6 「心の『核』です」

文字数 2,390文字

「封じただと……馬鹿な!?

 愕然とうめくミスティックを、俺は冷然と見据えた。

「魔法防御とは根本的に違う……! 魔法の発動を──事象の具現化そのものを無効にする力など、人間に扱えるはずが……まるでこれは神域の力──!?

「戦いの最中に気を抜かないことね! 隙だらけよ、魔族!」

 アイヴィが威勢よく叫んで鞭を振るう。

「し、しまった! くそ、魔法さえ使えれば──」

 ミスティックは慌てて防御魔法を使おうとしたみたいだけど、俺のスキルによってその発動は封じられている。
 無防備な魔族にアイヴィの鞭が命中し、さらに燃え盛る火炎がその身を焼き尽くした。

「討伐完了ね」

 ルカが剣を鞘に納めた。

「以前よりも防御魔法が熟練しているみたいね。効果が発動する場所を移動させたり、いくつもの種類を瞬時に使い分けるなんて……」

 俺の元に歩み寄り、賞賛するルカ。

「一ヶ月の間にいろいろと依頼をこなしたからな」

「ううう……男なんかに助けられた……ぐぬぬ」

「アイヴィ?」

「あ、あの、その……うぐぐぐ」

 チラチラと俺を見ながら、モジモジとするアイヴィ。
 顔が真っ赤だぞ、どうした?

「……あ、ありがとう、ございました……ふ、ふんっ、いちおう礼だけは言っておきますからっ」

 アイヴィが俺に頭を下げた。

「お姉さまが認めたというあなたの力──あたしも、その、み、認めなくもなくもなくもなくもない、かも、です……」

 どこか悔しげな表情でうめく。

 意地っ張りな子だなぁ……。
 微笑ましく感じてしまった。

 何はともあれ、町の人たちに被害を出さずに討伐できてよかった。
 結局、手伝うことになっちゃったけど、成り行きだし規則違反ってことにはならないだろう、たぶん。

 ……大丈夫だよ、な?
 ちょっとだけ不安になりつつも、俺は防御スキルを解く。



 その瞬間、視界が真っ白い光に覆われた。



「えっ……!?

 周囲の景色が変化する。
 町も、人も消えて、どこまでも白いモヤみたいなものが続いている。

 前にも同じようなことがあったな。
 これは意識の中の世界(インナースペース)ってやつか?

「あれ? いつもと違う……」

 目の前に蜃気楼みたいな揺らめきが見えた。

 揺らめきはやがて薄れ、一つのシルエットを作り出した。

 純白の神殿。
 三十本ほどの太い円柱で屋根を支えるような形の、シンプルなデザインだ。

「確かグレゴリオと戦ったときの……」

 そうだ、あのときは神殿の中に入ったら、新しい力が目覚めたんだっけ。

 俺は引き寄せられるように、神殿の中に入った。
 大理石のような素材でできた通路をまっすぐに進む。

「ハルト、また会えましたね」

 中心部で待っていたのは、金髪碧眼の可愛らしい女の子だった。
 豪奢な椅子にちょこんと座っている。

 護りを司る女神イルファリア。
 正確には、俺に力を授けてくれた女神さまの意志の欠片らしい。

「静かで、穏やかで……心地のいい場所です。前回に続いて、これをまた具象化できるとは……素晴らしいですね」

「えっと、この神殿ってなんなんですか?」

 たずねる俺。

「ハルトの心の『核』です」

「核……?」

「ここはあなたの意識の世界。心によって象られた場所。あなたの心が強まり、成長すれば、この世界も姿を変えます」

「心が、成長……」

「先日の、神のスキルを持つ者との戦いが、あなたの精神を向上させたようですね」

 グレゴリオのことか。

「それに呼応して、ハルトのスキルも強くなっているはずです。すでに実感しているのではありませんか?」

「……確かに持続時間や効果範囲が前より増してる感じがします」

「人間だけが持つ、不安定な揺らぎ。神や魔ですら持ちえない力──それが『心』です」

 女神さまが厳かに告げた。

「不安定ゆえに、それは弱さにつながり──逆に、強さへ昇華することもあるでしょう。殺戮の紅蓮神(メルギアス)の力を持つ者は、己の欲望という弱さに飲まれ、滅びました。あなたはそうならないように願っています」

 俺は、グレゴリオの末路を思い出した。

 女神さまは椅子から降りると、俺の手を引いた。

「さあ、こちらへ」

「えっ」

「ハルトに見せたいものがあります」

 言って、女神さまが進んでいく。
 俺は黙ってついていった。

 神殿の最奥までたどり着くと、そこには一つの扉があった。

「これは──」

「最後の領域です」

「えっ」

「七種のスキルは、因子や魔法といった神・魔・竜の力の模造品ではなく、神の力のオリジナル──あなたがその深淵までたどり着いたとき、この扉は開かれるでしょう」

 女神さまが扉の表面を手のひらで撫でる。

「そしてそのとき、あなたは神そのものともいえる絶大な力を得る。ただし──」

 ゆっくりと彼女の姿が薄れていく。

「あ、あの……」



 そのときあなたは、人のままでいられるかどうか──。



 気がつくと、俺は元の場所にいた。

 近くには二体の魔族の死体が横たわっている。
 そして、俺の側にはルカとアイヴィの姿。

「どうかしたの、ハルト?」

 怪訝そうなルカ。

「まさかお姉さまの美貌に見とれてたんじゃ……だめですよ。お姉さまは男なんかに渡しませんっ」

 アイヴィがムッと口を尖らせ、ルカの腕にしがみついた。

 どうやら時間はまったく経っていないらしい。

「ふうっ」

 俺は大きく息を吐き出した。

 さっきの女神さまの言葉を、心の中で繰り返す。

 俺がいずれ得るかもしれない、絶大な力。

 そのとき俺は──俺のままでいられるんだろうか。
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