1 「大丈夫だよ」
文字数 3,584文字
「ここが王都グランアドニスか」
初めて訪れた王都は想像以上に華やかだった。
さすがにこのアドニス王国の都だけのことはある。
まず通りを行き交う人や馬車の数が半端じゃない。
俺の地元の十倍くらいいるんじゃないだろうか。
周囲を見回せば、碁盤目状に整理された通りに沿って、すごい数の豪奢な建物が整然と並んでいる。
見ているだけで圧倒されそうな風景だ。
といっても、観光気分に浸ってばかりもいられない。
目的はあくまでも冒険者になること。
そのためにはまずギルドの入会審査に合格する必要がある。
冒険者ギルド──。
その名の通り、世界中の冒険者を束ねる相互扶助組織。
各地の遺跡やダンジョン巡り、あるいは隊商や要人の護衛任務など、冒険者の仕事を一手に取りまとめる国際組織。
──だったのだが、百年くらい前から現れ始めた魔獣や魔族との戦いにおいて、ランク上位の冒険者はめざましい戦績を残すようになった。
魔獣や魔族は強力なものになると、一国の軍隊ですら苦戦するほどだ。
多くの国は自国の軍隊の損耗を恐れたこともあり、これらの対策を冒険者ギルドに頼るようになっていった。
で、今ではこのギルドが実質的に対魔の総本山になっている──。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
突然聞こえてきた悲鳴に俺は意識を戻された。
すぐ目の前の通りを、一台の馬車が猛スピードで疾走している。
「お、おい、止まれ! 止まれぇっ!」
御者が必死で手綱を握っているけど、馬は止まるどころかさらに加速した。
完全な興奮状態かつ暴走状態だ。
その行く先には一人の子どもの姿がある。
腰を抜かしたまま立ち上がれない様子だった。
このままじゃ轢かれる──!
周囲の人々から悲鳴が響き渡る。
「ハルト、お願い!」
「ハルトさん~!」
「分かってる」
リリスとアリスの声にうなずきつつ、俺はすぐに飛び出した。
全力のダッシュで子どもの前に立つ。
「えっ……!?」
「心配するな。俺が守るから」
驚いたような子どもに、俺はニヤリと笑う。
直後、猛スピードで突っこんできた馬車が俺を撥ねた。
──否。
その直前に俺はスキルを発動させていた。
前方に出現した極彩色の輝きが、馬車の勢いを完全に殺す。
痛みも、衝撃も、何もなく。
馬車は俺にぶつかったところで、まるで見えない壁に当たったかのように進めなくなった。
「な、な、な……!?」
子どもも、御者も、周囲の人々も──全員が呆気にとられた様子である。
リリスとアリスだけがにっこりと微笑み、うなずいていた。
護りの障壁 。
きらめく光が俺の全身を覆っている。
『絶対にダメージを受けないスキル』の基本形態だ。
スキルの力をちょうど鎧のように全身にまとい、あらゆるダメージを遮断する。
もともとこのスキルに名前なんてつけていなかったんだけど、先日の戦いで別バリエーションともいうべき『不可侵領域 』に目覚めた。
スキルを発動するときにイメージしやすいよう、基本形態にも名前をつけたのだ。
馬はしばらくの間、荒い息をついて俺に何度も体当たりをしていたが、ビクともしないことに気づき、やがて鎮まった。
ぶるるる……と鼻息をつきながら、畏怖とも驚愕ともつかない様子で俺を見る馬。
よしよし、と俺は馬の首筋を軽く撫でてやった。
これでちょっとでも落ち着いてくれるといいけど。
「な、なんだ、今の……!?」
「馬車に撥ねられなかったか、あいつ……!?」
「傷一つないぞ……!?」
周囲からは驚きとざわめきが聞こえる。
「す、すみません、急に馬が暴れ出して……」
御者が馬車から降りてきて、俺と子どもに深々と頭を下げた。
「まあ、怪我はありませんでしたし」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん……」
さっきまでへたり込んでいた子どもが立ち上がって礼を言う。
ちょうどすぐ近くに母親がいたらしく、駆けていった。
「なんとお礼を言ってよいか……」
何度も頭を下げる母親に会釈し、俺はリリスとアリスの元へ戻った。
俺たちは中央区まで移動し、宿泊施設までやって来た。
二日後に行われるギルドの入会審査まで、ここに泊まる予定だった。
なんでもリリスたちが王都に来るときの定宿らしい。
高級に分類される宿で、代金も相応にかかる。
けど、竜退治のときの報酬があるから、これくらいは問題なかった。
この間の魔族退治の報酬も、後で受け取れることになってるしな。
宿泊の手続きを終えると、俺たちはロビーの奥にあるカフェに入った。
とりあえず一休みだ。
「そういえば、ギルドの入会審査ってけっこう厳しいのか?」
「冒険者は人気の職業だし、競争率はかなり高めね」
と、リリス。
「アドニスでは年間の受験者がおおよそ一万人。その中から合格するのは百人前後というところね」
「……めちゃくちゃ狭き門だろ、それ!?」
うーん、だいたい百人に一人前後の合格率か。
「入会審査は毎月行われるから、平均すると一回の審査で合格するのは七~八人程度ね」
「ランクの高い冒険者ともなれば高給取りですから~。みんな目の色を変えて合格を狙ってくるんですよ」
アリスが補足説明する。
「リリスもアリスもサロメもそんな審査に合格して冒険者をやってるわけか。すごいな……」
「ハルトなら大丈夫だよ。審査のメインは実戦形式の実技試験だし、あなたの防御魔法は試験官にだって打ち破れないはず」
「そうそう、リラックスしてください~」
口々に元気づけてくれる二人。
うう、リリスもアリスもいい子だなぁ。
「よし、がんばってみるよ」
「審査会場はギルド会館よ。ここから歩いて十分くらいの距離ね」
リリスが説明してくれた。
「かなり近いんだな」
「定宿にしているのは、それも理由の一つよ。もちろんここの雰囲気とか食事なんかも気に入ってるんだけどね」
「そうそう、美味しいんですよ。ここの食事~」
「ね」
「ですぅ」
「あ、今日の夜は『料理長の気まぐれスパゲティ』にしよっかな。久しぶりに食べたくなっちゃった」
「私は『海の幸豪華盛りセット』に心を決めてます~」
「姉さんって、いつもそれよね」
「楽しみです」
嬉しそうに語り出す二人。
仲いいなぁ、と見てるこっちまでほんわかする。
「審査の当日はあたしたちも応援に行くね」
リリスがにっこり笑った。
「サロメさんも一緒に来たかった、って残念がってました~」
と、これはアリス。
──ちなみにサロメは王都に来る途中に、別の都市で魔導馬車を降りた。
前回戦ったDイーターの討伐依頼をしてきた支部に報告に行くんだとか。
だからここには俺とリリス、アリスの三人だけだ。
二人が一緒に来てくれた理由は二つ。
一つは俺の付き添い。
正直、俺一人じゃ心細いから、リリスたちが一緒にいてくれるのはありがたい。
そしてもう一つは、彼女の父親がここに滞在していて、会いに行くためだそうだ。
──で、リリスはしばらくして、その父親の元へ向かった。
「アリスは行かなくていいのか?」
「ええ、正確には父ではなく執事に会いに行くので」
「執事?」
まるで貴族みたいだな。
「そういえば、言っていませんでしたね。私たちの父はラフィールの伯爵なんです」
「って、本当に貴族のお嬢様かよ!?」
俺は驚きつつも、心のどこかでなるほどと思う部分があった。
以前に冒険者ギルドに行ったときに『父親の権威を~』とか言っていた奴らがいたからだ。
たぶんそれなりに地位の高い人が父親なんだろうな、って想像はしていた。
とはいえ、貴族の娘がどうして冒険者なんて危険な仕事をしているんだろう?
「色々と……複雑な事情がありまして」
「あ、ごめん。詮索するつもりはないんだ」
急に暗い表情になったアリスに、俺は慌てて言った。
「お気遣いありがとうございます、ハルトさん」
微笑むアリス。
「あ、そうだ。今からギルド会館まで下見に行きませんか? 審査当日に迷子になって遅刻したら大変ですし」
「なるほど、当日の審査会場だしな」
うなずく俺。
「では、私が案内しますね~」
「ありがとう、助かるよ」
「応援してますから」
アリスがほんわかとした笑顔になった。
「さあ行きましょう、ハルトさん」
俺たちは宿を出ると、大通りを歩き出した。
初めて訪れた王都は想像以上に華やかだった。
さすがにこのアドニス王国の都だけのことはある。
まず通りを行き交う人や馬車の数が半端じゃない。
俺の地元の十倍くらいいるんじゃないだろうか。
周囲を見回せば、碁盤目状に整理された通りに沿って、すごい数の豪奢な建物が整然と並んでいる。
見ているだけで圧倒されそうな風景だ。
といっても、観光気分に浸ってばかりもいられない。
目的はあくまでも冒険者になること。
そのためにはまずギルドの入会審査に合格する必要がある。
冒険者ギルド──。
その名の通り、世界中の冒険者を束ねる相互扶助組織。
各地の遺跡やダンジョン巡り、あるいは隊商や要人の護衛任務など、冒険者の仕事を一手に取りまとめる国際組織。
──だったのだが、百年くらい前から現れ始めた魔獣や魔族との戦いにおいて、ランク上位の冒険者はめざましい戦績を残すようになった。
魔獣や魔族は強力なものになると、一国の軍隊ですら苦戦するほどだ。
多くの国は自国の軍隊の損耗を恐れたこともあり、これらの対策を冒険者ギルドに頼るようになっていった。
で、今ではこのギルドが実質的に対魔の総本山になっている──。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
突然聞こえてきた悲鳴に俺は意識を戻された。
すぐ目の前の通りを、一台の馬車が猛スピードで疾走している。
「お、おい、止まれ! 止まれぇっ!」
御者が必死で手綱を握っているけど、馬は止まるどころかさらに加速した。
完全な興奮状態かつ暴走状態だ。
その行く先には一人の子どもの姿がある。
腰を抜かしたまま立ち上がれない様子だった。
このままじゃ轢かれる──!
周囲の人々から悲鳴が響き渡る。
「ハルト、お願い!」
「ハルトさん~!」
「分かってる」
リリスとアリスの声にうなずきつつ、俺はすぐに飛び出した。
全力のダッシュで子どもの前に立つ。
「えっ……!?」
「心配するな。俺が守るから」
驚いたような子どもに、俺はニヤリと笑う。
直後、猛スピードで突っこんできた馬車が俺を撥ねた。
──否。
その直前に俺はスキルを発動させていた。
前方に出現した極彩色の輝きが、馬車の勢いを完全に殺す。
痛みも、衝撃も、何もなく。
馬車は俺にぶつかったところで、まるで見えない壁に当たったかのように進めなくなった。
「な、な、な……!?」
子どもも、御者も、周囲の人々も──全員が呆気にとられた様子である。
リリスとアリスだけがにっこりと微笑み、うなずいていた。
きらめく光が俺の全身を覆っている。
『絶対にダメージを受けないスキル』の基本形態だ。
スキルの力をちょうど鎧のように全身にまとい、あらゆるダメージを遮断する。
もともとこのスキルに名前なんてつけていなかったんだけど、先日の戦いで別バリエーションともいうべき『
スキルを発動するときにイメージしやすいよう、基本形態にも名前をつけたのだ。
馬はしばらくの間、荒い息をついて俺に何度も体当たりをしていたが、ビクともしないことに気づき、やがて鎮まった。
ぶるるる……と鼻息をつきながら、畏怖とも驚愕ともつかない様子で俺を見る馬。
よしよし、と俺は馬の首筋を軽く撫でてやった。
これでちょっとでも落ち着いてくれるといいけど。
「な、なんだ、今の……!?」
「馬車に撥ねられなかったか、あいつ……!?」
「傷一つないぞ……!?」
周囲からは驚きとざわめきが聞こえる。
「す、すみません、急に馬が暴れ出して……」
御者が馬車から降りてきて、俺と子どもに深々と頭を下げた。
「まあ、怪我はありませんでしたし」
「あ、ありがとう、お兄ちゃん……」
さっきまでへたり込んでいた子どもが立ち上がって礼を言う。
ちょうどすぐ近くに母親がいたらしく、駆けていった。
「なんとお礼を言ってよいか……」
何度も頭を下げる母親に会釈し、俺はリリスとアリスの元へ戻った。
俺たちは中央区まで移動し、宿泊施設までやって来た。
二日後に行われるギルドの入会審査まで、ここに泊まる予定だった。
なんでもリリスたちが王都に来るときの定宿らしい。
高級に分類される宿で、代金も相応にかかる。
けど、竜退治のときの報酬があるから、これくらいは問題なかった。
この間の魔族退治の報酬も、後で受け取れることになってるしな。
宿泊の手続きを終えると、俺たちはロビーの奥にあるカフェに入った。
とりあえず一休みだ。
「そういえば、ギルドの入会審査ってけっこう厳しいのか?」
「冒険者は人気の職業だし、競争率はかなり高めね」
と、リリス。
「アドニスでは年間の受験者がおおよそ一万人。その中から合格するのは百人前後というところね」
「……めちゃくちゃ狭き門だろ、それ!?」
うーん、だいたい百人に一人前後の合格率か。
「入会審査は毎月行われるから、平均すると一回の審査で合格するのは七~八人程度ね」
「ランクの高い冒険者ともなれば高給取りですから~。みんな目の色を変えて合格を狙ってくるんですよ」
アリスが補足説明する。
「リリスもアリスもサロメもそんな審査に合格して冒険者をやってるわけか。すごいな……」
「ハルトなら大丈夫だよ。審査のメインは実戦形式の実技試験だし、あなたの防御魔法は試験官にだって打ち破れないはず」
「そうそう、リラックスしてください~」
口々に元気づけてくれる二人。
うう、リリスもアリスもいい子だなぁ。
「よし、がんばってみるよ」
「審査会場はギルド会館よ。ここから歩いて十分くらいの距離ね」
リリスが説明してくれた。
「かなり近いんだな」
「定宿にしているのは、それも理由の一つよ。もちろんここの雰囲気とか食事なんかも気に入ってるんだけどね」
「そうそう、美味しいんですよ。ここの食事~」
「ね」
「ですぅ」
「あ、今日の夜は『料理長の気まぐれスパゲティ』にしよっかな。久しぶりに食べたくなっちゃった」
「私は『海の幸豪華盛りセット』に心を決めてます~」
「姉さんって、いつもそれよね」
「楽しみです」
嬉しそうに語り出す二人。
仲いいなぁ、と見てるこっちまでほんわかする。
「審査の当日はあたしたちも応援に行くね」
リリスがにっこり笑った。
「サロメさんも一緒に来たかった、って残念がってました~」
と、これはアリス。
──ちなみにサロメは王都に来る途中に、別の都市で魔導馬車を降りた。
前回戦ったDイーターの討伐依頼をしてきた支部に報告に行くんだとか。
だからここには俺とリリス、アリスの三人だけだ。
二人が一緒に来てくれた理由は二つ。
一つは俺の付き添い。
正直、俺一人じゃ心細いから、リリスたちが一緒にいてくれるのはありがたい。
そしてもう一つは、彼女の父親がここに滞在していて、会いに行くためだそうだ。
──で、リリスはしばらくして、その父親の元へ向かった。
「アリスは行かなくていいのか?」
「ええ、正確には父ではなく執事に会いに行くので」
「執事?」
まるで貴族みたいだな。
「そういえば、言っていませんでしたね。私たちの父はラフィールの伯爵なんです」
「って、本当に貴族のお嬢様かよ!?」
俺は驚きつつも、心のどこかでなるほどと思う部分があった。
以前に冒険者ギルドに行ったときに『父親の権威を~』とか言っていた奴らがいたからだ。
たぶんそれなりに地位の高い人が父親なんだろうな、って想像はしていた。
とはいえ、貴族の娘がどうして冒険者なんて危険な仕事をしているんだろう?
「色々と……複雑な事情がありまして」
「あ、ごめん。詮索するつもりはないんだ」
急に暗い表情になったアリスに、俺は慌てて言った。
「お気遣いありがとうございます、ハルトさん」
微笑むアリス。
「あ、そうだ。今からギルド会館まで下見に行きませんか? 審査当日に迷子になって遅刻したら大変ですし」
「なるほど、当日の審査会場だしな」
うなずく俺。
「では、私が案内しますね~」
「ありがとう、助かるよ」
「応援してますから」
アリスがほんわかとした笑顔になった。
「さあ行きましょう、ハルトさん」
俺たちは宿を出ると、大通りを歩き出した。