6 「全開で」
文字数 3,589文字
ルカがハルトの肩口に長剣を振り下ろそうとした瞬間、眼前に極彩色の光があふれた。
(見たことのない術式──これが彼の防御魔法ね)
構わず、そのまま剣を叩きつける。
宣言通りに刃を返し、峰打ちで。
戦神竜覇剣 ──戦神の名を冠したルカの剣は、とあるダンジョンで手に入れた特別製だ。
ドワーフの名工が鍛えた逸品であり、二つの特殊効果が付与されている。
一つは物理と魔法の両属性を併せ持ち、物質だけでなく魔力エネルギーを切り裂けること。
さらにもう一つの特殊効果──さすがにそれを使うことは滅多にないが──を合わせれば、クラスSの魔獣である竜の竜鱗 すらバターのように切り裂くことが可能だ。
まして志願者の防御魔法など紙切れ同然である。
絶対の自信を持って放った一撃は、しかし、
(硬い──)
やすやすと弾き返されてしまう。
ルカは第二撃を中止し、その場から跳び下がった。
「想定より防御力が高い……」
彼に対する評価を上方修正する必要がありそうだ。
とはいえ、しょせんは魔法である。
呪文の詠唱が完成する前に、超速で斬り伏せる──。
剣士が魔法使いと戦うときの鉄則通りに戦えば、どうということはない。
「因子の力をもっと引き出す」
因子。
それは人ならざる者──神や魔、竜などの血を引く人間に稀に発現する超常の力だ。
人を超えた力を獲得できる『因子持ち』の中には、戦乱の国を卓越した武力で救い、王にまで上り詰めた者もいれば、非道の限りを尽くして悪の化身と恐れられた者もいる。
──辺境の村娘だったルカも、十歳のときに因子が発現したことで、その人生が劇的に変化した。
彼女の力を聞きつけた近隣の冒険者ギルドにスカウトされると、わずか二年で最強のランクSに昇格した。
その後も数々の最難関ダンジョンや強大な魔の者を打ち倒し、彼女の勇名は高まる一方だ。
いずれは大陸中の者が知る、英雄と呼ばれる存在になるのも遠くはないだろう。
だが、ルカはそんな名声には興味がなかった。
すでに百度生まれ変わっても使い尽くせないほどの富を得ているが、それにも興味はない。
彼女が心を躍らせるのは、戦いだけだ。
生来、感情に乏しい気質のルカだが、相手と剣を打ちあわせているときだけは気持ちがどこまでも高揚した。
普通の村娘として生きていたら、きっと一生気づかなかった。
剣での戦いこそが──自分の本質なのだ。
(だから、今も)
彼と相対していると無性に心が躍る。
自分の斬撃を跳ね返した、強大な防御力。
それに挑むことに、至福さえ感じた。
(今度こそ、あの防御を打ち破る)
『白兵』の『因子』を稼働。
滾 る熱。
灯る炎。
発火。
紅蓮の加速。
四肢増強。
神経強化。
反射強化。
速力増幅。
イメージをより明確にするために、心の中でキーワードを唱える。
額の奥が熱を孕み、火が灯る。
やがて燃えさかる炎となって熱波が全身に広がっていく。
因子を活性化させる際の、ルカなりのイメージだ。
魔法を発動するために詠唱が必要なように。
因子の力を引き出すためには、保持者のイメージを鮮明化しなければならない。
超常の『力』を顕現するためには、魔法における詠唱や因子におけるイメージの鮮明化のような『準備』が不可欠なのだ。
神でもない限り、何もない状態から『力』だけを顕現させることなどできない。
やがて、ルカのイメージは意識の隅々にまで行き渡る。
広がる熱波が四肢の先にまで宿り、そして彼女の筋力知覚動体視力反射神経そのすべてが──。
人の域を、超えた。
「防いでみせて、ハルト・リーヴァ」
告げてルカは床を蹴る。
次の瞬間には、まるで空間を跳躍したかのような速度でハルトに肉薄していた。
「っ……!?」
驚いたようなハルトの顔。
眉が上がり、瞳が見開かれ、口からわずかに息がもれ、全身がこわばる。
その仕草が、挙動の一つ一つが、異常なほどゆっくりと見える。
彼女の知覚が限界を超えて増大している証だった。
「あなたが反応するよりも早く斬る。詠唱は間に合わない。これで終わり」
ルカが剣を振る。
──よりも、はるかに早く、速く。
「えっ……!?」
振り下ろした斬撃は、ハルトの前面に現れた極彩色の輝きによって弾かれた。
「また反応した……? 私の動きが見えるの?」
ルカは怪訝な思いで目の前の少年を見つめる。
いや、違う。
明らかにこちらの行動は彼の反応を凌駕していた。
防げるはずがないのだ。
「全然見えなかったよ」
ハルトはあっけらかんと告げた。
「反応するなんて無理だ。だから、あらかじめ防壁を張っておいた。あんたが動くよりも前に──」
馬鹿馬鹿しいほど単純な話だった。
だがルカがそれに気づかなかったのは、ハルトに呪文を詠唱した気配がまったくなかったからだ。
(この子の術式は何かおかしい……?)
普通の魔法使いとは違う。
とはいえ、ルカにはそれを打開する手があった。
「では、あなたの負けね」
「えっ」
「魔法には持続時間というものがある。ずっと防御障壁を張り続けることは不可能」
「持続時間か……まあ、永遠に防御し続けるのはさすがに無理だな」
ハルトが苦笑する。
「さあ、構えて。私の本気の剣で今度こそあなたを打ち砕く」
「じゃあ、俺は全開で──守り抜く」
ルカはもう一度突進した。
ハルトの体はまだ極彩色の輝きに覆われている。
構わず斬撃を叩きつける。
がいん、と金属質な音とともに、あっさりとルカの剣は跳ね返された。
さらに一撃、二撃──。
三撃五撃十七撃三十一撃──。
「……速いな」
一方的に斬りつけられながら、ハルトがつぶやいた。
彼は防御能力こそ異常な硬度を誇るが、それ以外に関しては素人同然だ。
攻撃魔法も使う気配はないし、身のこなしも戦闘訓練を受けた者のそれとは程遠い。
何か隠し玉でもないかぎり、彼からの反撃はないと考えていいだろう。
このまま手数で押し続ければ、やがて防御呪文の効果時間が切れる。
彼がふたたび防御呪文を展開するよりも早く攻撃すれば、勝負は決まる。
六十二撃八十五撃──。
百十六撃──。
おおよそ一分ほど斬撃を放ち続けただろうか。
ハルトの体を覆う輝きがゆっくりと薄れだした。
「……やっぱり、これくらいがスキルの持続時間か。前に調べた通りだ」
ハルトがつぶやく。
「自分で自分を殴ったときも、ルカに攻撃されたときも持続時間は変わらない……ってことは、攻撃の威力にかかわらずスキルの効果時間は一定、ってことかな」
スキルというのが何のことかは分からないが、呪文の効果切れは間近だろう。
刹那──、
「弾け」
「くっ……!?」
ルカが斬撃を放った瞬間、すさまじい反発力とともに数メティルも弾き飛ばされた。
「これは──」
さっきまでは硬い壁に向かって剣を叩きつけていたような感触だったが、今のは違う。
ルカの斬撃と同等の力が、彼女に跳ね返ってきたのだ。
今までの防壁が『攻撃を受け止める』タイプなら、今のは『攻撃を弾き、あるいは反射する』タイプといったところか。
「使い分けができるのね──だけど」
先ほどの一撃でハルトの全身を覆う光は完全に消え失せた。
今度こそ、呪文の効果切れだ。
この距離なら、ハルトがふたたび呪文を唱えるよりも早く、ルカは間合いを詰めて一撃を与えることができる。
「私の勝ち」
超スピードで間合いを詰め、放った斬撃は、しかし、
「えっ!?」
コンマ一秒足らずでふたたびハルトの全身を覆ったまばゆい輝きによって、あっさりと跳ね返される。
「詠唱が速すぎる……」
ルカは息を飲んだ。
術者の魔力の大小によっても変わるが、通常、呪文の効果が強くなればなるほど詠唱も長くなる。
しかしハルトは詠唱した気配すらなかった。
先ほどと同じだ。
(並みの魔法じゃない。いえ、あるいは──)
魔法ですら、ない。
一瞬頭をよぎった考えを、ルカはすぐに捨て去った。
あり得ない。
呪文もなしに事象だけを引き起こす──。
それは、まるで神の奇蹟ではないか。
※ ※ ※
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(見たことのない術式──これが彼の防御魔法ね)
構わず、そのまま剣を叩きつける。
宣言通りに刃を返し、峰打ちで。
ドワーフの名工が鍛えた逸品であり、二つの特殊効果が付与されている。
一つは物理と魔法の両属性を併せ持ち、物質だけでなく魔力エネルギーを切り裂けること。
さらにもう一つの特殊効果──さすがにそれを使うことは滅多にないが──を合わせれば、クラスSの魔獣である竜の
まして志願者の防御魔法など紙切れ同然である。
絶対の自信を持って放った一撃は、しかし、
(硬い──)
やすやすと弾き返されてしまう。
ルカは第二撃を中止し、その場から跳び下がった。
「想定より防御力が高い……」
彼に対する評価を上方修正する必要がありそうだ。
とはいえ、しょせんは魔法である。
呪文の詠唱が完成する前に、超速で斬り伏せる──。
剣士が魔法使いと戦うときの鉄則通りに戦えば、どうということはない。
「因子の力をもっと引き出す」
因子。
それは人ならざる者──神や魔、竜などの血を引く人間に稀に発現する超常の力だ。
人を超えた力を獲得できる『因子持ち』の中には、戦乱の国を卓越した武力で救い、王にまで上り詰めた者もいれば、非道の限りを尽くして悪の化身と恐れられた者もいる。
──辺境の村娘だったルカも、十歳のときに因子が発現したことで、その人生が劇的に変化した。
彼女の力を聞きつけた近隣の冒険者ギルドにスカウトされると、わずか二年で最強のランクSに昇格した。
その後も数々の最難関ダンジョンや強大な魔の者を打ち倒し、彼女の勇名は高まる一方だ。
いずれは大陸中の者が知る、英雄と呼ばれる存在になるのも遠くはないだろう。
だが、ルカはそんな名声には興味がなかった。
すでに百度生まれ変わっても使い尽くせないほどの富を得ているが、それにも興味はない。
彼女が心を躍らせるのは、戦いだけだ。
生来、感情に乏しい気質のルカだが、相手と剣を打ちあわせているときだけは気持ちがどこまでも高揚した。
普通の村娘として生きていたら、きっと一生気づかなかった。
剣での戦いこそが──自分の本質なのだ。
(だから、今も)
彼と相対していると無性に心が躍る。
自分の斬撃を跳ね返した、強大な防御力。
それに挑むことに、至福さえ感じた。
(今度こそ、あの防御を打ち破る)
『白兵』の『因子』を稼働。
灯る炎。
発火。
紅蓮の加速。
四肢増強。
神経強化。
反射強化。
速力増幅。
イメージをより明確にするために、心の中でキーワードを唱える。
額の奥が熱を孕み、火が灯る。
やがて燃えさかる炎となって熱波が全身に広がっていく。
因子を活性化させる際の、ルカなりのイメージだ。
魔法を発動するために詠唱が必要なように。
因子の力を引き出すためには、保持者のイメージを鮮明化しなければならない。
超常の『力』を顕現するためには、魔法における詠唱や因子におけるイメージの鮮明化のような『準備』が不可欠なのだ。
神でもない限り、何もない状態から『力』だけを顕現させることなどできない。
やがて、ルカのイメージは意識の隅々にまで行き渡る。
広がる熱波が四肢の先にまで宿り、そして彼女の筋力知覚動体視力反射神経そのすべてが──。
人の域を、超えた。
「防いでみせて、ハルト・リーヴァ」
告げてルカは床を蹴る。
次の瞬間には、まるで空間を跳躍したかのような速度でハルトに肉薄していた。
「っ……!?」
驚いたようなハルトの顔。
眉が上がり、瞳が見開かれ、口からわずかに息がもれ、全身がこわばる。
その仕草が、挙動の一つ一つが、異常なほどゆっくりと見える。
彼女の知覚が限界を超えて増大している証だった。
「あなたが反応するよりも早く斬る。詠唱は間に合わない。これで終わり」
ルカが剣を振る。
──よりも、はるかに早く、速く。
「えっ……!?」
振り下ろした斬撃は、ハルトの前面に現れた極彩色の輝きによって弾かれた。
「また反応した……? 私の動きが見えるの?」
ルカは怪訝な思いで目の前の少年を見つめる。
いや、違う。
明らかにこちらの行動は彼の反応を凌駕していた。
防げるはずがないのだ。
「全然見えなかったよ」
ハルトはあっけらかんと告げた。
「反応するなんて無理だ。だから、あらかじめ防壁を張っておいた。あんたが動くよりも前に──」
馬鹿馬鹿しいほど単純な話だった。
だがルカがそれに気づかなかったのは、ハルトに呪文を詠唱した気配がまったくなかったからだ。
(この子の術式は何かおかしい……?)
普通の魔法使いとは違う。
とはいえ、ルカにはそれを打開する手があった。
「では、あなたの負けね」
「えっ」
「魔法には持続時間というものがある。ずっと防御障壁を張り続けることは不可能」
「持続時間か……まあ、永遠に防御し続けるのはさすがに無理だな」
ハルトが苦笑する。
「さあ、構えて。私の本気の剣で今度こそあなたを打ち砕く」
「じゃあ、俺は全開で──守り抜く」
ルカはもう一度突進した。
ハルトの体はまだ極彩色の輝きに覆われている。
構わず斬撃を叩きつける。
がいん、と金属質な音とともに、あっさりとルカの剣は跳ね返された。
さらに一撃、二撃──。
三撃五撃十七撃三十一撃──。
「……速いな」
一方的に斬りつけられながら、ハルトがつぶやいた。
彼は防御能力こそ異常な硬度を誇るが、それ以外に関しては素人同然だ。
攻撃魔法も使う気配はないし、身のこなしも戦闘訓練を受けた者のそれとは程遠い。
何か隠し玉でもないかぎり、彼からの反撃はないと考えていいだろう。
このまま手数で押し続ければ、やがて防御呪文の効果時間が切れる。
彼がふたたび防御呪文を展開するよりも早く攻撃すれば、勝負は決まる。
六十二撃八十五撃──。
百十六撃──。
おおよそ一分ほど斬撃を放ち続けただろうか。
ハルトの体を覆う輝きがゆっくりと薄れだした。
「……やっぱり、これくらいがスキルの持続時間か。前に調べた通りだ」
ハルトがつぶやく。
「自分で自分を殴ったときも、ルカに攻撃されたときも持続時間は変わらない……ってことは、攻撃の威力にかかわらずスキルの効果時間は一定、ってことかな」
スキルというのが何のことかは分からないが、呪文の効果切れは間近だろう。
刹那──、
「弾け」
「くっ……!?」
ルカが斬撃を放った瞬間、すさまじい反発力とともに数メティルも弾き飛ばされた。
「これは──」
さっきまでは硬い壁に向かって剣を叩きつけていたような感触だったが、今のは違う。
ルカの斬撃と同等の力が、彼女に跳ね返ってきたのだ。
今までの防壁が『攻撃を受け止める』タイプなら、今のは『攻撃を弾き、あるいは反射する』タイプといったところか。
「使い分けができるのね──だけど」
先ほどの一撃でハルトの全身を覆う光は完全に消え失せた。
今度こそ、呪文の効果切れだ。
この距離なら、ハルトがふたたび呪文を唱えるよりも早く、ルカは間合いを詰めて一撃を与えることができる。
「私の勝ち」
超スピードで間合いを詰め、放った斬撃は、しかし、
「えっ!?」
コンマ一秒足らずでふたたびハルトの全身を覆ったまばゆい輝きによって、あっさりと跳ね返される。
「詠唱が速すぎる……」
ルカは息を飲んだ。
術者の魔力の大小によっても変わるが、通常、呪文の効果が強くなればなるほど詠唱も長くなる。
しかしハルトは詠唱した気配すらなかった。
先ほどと同じだ。
(並みの魔法じゃない。いえ、あるいは──)
魔法ですら、ない。
一瞬頭をよぎった考えを、ルカはすぐに捨て去った。
あり得ない。
呪文もなしに事象だけを引き起こす──。
それは、まるで神の奇蹟ではないか。
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