2 「君たちの運命を」
文字数 2,944文字
アドニス王国とサーラ王国の国境沿いにある都市、バーラシティ。
地と風の王神 を祭り、温泉が名物だというこの町に、俺はリリスやアリスとともにやって来た。
ルカたちは町の近郊に出没する野生のモンスター退治の依頼を受けていた。
町の人たちに聞くと、どうやらその依頼はあっという間にこなしたらしい。
さすがはルカとサロメだ。
ただ、その後の消息がつかめなかった。
二人が泊まっていたという宿屋に聞いても、突然行方不明になったという話しか聞けなかった。
俺たちは半日ほど町中で聞きこみを続けたけど、手掛かりはつかめないまま、やがて夜になった──。
「人通りもだいぶ少なくなったね。続きは明日にして、いったん宿に戻りましょ」
リリスが落胆したようにため息をつく。
「根気よくいきましょう~。大丈夫、お二人とも強いですから。すぐに見つかりますっ」
アリスが元気づけた。
「あの二人が死ぬわけないって。とりあえず今日はゆっくり休もう」
俺は彼女たちに微笑んだ。
もちろん心配な気持ちは消えない。
だけど、まず俺たちがしっかりしなくちゃな。
「そうだね。ありがとう、姉さんもハルトも」
リリスはようやく笑みを浮かべてくれた。
「では、気分転換に温泉へ行きませんか? 宿の側に露天風呂があるそうですよ」
と、アリスが提案する。
「じゃあ、宿の夕食は八時からだし、それまで自由行動ってことで。あたしたちは温泉に行くね」
リリスがうなずいた。
それから俺に向かって悪戯っぽく笑い、
「覗かないでよ、ハルト」
「い、いや、俺は──」
冗談だと分かっていても、ついドギマギしてしまう。
温泉か。
ほとんど反射的に二人の入浴シーンが頭に浮かんでしまった。
……って、駄目だ駄目だ。
頬がカーッと熱くなる。
「あら、ハルトさんになら覗かれてもいいんじゃないですか、リリスちゃん」
「ち、ちょっと、何言ってるのよ、姉さんっ」
微笑むアリスに、慌てるリリス。
「前にも一度見られてるはずですし~」
以前、俺が冒険者になったお祝いの席の後、リリスの着替えシーンに出くわしたことを思い出した。
あのときのリリス、綺麗だったな。
──って、だから駄目だっての。
俺はますます頬が熱くなるのを意識した。
「ふふふ、肌を見られた以上、責任を取ってもらわないといけませんね~」
「姉さんってば、も、もうっ」
リリスは耳元まで真っ赤だった。
「責任……」
ごくり、と俺は息を飲む。
「あ、ち、ちょっと、違うのよ、あたしは、そんな……えっとお嫁にもらってほしいとか、そういうのはまだ早いっていうか」
「『まだ』? 『早い』? では、いずれは──」
「ああ、もうっ。姉さん、やめてぇ……」
リリスが弱々しい悲鳴を上げる。
「ふふ、これ以上の追及はまたの機会に……ということで。では、後ほど。また夕食のときにお会いしましょう~」
アリスは照れまくるリリスを連れて、去っていった。
八時になり、俺たちは宿で用意された夕食をとっていた。
場所は宿屋の二階にある食堂だ。
囲炉裏や暖炉など東方風の内装が特徴的だった。
こういう場所で食事をとっていると、なんだか旅行気分になってくる。
周りの席には、他にも宿泊客らしき人が何人もいた。
湯上りのリリスとアリスは、浴衣という東方の服を着ている。
綺麗なうなじやちらりと見える鎖骨がほのかな色香を漂わせていて、ドキッとする。
「どうかしたの、ハルト?」
たずねるリリスの髪から清潔ないい香りがした。
「い、いや、その……」
ますますドギマギして、思わず視線を逸らす俺。
「ハルトさん~?」
アリスも怪訝そうに俺を見ている。
ふたたび視線を逸らす俺。
ああ、もう、なんか照れくさい──。
と、
「君たちはなかなか面白い運命を背負っているみたいだね」
話しかけてきたのは、一人の少女だった。
黒髪をショートボブにした、中性的な印象の美少女だ。
彼女も温泉帰りなのか、浴衣姿で肌がほのかに火照っていた。
「ああ、すまない。わたしはエレクトラ・ラバーナ。占い師をしているんだ。職業柄、面白い相を持っている相手にはつい興味が湧いてね」
へえ、占い師……か。
「そうだ、尋ね人も占ってもらえるのか」
俺はたずねた。
「探してほしい人がいるんだ。よければ占ってもらってもいいかな」
もちろん、ルカとサロメのことだ。
聞きこみでは大した成果がなかったし、この際、使える手段はなんでも使っておきたい。
「承知した。ただその前に君たちの運勢を占わせてもらえないか。興味が湧くと抑えられない性格でね」
エレクトラが俺やリリスたちをジッと見つめる。
青く澄んだ瞳に、妖しいきらめきがあった。
吸いこまれそうな深い光──。
「その代わり、尋ね人の占いは半額にしてあげよう」
「じゃあ、お願いね」
と、リリスが身を乗り出す。
「了解した。まず君たちの運命を見させてもらおう。そちらの二人からだ。名前を聞いてもいいかな?」
「リリス・ラフィールよ」
「アリス・ラフィールです~」
と、にっこりと微笑んだアリスがリリスを見て、
「リリスちゃん、恋の運勢なんて見てもらったらどうですか~?」
「や、やだな、もう。姉さん、本当に恋バナ好きよね……その割に恋愛経験ゼロだけど」
「あ、そ、それは禁句です~」
リリスの逆襲を受けて、アリスが慌てたような顔になった。
「ふむ、お望みなら君たち二人の恋愛を占おうか?」
「れ、恋愛は別にいいからっ」
たずねるエレクトラに、リリスは顔を真っ赤にして首を振った。
なぜか俺のほうをチラチラと見る。
「わたしも……またの機会で……えへへ」
照れたようなアリスも、同じく俺をチラチラと見ていた。
二人ともどうしたんだ?
そして──エレクトラの占いが始まった。
占いには星の動きを見たり、生年月日から判断したり、あるいはカードや水晶球を使うものなど色々な種類がある。
彼女は主に人相を見て占うそうだ。
「ん? 妙なイメージが見えるな。黒いドレスの少女……無数の杖……鎌を手にした影……君たち二人を取り巻く力……これは──」
エレクトラがリリスとアリスの顔を見ながら、眉をひそめた。
「えっと、よく分からないんだけど、あたしたちに良いことが起きるの? それとも──」
「駄目だ。はっきりとは見えない」
たずねるリリスに、エレクトラは首を左右に振った。
「まだ未来は不確定ということか……だが、二人はいずれ大きな戦いに巻きこまれるようだ」
「大きな戦い……?」
「心するといい。大切なのは友や仲間を信じること。思いを貫くこと。そうすればきっと道は開ける──」
微笑み混じりに、指針らしきことを告げるエレクトラ。
「じゃあ、次は君だ──」
エレクトラが俺に向き直った。
ルカたちは町の近郊に出没する野生のモンスター退治の依頼を受けていた。
町の人たちに聞くと、どうやらその依頼はあっという間にこなしたらしい。
さすがはルカとサロメだ。
ただ、その後の消息がつかめなかった。
二人が泊まっていたという宿屋に聞いても、突然行方不明になったという話しか聞けなかった。
俺たちは半日ほど町中で聞きこみを続けたけど、手掛かりはつかめないまま、やがて夜になった──。
「人通りもだいぶ少なくなったね。続きは明日にして、いったん宿に戻りましょ」
リリスが落胆したようにため息をつく。
「根気よくいきましょう~。大丈夫、お二人とも強いですから。すぐに見つかりますっ」
アリスが元気づけた。
「あの二人が死ぬわけないって。とりあえず今日はゆっくり休もう」
俺は彼女たちに微笑んだ。
もちろん心配な気持ちは消えない。
だけど、まず俺たちがしっかりしなくちゃな。
「そうだね。ありがとう、姉さんもハルトも」
リリスはようやく笑みを浮かべてくれた。
「では、気分転換に温泉へ行きませんか? 宿の側に露天風呂があるそうですよ」
と、アリスが提案する。
「じゃあ、宿の夕食は八時からだし、それまで自由行動ってことで。あたしたちは温泉に行くね」
リリスがうなずいた。
それから俺に向かって悪戯っぽく笑い、
「覗かないでよ、ハルト」
「い、いや、俺は──」
冗談だと分かっていても、ついドギマギしてしまう。
温泉か。
ほとんど反射的に二人の入浴シーンが頭に浮かんでしまった。
……って、駄目だ駄目だ。
頬がカーッと熱くなる。
「あら、ハルトさんになら覗かれてもいいんじゃないですか、リリスちゃん」
「ち、ちょっと、何言ってるのよ、姉さんっ」
微笑むアリスに、慌てるリリス。
「前にも一度見られてるはずですし~」
以前、俺が冒険者になったお祝いの席の後、リリスの着替えシーンに出くわしたことを思い出した。
あのときのリリス、綺麗だったな。
──って、だから駄目だっての。
俺はますます頬が熱くなるのを意識した。
「ふふふ、肌を見られた以上、責任を取ってもらわないといけませんね~」
「姉さんってば、も、もうっ」
リリスは耳元まで真っ赤だった。
「責任……」
ごくり、と俺は息を飲む。
「あ、ち、ちょっと、違うのよ、あたしは、そんな……えっとお嫁にもらってほしいとか、そういうのはまだ早いっていうか」
「『まだ』? 『早い』? では、いずれは──」
「ああ、もうっ。姉さん、やめてぇ……」
リリスが弱々しい悲鳴を上げる。
「ふふ、これ以上の追及はまたの機会に……ということで。では、後ほど。また夕食のときにお会いしましょう~」
アリスは照れまくるリリスを連れて、去っていった。
八時になり、俺たちは宿で用意された夕食をとっていた。
場所は宿屋の二階にある食堂だ。
囲炉裏や暖炉など東方風の内装が特徴的だった。
こういう場所で食事をとっていると、なんだか旅行気分になってくる。
周りの席には、他にも宿泊客らしき人が何人もいた。
湯上りのリリスとアリスは、浴衣という東方の服を着ている。
綺麗なうなじやちらりと見える鎖骨がほのかな色香を漂わせていて、ドキッとする。
「どうかしたの、ハルト?」
たずねるリリスの髪から清潔ないい香りがした。
「い、いや、その……」
ますますドギマギして、思わず視線を逸らす俺。
「ハルトさん~?」
アリスも怪訝そうに俺を見ている。
ふたたび視線を逸らす俺。
ああ、もう、なんか照れくさい──。
と、
「君たちはなかなか面白い運命を背負っているみたいだね」
話しかけてきたのは、一人の少女だった。
黒髪をショートボブにした、中性的な印象の美少女だ。
彼女も温泉帰りなのか、浴衣姿で肌がほのかに火照っていた。
「ああ、すまない。わたしはエレクトラ・ラバーナ。占い師をしているんだ。職業柄、面白い相を持っている相手にはつい興味が湧いてね」
へえ、占い師……か。
「そうだ、尋ね人も占ってもらえるのか」
俺はたずねた。
「探してほしい人がいるんだ。よければ占ってもらってもいいかな」
もちろん、ルカとサロメのことだ。
聞きこみでは大した成果がなかったし、この際、使える手段はなんでも使っておきたい。
「承知した。ただその前に君たちの運勢を占わせてもらえないか。興味が湧くと抑えられない性格でね」
エレクトラが俺やリリスたちをジッと見つめる。
青く澄んだ瞳に、妖しいきらめきがあった。
吸いこまれそうな深い光──。
「その代わり、尋ね人の占いは半額にしてあげよう」
「じゃあ、お願いね」
と、リリスが身を乗り出す。
「了解した。まず君たちの運命を見させてもらおう。そちらの二人からだ。名前を聞いてもいいかな?」
「リリス・ラフィールよ」
「アリス・ラフィールです~」
と、にっこりと微笑んだアリスがリリスを見て、
「リリスちゃん、恋の運勢なんて見てもらったらどうですか~?」
「や、やだな、もう。姉さん、本当に恋バナ好きよね……その割に恋愛経験ゼロだけど」
「あ、そ、それは禁句です~」
リリスの逆襲を受けて、アリスが慌てたような顔になった。
「ふむ、お望みなら君たち二人の恋愛を占おうか?」
「れ、恋愛は別にいいからっ」
たずねるエレクトラに、リリスは顔を真っ赤にして首を振った。
なぜか俺のほうをチラチラと見る。
「わたしも……またの機会で……えへへ」
照れたようなアリスも、同じく俺をチラチラと見ていた。
二人ともどうしたんだ?
そして──エレクトラの占いが始まった。
占いには星の動きを見たり、生年月日から判断したり、あるいはカードや水晶球を使うものなど色々な種類がある。
彼女は主に人相を見て占うそうだ。
「ん? 妙なイメージが見えるな。黒いドレスの少女……無数の杖……鎌を手にした影……君たち二人を取り巻く力……これは──」
エレクトラがリリスとアリスの顔を見ながら、眉をひそめた。
「えっと、よく分からないんだけど、あたしたちに良いことが起きるの? それとも──」
「駄目だ。はっきりとは見えない」
たずねるリリスに、エレクトラは首を左右に振った。
「まだ未来は不確定ということか……だが、二人はいずれ大きな戦いに巻きこまれるようだ」
「大きな戦い……?」
「心するといい。大切なのは友や仲間を信じること。思いを貫くこと。そうすればきっと道は開ける──」
微笑み混じりに、指針らしきことを告げるエレクトラ。
「じゃあ、次は君だ──」
エレクトラが俺に向き直った。