9 「どうかな」

文字数 2,491文字

「レヴィン・エクトールの思念を打ち消すことができれば、ジャックさんを元に戻せるかもしれないわね」

 バネッサさんが俺の耳元でささやく。

「思念を、打ち消す……か」

 だけど、どうやって──。

「さあ、すべてを破壊しろ、ジャック・ジャーセ」

 レヴィンが歪んだ笑みを浮かべた。

 奴はジャックさんとの戦いで命を失ったのだという。
 その怨念か、憎悪か、あるいは妄執に取りつかれているのか。

 こいつの思念を打ち消すって、一体どうすればいいんだ。

 るぐおお……おお……ぉぉぉぉぉんっ。

 竜戦士が咆哮とともに向かってくる。

 刹那、周囲が黄金の輝きに包まれた。
 意識の中にいても、俺の『封絶の世界(エリュシオンゲート)』は問題なくオート発動するみたいだ。

 ジャックさんが繰り出した拳も、蹴りも、尾や爪、牙も。
 すべては虹の輝きに包まれ、破壊力をゼロにしてしまう。

「やはり、駄目か……」

 ジャックさんが苦々しい声でうなる。

「だが俺は止まらん……お前たちを破壊し、この世界を破壊し、魔の気配を持つ者を破壊する……すべてを……」

 まさしくレヴィンの『支配』に取りつかれている竜戦士に、あらためて哀しみが込み上げる。
 どうにかして、この人を解放してあげたい。

 ──待てよ。

 ふいに閃くものがあった。
 ジャックさんを元に戻す手立てを。

「──協力してください、バネッサさん」

 俺は彼女に耳打ちした。

「難しいわね」

 苦い顔で告げるバネッサさん。

「相手の動きが速すぎて、あたしにも捉えきれない。上手くスキルを当てられるかどうか」

 確かに竜戦士のスピードは人間が視認できるレベルをはるかに超えている。
 動きを見て、当てる──というのは不可能だろう。

「それに『移送』のスキルは消耗が激しいの。今までに随分と消費したから──おそらく、あと一度くらいでしょうね。その規模のスキルを使えるのは」

「チャンスは一度……か」

 つぶやきながら、俺は考えをまとめる。

 なんとかジャックさんの動きを止めるしかない。
 その止まった一瞬に、バネッサさんのスキルを使えば──。

「チャンスなど与えない……お前のスキルには、どこかに弱点があるはず……それを見つけ、俺はすべてを破壊する……!」

 ジャックさんがうなる。

「俺の身近な、大切な者たちを守るために……魔の者は……破壊する……!」

 強固な護りの障壁(アーマーフェイズ)に何万発と叩きつけた拳は、甲冑状の皮膚が裂けて血が流れ出していた。

 それでもジャックさんは殴り続ける。

 胸が、痛くなる。

 単純な敵意や害意じゃない。
 彼の根底にあるのは、大切な人を守りたいという思い。

 俺自身も同じような思いを抱いて戦っているだけに、ジャックさんの気持ちは痛いほどに伝わる。

 ただ、その思いがレヴィンの『支配』でねじ曲げられ、いびつな攻撃衝動となって出ているんだ。

 だから、すべての元凶である『支配』の残滓を、この場で封じる。
 封じてみせる。

「そして、あなたを救ってみせる、ジャックさん──」

 突進してくる竜戦士を、俺は静かに見据えた。

「第三の形態──反響万華鏡(カレイドスコープシフト)

 ジャックさんが繰り出した拳が何百何千と分散して反射される。

「攻撃が視認できなくても、俺のスキルは自動的に発現する。隙はない。攻略法もない」

 俺は冷然と言い放った。

「がはっ……! ぐっ、まだまだ……!」

 自らの力で打ち据えられてもなお、竜の戦士は執念を燃やし、襲いかかってきた。

 やっぱり破壊の衝動に『支配』されていて止まれないのか。
 たとえ、何をやっても俺にダメージを与えられないと分かっていても──。

 なら、止め続けるだけだ。

「第四の形態──虚空への封印(ヴォイドシール)

 ジャックさんの全身が黄金の光に包まれ、破壊力そのものをゼロに帰す。

「くそ、俺は、まだ……!」

 それでも諦めない竜戦士。

「第一の形態──護りの障壁(アーマーフェイズ)

 向かってくるたびにスキルが自動で発動し、あらゆる攻撃を完封する。

「もう無駄だよ」

 俺は冷やかに告げて、力の差を思い知らせる。
 彼の闘志を打ち砕くために。

 打ち砕き、それでもなお立ち上がらせ、さらなる強化を促すために。

 そんな空しい攻防を幾十、幾百と重ねただろうか。

「見えてきたぞ……!」

 無数の反射攻撃を受けながら、竜戦士の動きはさらに鋭さを増す。
 一連の攻防の最中に自らを強化し、反射攻撃を拳で撃ち返し、あるいは圧倒的な身のこなしで回避する。

 いくら反射しても、それ以上の対応能力を『強化』で身に付けていく。
 単純にジャックさんの攻撃を『反響万華鏡(カレイドスコープシフト)』で跳ね返しても、もう通用しない──。

「打ちのめされ続けたのも、無駄ではなかったらしい……俺はまだ強くなれる……!」

 うなるように吠えるジャックさん。

 額の竜の紋章も、甲冑からあふれる赤光も、一際輝きを増した。
 このまま戦い続けても、ジャックさんは際限なく強くなっていくだけだろう。

 今のままじゃ、彼の動きを止めることはできない。

 そう、今のままでは。

「……準備はいいわよ」

 背後でバネッサさんの声が響いた。

「あたしの精神力のチャージは終わったわ」

 よし、準備は整った。
 最後の一手でジャックさんを完全に無力化する──!

「何か企んでいるみたいだけど、無駄だね。ジャック・ジャーセは最強の戦士だ。誰にも止めることはできない」

 レヴィンが哄笑する。

「ハルトくん、君にできるのは防御だけ。守っているだけでは、彼にはなんの痛痒もない!」

「どうかな」

 俺は不敵に笑った。

 ──いくぞ。

 チャンスは一度。

 その一度で必ずジャックさんを封じ、解放してみせる──。
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