担を覚えたことはない。

 今までとは、根本的に何かが違う。

 それでも俺は、敢然と古竜を見据えた。

 弱みは見せない。
 見せれば、そこに付けこまれる。

 反撃の隙を与えるわけにはいかなかった。

「竜とは神をも殺す者。神の力ですら防ぐことは敵わない。だが──なんだ!? なんなのだ、お前の力は──俺の力ですら防ぎ、遮断し、封じる……こんな、ことが」

 グリードが呆然とうめく。
 最強の代名詞たる古竜が、俺に気圧されたように後ずさった。

「神の力を、人の心が加速させている……のか? 竜をさらに超えた力として」

 今までとはけた違いの威力と効果。

 とはいえ、欠点もある。
 それは、七つの光球を共鳴させるのに時間がかかることだ。

 歴戦の古竜がその隙を見逃すはずがない。

 だから、七重の共鳴が終わるまでの時間を稼ぐことこそが、俺たちの作戦の要だった。

「……ルカが与えたダメージがお前の反応をわずかに鈍らせた。同時に、サロメの不意打ちがお前にわずかな隙を生み出した」

 俺はグリードに告げる。

「二人の作ってくれた時間があったからこそ、俺はこの力を発現できた」

「これがお前の──いや、お前たちの力か」

「まだ続けるか? お前の攻撃はもう通じない。こっちはお前にダメージを与えられる攻撃手段がある。ルカの斬撃や俺の反射攻撃が、な」

「ふ、はははははははははははは! 見事! 見事だ、人間!」

 グリードが哄笑する。

「久方ぶりに血が沸き立った。楽しかったぞ!」

 俺のほうは答える余裕もなかった。
 黄金色の空間を維持するだけで精一杯だ。

 作戦の内容をいちいち説明していたのも、薄れる意識を繋ぎ止めるためである。

 だけど、だんだんと目がかすんできた。

 もう少しだけ、耐えてくれ。
 あと少しだけ、持ちこたえてくれ。

 俺の、意識──。

「心とは……一人では成り立たん。他者とのかかわりがあってこそ、芽生えるもの。個の力で生きる竜や神、魔──超常の存在には持ち得ぬ力」

 グリードが深く息をついた。

「……負けだ。俺の」

 敗北宣言はあまりにも突然で、あっけないとさえいえるものだった。

 ほぼ同時に、竜を囲む七つの光球が消えた。
 集中が途切れ、黄金の空間をこれ以上維持できなくなったのだ。

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 俺はその場に崩れ落ちた。

 全身が汗びっしょりだ。
 頭の中が焼き切れそうな痛みは、少しずつ治まっていく。

 それでも息が苦しい。
 目の前が激しく揺れている。
 頭の芯が重い。
 心臓が破れそうなほど痛い。

「お前の手には、まだ余る力のようだ。乱発は避けたほうがいいだろう」

 グリードが静かに告げた。

「でなければ、力の反動で身も心も砕け散るぞ」

「……肝に銘じるよ」

 俺は息を整え、ゆっくりと立ち上がる。

「心せよ。お前はすでに人の身でありながら、神の──いや、神を超えた領域に踏みこもうとしている。今までよりも、さらに深く、強く──」

 グリードが息を吐き出した。

「その力を使い、新たな神にでもなるか? それとも魔か? あるいは──」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み