1 「運命に介在する者」

文字数 2,727文字

 その日、ベネディクト・ラフィール伯爵は冒険者ギルドの本部を訪れていた。

 本部がある聖王国ルーディロウムまで、アドニスの王都からおよそ二日の道程だ。
 多忙な伯爵が貴重な時間を割いてまで本部を訪れたのは、ギルドへの謝辞のためだった。

 魔将ガイラスヴリム、そしてディアルヴァ──。
 高位魔族たちが二度にわたってアドニス王国を襲った。

 その戦いで、冒険者たちが大きな活躍を見せたのである。

「遠路はるばるようこそ、ラフィール伯爵」

 出迎えてくれたのは、ギルド長を務めるテオドラ・クリューエルだった。

 腰の辺りまで伸ばした黒髪に、すらりとした長身。
 妖艶な雰囲気を漂わせる年齢不詳の美女だ。

「先の魔将襲来で我が国の危機を救っていただき、感謝いたします。つきましては、我が国からギルドへの援助を──」

 ラフィールは丁重に礼を述べ、またギルドへの資金援助を申し出た。

 他にも、対魔族や魔獣に欠かせない強力な魔法兵器──マジックミサイルの供与など、形のある誠意を示す。

 マジックミサイルの製造には貴重な魔法結晶を大量に使用する必要があり、結局はこれも資金援助の一環ということになるだろうか。

 一通りの事務的な話が終わり、二人の会話は歓談へと変わっていく。

「アドニス王国は呪われでもしてるのかねぇ。ここ最近、立て続けにとんでもない魔族から狙われてるじゃないか」

 テオドラが口の端を吊り上げて笑った。
 一国の危機に関する話題だというのに、妙に楽しげな顔だ。

「報告によれば、彼らはクラスSの魔族や魔獣をも超える力を持っているとか。魔王の腹心を務める六魔将──伝説は伊達じゃないようだね」

「それほどの力を持つ魔族が現れたことには、なんらかの意味がありましょう。我が国が連続して狙われたことは偶然ではありますまい」

 答えるラフィール。

「アドニスに何かあるのかねぇ。それとも──」

 テオドラの瞳が鋭い光を発した。

「誰かが、いるのか。魔族が注目するほどの何者かが」

「さて、誰かいるのでしょうか」

 その眼光をラフィールは平然と受け止めてみせた。

「あいにく我が国には英雄と呼ばれるほどの人物はおりませんゆえ。聖王国ルーディロウムとは違って」

「そういえば、二つの事件ではとある冒険者が活躍したそうだね」

 まるでラフィールの内心を見透かしたように、テオドラがたずねる。

「ほう?」

「とぼけるでないよ。ハルト・リーヴァさ。独自に調査しているそうだねぇ」

(そこまで知っているのか)

 こちらの動きを把握しているらしいギルド長に、ラフィールはわずかに眉を寄せ、

「有望な人材であれば登用したい、と。調査を少々」

「登用? ふん」

 テオドラは鼻を鳴らした。

「あの『(ひょう)(じん)』のルカ・アバスタも評価していたようだね」

「ガイラスヴリムやディアルヴァ──魔将との戦いでは、いずれも注視すべき戦いぶりだったとか。無論ランクSの冒険者ほどではないにせよ」

 ──表向きはランクSの冒険者の活躍により魔将を撃退したことになっているが、実際には少し違うらしい、とラフィールは情報を得ていた。

 あるいはランクS以上の能力を持っているのではないか、という報告もある。
 一度ならず二度までもそのような戦いぶりを見せたのであれば、偶然や幸運ではなく、実力だと考えてもいいかもしれない。

「どうだろうね。おそらく彼は、ランクSの冒険者をも──」

 言いかけたテオドラの眼光が、さらに鋭さを増した。

「──誰だい?」

 背後に向けられた視線を追って、ラフィールも振り返る。

「君たちはどこから入った?」

 ドアが開く音も、気配すらもなく──。
 そこには一人の少女が立っていた。

 東方風の巫女装束を着た少女だ。

 ギルド本部は、下手な王国よりもはるかに警護が厳重である。
 それを簡単にすり抜けられるほどの力の持ち主ということなのか──。

 戦慄とともに、警戒心を最大限に高めるラフィール。
 と、

「ご無礼はお許しくださいませ。伯爵。ギルド長」

 巫女少女の背後から、もう一人の女が現れる。

「君は──」

 年齢は二十代後半くらいだろうか。
 緩くウェーブのかかった金色の髪に、妖艶な美貌。

 薔薇色のドレスはグラマラスな体型を浮き立たせるようなデザインで、匂うような色香を漂わせていた。

「バネッサ・ミレットと申します。こちらはエレクトラ・ラバーナ」

 名乗るバネッサ。

 宮廷の舞踏会で以前に会った相手だ、とラフィールは思い出した。
 彼と並ぶアドニス王国の大貴族──ミレット公爵の夫人である。

「ミレット公爵夫人といえば、アドニスの大貴族の奥方さんだろ? 一体なんでこんなことを……?」

 テオドラが眉を寄せる。

「お二人に内々のお話がありますゆえ、参上した次第ですわ」

 微笑むバネッサ。

「ある者を探している。どうやらギルドに所属する冒険者のようなのだが──行方を教えてほしい」

 巫女装束の少女──エレクトラが言った。

「ある者……?」

「セフィリア・リゼ。『強運』とあだ名される冒険者だ」

「……聞いたことのない名だな」

 眉を寄せるラフィール。

「ランクはC。一部では有名だが、ランクSやランクAの上位に比べれば知名度はないに等しい」

 エレクトラが説明した。

「彼女が引き受けたクエストでは、冒険者の死者が異様に多い。中には全滅した中で、彼女だけが戻ってきた──という状況も少なくない。ゆえに──『強運』と呼ばれている」

 ただし二つ名は本来ランクSしか名乗れないので、これは非公式のものになるが。

「ふむ……」

「彼女は非常に気まぐれだそうだ。時折ギルドに立ち寄っては依頼を受け、また数週間いなくなる──というような行動を繰り返しているとか。わたしたちも足取りをつかみきれていない。だが」

 エレクトラの胸元から淡い光があふれた。



運命の女神は(マニューバ・ナイ)虚無を夢見る(トメアヴィジョン)



 鈴の音のように澄んだ声が、響く。
 少女の胸元が淡い輝きを発していた。

「遠くない未来に彼女と出会うことになっている。我々全員が」

 なっている──とは、奇妙な言葉だった。
 まるで未来がすでに決定されているかのような言い方だ。

「彼女こそ──わたしたちの、そして君たちの運命に介在する者。最後の能力者だ」

 エレクトラは冷ややかな笑みを浮かべた。
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