6 「ランクアップのお祝いを」

文字数 2,896文字

 そういえば、今日が社会人初日だったんだよな──。

 ふと、そんなことを思う。
 つい先日までは学生だっただけに不思議な感じだ。

「まだ冒険者の生活が始まった、って実感が湧かないな……」

「すぐに慣れるよ、ハルト」

 間近で見るリリスの微笑みは、やっぱり可憐だ。

 勝気で凛々しい美貌も。
 酔いのせいか、軽く潤んだ瞳も。
 薄く紅が塗られた花のような唇も。

 つい意識してしまうと同時に、気恥ずかしさを感じてしまう。

「地道に依頼をこなして、ランクを上げていけば、受けられる依頼も増えてくるし、そこでまた実績を積んで──っていう感じで、ランクアップを目指していくのが冒険者生活の基本ね」

「なるほど……」

「中位のランク……B以上になると、魔族や魔獣と戦う依頼も増えますし、ハルトさんの実力も活きると思います~」

 アリスがにっこりと説明した。

「じゃあ、まずはランクアップして、みんなと一緒に戦えるようにがんばるよ」

「あたしもできることがあったら協力するね。あなたが早くランクを上げられるように」

「私もお手伝いできることがあったら声をかけてくださいね」

「あ、ボクもボクも。ハルトくんに助けてもらったし、今度はボクの番だね」

「私も、あなたのために役立ちたい。命を救われた恩に報いたいから」

 リリスが、アリスが、サロメが、ルカが次々と身を乗り出す。

「ありがとう、みんな」

 俺は感謝の気持ちでいっぱいだった。



 ──楽しい宴もお開きとなり、俺は宿の部屋に戻った。
 ドアノブに手をかけると鍵がかかっていない。

「あれ、なんで開いてるんだ?」

 俺は眉を寄せた。

 まさか不法侵入者とか?
 王都は治安がいいって聞くけど、いちおうスキルを発動しておくか。

 俺の体を極彩色の輝き──護りの障壁(アーマーフェイズ)が包む。

 なるべく音を立てずにドアを開き、警戒しながら室内に入った。

 あれは──。
 俺は前方を見て、ハッとなった。

 薄明りの灯った部屋の中央に、すらりとしたシルエットが見える。

 豊かに膨らんだお椀型の胸と、その頂上に息づく薄桃色をしたつぼみ。
 細くくびれた腰。しなやかな両足。
 そしてツインテールにした黄金色の髪──。

 俺は言葉を失い、呆然とその場に立ち尽くす。

「えっ……!?

 目を丸く見開いて俺を見つめているのは──リリスだった。

「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?

 彼女の絶叫が室内に響く。

「どうしたんですか、リリスちゃん~!?

 駆けつけてきたのは、アリスだ。

「す、すごい格好……あわわわ」

 半裸の彼女を見て、慌てたようにドアを閉めるアリス。

「肌を見られた……男に、見られた……もうお嫁に行けない……」

 一方のリリスはその場にしゃがみこみ、豊満な胸元を両手で押さえるように隠しながら、ブツブツとつぶやいていた。

「ハルトさん……?」

 アリスが冷ややかな目で俺を見据えた。

 普段おっとりした彼女だけに、こういう目つきをされると、すさまじい迫力だ。

「ち、違う、誤解だ。俺が自分の部屋に入ったら、リリスが着替えてて──」

「では、リリスちゃんがこんな大胆なアプローチを……?」

 アリスはさっきまでの怖い目つきから、驚いたように目を丸くする。

「むむむ、やはり恋は女を変えるのですね……!」

「ハルトの部屋……?」

『お嫁に行けない』というつぶやきを繰り返していたリリスが、怪訝そうに顔を上げた。

「207号室は俺の宿泊室だよ」

「えっ、ここって307号室じゃ……」

 言いかけて、リリスがハッとなった。

「もしかして鍵間違えたのかな……」

 俺は、飲み会のときに宿泊室の鍵を手元に置いてたんだけど、何かの拍子でリリスの鍵と入れ替わってしまったのかもしれない。
 席が隣同士だったし、荷物が紛れたとかで──。

 さらに階まで間違えて、こういう事態になってしまったわけか。

「ごめんなさい、お騒がせして……」

 リリスはたちまち申し訳なさそうな顔で、深々と頭を下げた。

「いや、俺もちゃんと確認しなかったし……その、ごめん。見ちゃって……」

「やぁぁ……思いだしちゃうから、言わないで……ぇ」

 リリスの顔がふたたび真っ赤になった。

「恥ずかしい……うう」

「あ、悪い……」

 言いながら、俺もさっき目にした光景を思い出してしまう。

 生まれて初めて目にした、女の子の半裸姿。
 見とれるほど綺麗で、ゾクゾクするほど艶めいていて──。

 リリスって、やっぱり胸大きいんだな……うん。
 それに腰のくびれとか足の形とか、スタイルも抜群だ。

 思い出していたら、下半身に血が集まってきた。
 あ、これはさすがにまずい。

「……ハルト?」

「い、いや、俺は何も見てない、思い出してないっ」

 ジトッとリリスににらまれ、俺は両手を振って否定した。

「これは責任を取らなければいけませんね。貴族の娘たる者、夫以外の男に肌をさらすなどあってはならないことですから……!」

 冗談とも本気ともつかない口調のアリス。

「せ、せ、責任……っ!?

「姉さん、それくらいにして。もう、ハルトが困ってるじゃないっ」

 リリスがアリスを軽くにらんだ。

「えへへ、ごめんなさい、二人とも。ちょっと酔ってしまったのかもしれませんね……」

 アリスはぺろりと舌を出した。

「とりあえず着替えを済ませるから、ハルトはちょっとだけ向こうを向いてもらってもいいかな?」

「あ、ああ」

 リリスに言われて、俺は背を向けた。

 しゅる、しゅるり……と背後で衣擦れの音がする。
 なんだか、ドギマギする──。

 やがてリリスは着替え終わり、

「じゃあ、あたしたちはこれで。本当にごめんね、ハルト」

「お休みなさい、ハルトさん~」

 アリスとともに部屋の出口に歩いていく。

「ああ、お休み」

 二人は出口のところでにこやかに微笑むと、

「今日は楽しかった、また、みんなで集まろうねっ」

「今度はハルトさんのランクアップのお祝いをできるといいですね~」

 部屋を出ていった。

 ランクアップ、か……。
 そうだな、明日もがんばろう。



 ──次の日から、俺は採取や探索系の依頼を中心に仕事をこなし続けた。

 防御スキルのおかげで、危険な場所に出向いてもノーダメージで依頼をこなすことができる。

 爆炎や竜巻の中を平然と歩き、モンスターの群生地を易々と突破し、罠だらけのダンジョンを余裕で踏破する。

 難易度ランクが高い依頼を、俺は次々に達成していった。

 そんな生活を続けるうちに一ヶ月が経ち──。
 俺は早くもランクDへと昇格した。



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