8 「禁じる」

文字数 3,127文字

 とにかく格闘戦に持ちこむしかない。

 俺はエレクトラと背後の精霊たちの動きに気を配り、タイミングを計る。

運命の女神(マニューバ・フ)の鐘が鳴る(ォーチュンベル)

 エレクトラがつぶやいた。

 すうっと細められたその瞳に映っているのは──おそらく未来の光景だろう。

「……なるほど。肉弾戦に持ちこめば勝てる、という心づもりか」

 こいつっ……!

 未来が読めるってことは、俺がどう動くか、何を狙っているか──そのすべてを読まれてしまうってことだ。

 だったら、どんな攻撃も通用しない。
 通用するはずがない。

 どうする──!?
 考えろ。
 奴の虚をつく手段を──。

「確かに君の戦略は正しい。わたしの戦闘方法は精霊召喚のみ。武術の心得はないし、組み伏せられれば、男の腕力には勝てないだろう」

 エレクトラが淡々と告げる。

「だが不可能だ。君の行動はすべて『視えて』いる。攻撃はすべて封じられる。そして防御も──」

「何……?」

「こちらに人質がいることを忘れるな。今から君にスキルの使用を禁じる」

 告げて、エレクトラがぱちんと指を鳴らした。

 縛られたリリスたち四人の前に女精霊の鋭い剣が突きつけられる。
 息を飲む彼女たち。

「防御スキルを使えば殺す。いいね?」

「ぐっ……」

 俺はやむなく自分の体を包む護りの障壁(アーマーフェイズ)を解いた。

 だけど、まだ手はある。

 俺には敵の攻撃エネルギー自体を無効化するスキルだってあるんだ。
 それを使って精霊の攻撃を封じれば、人質にされているリリスたちを守ることができるだろう。
 あるいは防御スキル自体を飛ばして、リリスたちを守るか。

 どちらにしても、あいつに気取られるわけにはいかない。
 一瞬のタイミングが勝負を分ける──。

「それでいい。いや、待てよ──運命の女神(マニューバ・フ)の鐘が鳴る(ォーチュンベル)

 ふたたび予知が発動された。

「……ふむ。攻撃エネルギーを無効化するスキルも持っているのか。なるほど、スキル自体を飛ばすこともできるんだったな」

 一人で納得したようにうなずくエレクトラ。

 たぶん、俺が虚空への封印(ヴォイドシール)で奴の攻撃を防いだ未来でも見たんだろう。

 実際、そうするつもりだったしな。
 全部お見通しってわけか。

「確かにそのスキルで精霊の攻撃を封じることは可能だよ。そうなれば、わたしに攻撃手段はなく、君の望むとおりの接近戦に持ちこめるだろう。結果、わたしは負ける」

 エレクトラが静かに告げる。
 涼しげな瞳には、自分の勝利を確信するような自身に満ちた光が浮かんでいた。

「だが──分かっているよ。スキルを使うためには一瞬の『集中』が必要だ。君も、わたしもね」

 精霊の剣が、さらにリリスたちに近づく。

「や、やめろ──」

「動くな!」

 エレクトラが鋭い声を発した。

「君に集中するための時間は与えない。防御スキルを使うより早く、わたしの精霊が彼女たちを殺す」

「ぐっ……」

「もう一度だけ言うぞ。スキルは使うな。使えば彼女たちを殺す」

「……分かった」

 駄目だ、防御スキルは封じられた。

 なら、俺に残された手段はなんだ──。

 思考を巡らせる。

 この場を打開するために。
 リリスたちを守るために──!

 そういえば、と一つの疑問が湧いた。

 なぜ、あいつは二度も『未来を視る』スキルを使ったんだ?
 未来が読めるのに、何度もスキルを使う意味はなんだろう?

 未来がその都度変動しているのか。
 あるいは──未来を読める時間には限界があるのか。

 後者だ、とすぐに分かった。

 だって、あいつ自身が言ってたじゃないか。



『……なるほど。わたしに見えた未来は君が精霊に襲われるところまで。結末までは見えなかったが──よく防いだね』



 結末までは見えなかった、ということは……逆に言えば、それよりも近い未来までしか見えなかった、ってことだ。

 なら、その隙を突くことができれば──。

 俺は大きく息を吐き出した。
 思考を、気持ちを整理する。

 奴はスキルの発動の気配を読める。
 だが新たな力なら、その裏をかけるだろう。

 後は、俺の心次第だ。
 リリスたちを護りたい──その意志の強さが、勝敗を分ける。

    ※

 これでわたしの勝ちだ──。

 エレクトラは確信した。

「スキルを使うな。使えば、彼女たちを殺す」

 もう一度、告げた。

 ハルトは唇を噛みしめ、体を覆っていた虹色の光を解除する。

 どこまでも甘い少年だと思った。
 同時に安堵もしていた。

 このまま生かしておけば、いずれ自分はハルトに消される──。

 不鮮明なイメージ混じりではあるが、そんな未来を予知したからだ。

 だが、ここで彼を殺せば未来は変わる。
 エレクトラは生き残ることができる。

 運命の女神の力を利用した未来予知には二種類あった。

 一つは、ごく近い未来の予知──運命の女神(マニューバ・フ)の鐘が鳴る(ォーチュンベル)
 数秒先の未来を予知する能力。

 そしてもう一つが遠い未来を視る力──運命の女神は(マニューバ・ナイ)虚無を夢見る(トメアヴィジョン)
 こちらは、さらに遠い未来を予知する能力だ。

 それが数日後なのか、数週間後なのか、あるいはもっと先なのか──エレクトラ自身にもはっきりとは分からない。

 前者の能力に比べると、見ることができる映像も不鮮明で断片的だ。
 ハルトに消されるという未来は、こちらの能力で見たものだった。

 だが、おそらく間違いはない。
 彼のスキルが放つ虹色の光は、エレクトラが対峙していた少年の放つそれにそっくりだったから。

 神の力を備えた光に、エレクトラは消し飛ばされた。
 破滅の、未来だ。

 だからこそ、変える。
 変えてみせる──。

「いくぞ、ハルト・リーヴァ」

 エレクトラは宣言した。

 同時に、ハルトの未来の動きを予知する。

 数秒後の未来──精霊が放つ攻撃を、地面を転がるようにして避けている彼の姿が見える。

 防御スキルを使用禁止にしたため、運動能力だけでこちらの攻撃をしのぐつもりらしい。
 だが、しょせん悪あがきに過ぎない。

 ハルトの運動能力は平凡なもの。
 戦士や格闘家などには遠く及ばない。

「仮に、君がどれほど体術に優れていたとしても無駄だ。わたしにはすべてが『視えて』いる。君が逃げる場所に次の攻撃を撃ちこむ。避けるすべはない──」

 これで彼女の勝利は確定である。

「さあ、終わりだ」

 彼の回避行動をすべて把握したエレクトラは予知を終了した。
 精霊たちを操り、攻撃を仕掛ける。

 一撃目。
 女精霊の振るう剣を、ハルトは横っ飛びで避ける。

 予知と寸分たがわぬ場所へ。

「そこだな」

 大砲狼の精霊が、ハルトの着地点に向かって光球を放った。

 ハルトが防御スキルを発動する気配はない。
 もしもスキルを使えば、人質を殺す──その脅しが効いているようだ。

 ならば、彼の防御力は並の人間のそれと同等だ。
 精霊の一撃にはひとたまりもない。

「わたしの勝ちだ」

 輝く光球が、彼を直撃する──。



 ふいに、世界が歪んだ。



「えっ……!?

 エレクトラは呆然と瞳を見開いた。

 ハルトに当たるはずだった光球が、空中で止まっている──。
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