6 「狙ってこい」

文字数 3,157文字

 俺はグレゴリオを探して、大通りを歩いていた。

 あいつは危険すぎる。
 人を殺すことを『狩り』になぞらえ、楽しんでいる。

 そして奴は、俺を『獲物』として認定した。

 ある意味では好都合だった。
 俺を狙っている間は、あいつは他の人間を殺さない。

 これ以上、犠牲者が出る前に──俺がグレゴリオを止める。

 俺のスキルで、あいつのスキルにどう立ち向かうか──。

 現時点で、グレゴリオのスキルについて分かっていることを整理する。

 あいつはスキルを無制限に連発してこなかった。
 もしかしたら一度に撃てる数には限界があるのかもしれない。

 確か冒険者に四発、俺には二発──合計で六発撃った。
 仮にそれが限界だとすれば、その後、一定時間は新たに撃つことができない可能性もある。
 また、連発してこなかったことから、一発ずつしか撃てない可能性もある。

 もちろん、すべて仮説だ。

 ただ、俺の防御スキルには効果時間や効果範囲など、ある程度の『制限』がある。
 なら、奴のスキルにも一定の制限──一度に撃てる数などがあっても不思議じゃない。

 その辺りは、戦いの中で見出していくしかないんだけれど。

 次の問題は、あいつをどうやって見つけるか、だ。

 何万もの人間がいる王都で、グレゴリオを探し出すのは簡単なことじゃない。

 だから──奴の方から見つけてもらうことにした。

 俺が大通りを一人で歩いているのは、そのためだ。
 俺自身を囮に、グレゴリオを引きつける。

 そのために、あえて護りの障壁(アーマーフェイズ)を発動していなかった。
 あんな極彩色の輝きをまとったまま歩いたら、目立ってしょうがないという理由もあるけれど。

 最初から防御スキルを展開していたら、あいつは撃ってこないだろうから。

「狙ってこい……」

 半ば無意識につぶやく。
 赤い光球がどこから飛んでくるか分からないから、四方には常に目を光らせていた。

 光球のスピードはそれほど速くない。
 反応することは難しくない。

 後は、俺が注意力と集中力を切らさないことだった。

 一時間近く、そうやって歩いていただろうか。
 突然、悲鳴が聞こえた。

「えっ……!?

 すぐ近くの路地裏からだ。

 俺は声がしたほうに走った。

 前方に人影が見えた。
 どうやら誰かから逃げてきたみたいだけど──。

 暗がりに、チカッと赤い輝きがまたたく。

「がっ……!?

 同時に、人影が倒れた。

「あいつ──」

 俺は怒りをにじませて、うめいた。

 苛立ったのか、ただの気まぐれか……グレゴリオが無差別に人を殺し始めたらしい。
 あるいは、俺をおびき出すためか。

 だとしても放ってはおけない。
 行くしかない……っ!

「やめろ!」

 俺は一直線に走った。

 倒れているのは、若い男だった。
『殺し』のスキルを一度に撃てる回数が六回とすれば、残りは四発──。

 俺は周囲を警戒する。
 危険を考えれば、すぐに防御スキルで身を守るべきだろう。

 だけど、そうなるとあいつは警戒して去ってしまうかもしれない。

 どうする──。
 一瞬の躊躇が、隙を生んだのか。

 倒れている死体と死体の間からにじみ出るように、一発の赤い光球が放たれた。

「くっ──」

 俺は素早く集中し、瞬時にスキルを展開する。

 一ヶ月の冒険者生活で、とっさのタイミングでのスキル発動には慣れていた。
 生まれた虹色の輝きが、赤い光球をあっさりと弾き飛ばす。

「ちっ、不意打ちのつもりだったか……やっぱ駄目か」

 苦笑交じりに前方から歩いてくる人影があった。

「──グレゴリオ」

「一瞬で発動できるんだな、それ。なかなか便利じゃねーか」

 へらへらと笑う殺人鬼を、俺は険しい表情でにらみつけた。

 足元に倒れている男は、なんの理由もなく突然命を絶たれた。
 こいつの楽しみのためだけに。

 許せない、と思う。
 絶対に野放しにできない。

「はは、怖い顔すんなよ。ただのゲームだろ」

「ゲームだと!」

 叫んだところで、俺の周囲を覆う輝きが薄れる。
 いつの間にかスキルの持続時間が終わりそうだ。

 護りの障壁(アーマーフェイズ)の光が消えると、俺はすぐにスキルを張り直した。

「なんだ? 制限時間でもあるのか、それ?」

 グレゴリオが訝る。

 俺はもちろん答えなかった。
 スキルの特性や弱点をわざわざ話す必要はない。

「ま、神のスキルも無制限かつ万能とまではいかないからな。できることもあれば、できないこともある」

 グレゴリオが肩をすくめた。

「俺様の『紅蓮の魔眼(フレアヴィジョン)』なんてまっすぐにしか撃てないし、一度に六発しか撃てないし──必ず殺せるのはいいが、案外不便なもんだぜ」

 無警戒にぺらぺらと能力の概要を語るグレゴリオ。
 紅蓮の魔眼(フレアヴィジョン)というのは、奴の能力名だろうか?

 それにしても、妙だ。
 グレゴリオはどうして──わざわざ俺の前に姿を見せたんだろう。

 こいつの能力なら、身を隠して俺を暗殺するのが一番脅威だと思うんだけど。

「俺様が出てきたのが意外か? 別に策なんかじゃねーよ。殺しを楽しむ一環さ」

 グレゴリオが笑う。

「俺様は『殺したい』んじゃない、『殺すのを楽しみたい』んだよ。テメェの絶望する顔を間近で見たいのさ」

 あいかわらず奴はペラペラと話している。

 俺は油断なくスキルを張り直した。
 およそ一分で効果が切れてしまうから、その都度、スキルを展開し直しているのだ。

 とにかく気を抜いちゃいけない。
 罠じゃない、なんて言っているけど、それ自体が俺を油断させる罠かもしれない。

「おいおい、怖い顔すんなよ。そういえば、さっきテメェの仲間を見かけたぜ? 二人とも美人だよなぁ」

 二人とも……ってことは、リリスとアリスのことか?

 まさか『来ないでくれ』って言ったのに、結局俺のところに──。

「ははっ、仲間のことが気になるか。注意が逸れたなぁ」

 グレゴリオの声音が、変わった。

 楽しげな声に、底冷えするような殺意がこもる。

 ちょうど、それは──俺のスキルが解けるタイミングだった。
 さっきから俺は一分ごとに張り直しているから、グレゴリオにも持続時間のことがバレていたんだろう。

 背後に、嫌な気配が生まれる。

 理屈ではなく。
 俺は、本能で振り返った。



 すぐ目の前に──赤い光球があった。



 こいつ……まっすぐにしか撃てないんじゃ──!?

「はっ! スキルが解けた瞬間なら、ダメージは通るよなぁ!」

 グレゴリオの、嘲笑。

 殺しのスキルの精髄である光球は、至近距離に迫っていた。

 まずい、スキルを展開するにしても一瞬の集中が必要だ。
 その一瞬よりも──光球が俺に当たる方が、わずかに早い。

 絶望的な判断が俺の心を凍りつかせる。

 ──いや、まだだ!

 なんとか展開するしかない。

 全力で集中し、最速でイメージを練る。
 間に合え──。

「無理だな。俺様の勝ちだ」

 グレゴリオが勝ち誇り。

 視界いっぱいに光球の赤い輝きが広がる。

 死──その単語が、絶望とともに脳内に浮かぶ。

風王撃(エルガスト)!」

 刹那、響いた声とともに、

「っ!?

 俺の体が突風のような衝撃によって真上に吹っ飛ばされる。

 まさに、間一髪だった。

 赤い光球は、俺が直前まで立っていた場所を通過していった。
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