9 「人と、魔の絆が」
文字数 3,365文字
メリエルが命がけで自分たちを守ってくれたように。
今度はあたしたちが彼女を護る──。
リリスは強い決意を込めて、黒ずくめの少年を見据えた。
「すっかりその気みたいですね。人間ごときが魔将に挑むなんて……魔族の餌の分際で笑わせないでくださいよぉ、ふひひひ」
嘲笑したザレアが無数の鎌を飛ばす。
「雷襲弾 !」
リリスは迎撃の雷を放った。
先ほどはあっさり切り裂かれた雷撃が、今度は爆光とともに鎌の群れを食い止める。
「威力が上がってる──!」
体内を巡る莫大な魔力は、そのまま魔法攻撃力を大きく底上げしているようだ。
「これなら、いけるっ」
手ごたえを感じ、さらに次の呪文の詠唱に入った。
「薙ぎ払え──雷撃鷲刃爪 !」
撃ち出されたのは、翼を広げた鳥のような形をした雷の塊だった。
リリスが使える中では、最強クラスの威力を誇る雷撃魔法。
雷の鳥が前方の鎌をまとめて弾き飛ばした。
「さっきとは違うようですねっ」
ザレアの表情がわずかにこわばる。
「なら、少しだけ本気でいきますよぉ」
向かってくる鎌の数が一気に五倍ほどに増えた。
「手数で押すつもりね──」
リリスが唇を噛みしめた。
雷の鳥は鎌の群れを吹き飛ばし続けるが、数が多すぎる。
やがて四方から鎌に切り裂かれて消滅してしまった。
なおも残った鎌がリリスに迫る。
迎撃しきれない──。
「金色天鋼殻 !」
背後からアリスの呪文が響いた。
同時に、黄金に輝くドームが周囲を覆う。
「これは──!?」
リリスは驚きの声を上げた。
ランクSの冒険者にして最高ランクの防御魔法の使い手──『金剛結界 』ドクラティオが得意とする呪文だ。
「無駄ですよぉ」
ザレアの鎌は、しかしその防御壁を易々と切り裂く。
「まだ──」
だが、切り裂かれた防御壁は瞬時に再生した。
先ほどメリエルが使ったのと同じ防御手段だ。
「人間ごときが魔将の真似事ですか」
不快げに告げたザレアがさらに鎌を放った。
黄金の防壁はそれらに切り裂かれつつも、即座に再生し、また切り裂かれては再生し──ジリジリと押しこまれつつも持ちこたえる。
「私も一緒に戦います」
アリスがリリスの側に駆け寄る。
振り返れば、倒れたメリエルの体を青い光が覆っていた。
「継続状態にした回復呪文です。十分くらいは治癒効果が続きますから、応急処置にはなります」
と、アリス。
今の防御呪文といい、姉の魔法能力は格段にアップしているようだ。
「本当は、姉さんには治癒に専念してもらいたいけど」
リリスは悔しさを噛みしめた。
「やっぱりザレアをあたし一人で食い止めるのは、難しそう。ごめん」
「メリエルさんなら大丈夫です。さすがに生命力が高いですから」
言葉とは裏腹に、アリスの表情は硬い。
「きっと……大丈夫です」
と、自分に言い聞かせるように告げた。
「ここは二人で立ち向かうのがベストだと思います」
「……そうだね。早くメリエルを本格的に治癒してあげるために──まずあいつを倒してみせるっ」
死神の二つ名を持つ魔将をまっすぐに見据える。
「穿 て、雷神の槍──」
リリスは謳うように詠唱し、叫んだ。
「烈皇雷撃破 !」
本来ならマジックミサイルの補助を受けて初めて使える、雷撃系最強クラスの魔法。
それを今は、独力で使用できる。
いや、『独力』ではない。
「これはあたしと、メリエルの力──」
──感じる。
彼女の魔力がリリスの中に流れ、加速させていくのを。
自身の魔力が、爆発的に高まっていくのを。
「だから、無駄ですってばぁ。僕の鎌はすべてを切り裂き、殺す。僕が知覚できるものなら、すべて。攻撃も防御も──あなたたちの魔法はいっさい通用しませ──えっ!?」
勝ち誇ったザレアの声が、途切れた。
甲高い音を立てて、数本の鎌がまとめて砕け散った。
さらにアリスの防御壁が輝きを増し、鎌を弾き返す。
リリスの攻撃が、アリスの防御が。
ザレアの鎌の群れを押し返しつつあった。
「魔法の威力が上がっている……!? いや、違う。これは──」
リリスがさらに攻撃魔法を次々に放つ。
火炎が、水流が、渦を巻いて鎌を飲みこみ、消滅させる。
「魔法の質そのものが、違う──があっ!?」
さらに突き進んだ攻撃魔法の一群が、ザレアを直撃した。
慌てたように後退する、魔将の少年。
「な、なんだよ、これはぁぁぁっ!? 人間ごときが、僕に傷を負わせただと……っ!」
ザレアが絶叫した。
「ふっざけんじゃねぇぇぇっ! てめぇらみたいな魔族の『餌』ごときが僕を──」
頬から流れる血を指ですくい、それを見て、さらに怒声を上げる。
「俺を殺そうってのかよぉぉっ!」
「殺したいわけじゃない」
リリスは凛と告げた。
「護りたいのよ。友だちを」
「ほざけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ザレアが叫んだ。
周囲の鎌が一カ所に集まり、融合していく。
無数の鎌は、全長十メティルほどの巨大な一本の鎌へと変じた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅぅぅぅぅぅっ!」
逆上の叫びとともに、ザレアが鎌を放った。
巨大な鎌は回転しながら猛スピードで向かってくる。
おそらくは今までの数十倍、数百倍の威力を持つであろう鎌が──。
「金色天鋼殻 !」
ふたたび発動したアリスの防御呪文に止められる。
あらゆる魔力を切り裂くはずの鎌が、その動きを止めていた。
「なぜ斬れない!? くっそぉぉぉぉぉっ、なぜだぁっ!」
「あなた自身が言ったことよ。知覚できるエネルギーならなんでも斬れる、って」
「今の私たちの力を知覚できますか? 人と、魔の絆が生んだ力を」
リリスとアリスが交互に告げた。
「メリエルと分かり合えたことで生み出した、この力を」
そう、今の二人の魔法は今までとは違う。
人の操る魔法ではなく。
魔族が操る魔法でもなく。
その二種が融合した、異質の魔法──。
「あり得ない……人間と魔族が分かり合うことなど!」
叫ぶザレア。
「あり得ない……人間ごときが、この俺を傷つけるなど!」
まるで駄々っ子のように。
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得なぁぁぁぁぁぁぁいっ! ふざけやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「あり得るのよ。あたしたちは心を通わせることができた」
「だから、この力を得ました」
二人の頭上に浮かぶ杖がいっせいに明滅する。
同時に、リリスとアリスの服が黒紫色のオーラに包まれ、形を変えた。
ワンピースの水着を連想させる漆黒の衣装と赤い革のベルト。
あらわになった肩や太ももは、まぶしいほどに白く艶めかしい。
明滅する千本の杖が無数の光の粒子になり、二人の手に集まった。
収束した光は、長大な杖へと変化する。
黒いメタリックな光沢を放つ、美しい杖だ。
その先端には血のように赤い宝玉がはめこまれている。
──魔将の杖 、千の魔導収束形態 。
『千の魔導』の精髄たる杖を手にしたリリスとアリスは、その先端をザレアに向け、
「人魔融合魔法起動 !」
二人で同時に唱える。
友から受け継いだ魔力を一点に収束させていく。
「同調 、増幅 」
響くアリスの呪言が、リリスの魔力を最大限に加速させた。
体中の魔力が湧き立ち、全身が燃えるようだ。
「貫き穿 て、雷魔の槍──」
そして、リリスの呪文が完成する。
「烈皇魔槍雷撃斬 !」
天空から漆黒と黄金が絡み合った二色の稲妻が降り注ぎ、ザレアを貫いた。
今度はあたしたちが彼女を護る──。
リリスは強い決意を込めて、黒ずくめの少年を見据えた。
「すっかりその気みたいですね。人間ごときが魔将に挑むなんて……魔族の餌の分際で笑わせないでくださいよぉ、ふひひひ」
嘲笑したザレアが無数の鎌を飛ばす。
「
リリスは迎撃の雷を放った。
先ほどはあっさり切り裂かれた雷撃が、今度は爆光とともに鎌の群れを食い止める。
「威力が上がってる──!」
体内を巡る莫大な魔力は、そのまま魔法攻撃力を大きく底上げしているようだ。
「これなら、いけるっ」
手ごたえを感じ、さらに次の呪文の詠唱に入った。
「薙ぎ払え──
撃ち出されたのは、翼を広げた鳥のような形をした雷の塊だった。
リリスが使える中では、最強クラスの威力を誇る雷撃魔法。
雷の鳥が前方の鎌をまとめて弾き飛ばした。
「さっきとは違うようですねっ」
ザレアの表情がわずかにこわばる。
「なら、少しだけ本気でいきますよぉ」
向かってくる鎌の数が一気に五倍ほどに増えた。
「手数で押すつもりね──」
リリスが唇を噛みしめた。
雷の鳥は鎌の群れを吹き飛ばし続けるが、数が多すぎる。
やがて四方から鎌に切り裂かれて消滅してしまった。
なおも残った鎌がリリスに迫る。
迎撃しきれない──。
「
背後からアリスの呪文が響いた。
同時に、黄金に輝くドームが周囲を覆う。
「これは──!?」
リリスは驚きの声を上げた。
ランクSの冒険者にして最高ランクの防御魔法の使い手──『
「無駄ですよぉ」
ザレアの鎌は、しかしその防御壁を易々と切り裂く。
「まだ──」
だが、切り裂かれた防御壁は瞬時に再生した。
先ほどメリエルが使ったのと同じ防御手段だ。
「人間ごときが魔将の真似事ですか」
不快げに告げたザレアがさらに鎌を放った。
黄金の防壁はそれらに切り裂かれつつも、即座に再生し、また切り裂かれては再生し──ジリジリと押しこまれつつも持ちこたえる。
「私も一緒に戦います」
アリスがリリスの側に駆け寄る。
振り返れば、倒れたメリエルの体を青い光が覆っていた。
「継続状態にした回復呪文です。十分くらいは治癒効果が続きますから、応急処置にはなります」
と、アリス。
今の防御呪文といい、姉の魔法能力は格段にアップしているようだ。
「本当は、姉さんには治癒に専念してもらいたいけど」
リリスは悔しさを噛みしめた。
「やっぱりザレアをあたし一人で食い止めるのは、難しそう。ごめん」
「メリエルさんなら大丈夫です。さすがに生命力が高いですから」
言葉とは裏腹に、アリスの表情は硬い。
「きっと……大丈夫です」
と、自分に言い聞かせるように告げた。
「ここは二人で立ち向かうのがベストだと思います」
「……そうだね。早くメリエルを本格的に治癒してあげるために──まずあいつを倒してみせるっ」
死神の二つ名を持つ魔将をまっすぐに見据える。
「
リリスは謳うように詠唱し、叫んだ。
「
本来ならマジックミサイルの補助を受けて初めて使える、雷撃系最強クラスの魔法。
それを今は、独力で使用できる。
いや、『独力』ではない。
「これはあたしと、メリエルの力──」
──感じる。
彼女の魔力がリリスの中に流れ、加速させていくのを。
自身の魔力が、爆発的に高まっていくのを。
「だから、無駄ですってばぁ。僕の鎌はすべてを切り裂き、殺す。僕が知覚できるものなら、すべて。攻撃も防御も──あなたたちの魔法はいっさい通用しませ──えっ!?」
勝ち誇ったザレアの声が、途切れた。
甲高い音を立てて、数本の鎌がまとめて砕け散った。
さらにアリスの防御壁が輝きを増し、鎌を弾き返す。
リリスの攻撃が、アリスの防御が。
ザレアの鎌の群れを押し返しつつあった。
「魔法の威力が上がっている……!? いや、違う。これは──」
リリスがさらに攻撃魔法を次々に放つ。
火炎が、水流が、渦を巻いて鎌を飲みこみ、消滅させる。
「魔法の質そのものが、違う──があっ!?」
さらに突き進んだ攻撃魔法の一群が、ザレアを直撃した。
慌てたように後退する、魔将の少年。
「な、なんだよ、これはぁぁぁっ!? 人間ごときが、僕に傷を負わせただと……っ!」
ザレアが絶叫した。
「ふっざけんじゃねぇぇぇっ! てめぇらみたいな魔族の『餌』ごときが僕を──」
頬から流れる血を指ですくい、それを見て、さらに怒声を上げる。
「俺を殺そうってのかよぉぉっ!」
「殺したいわけじゃない」
リリスは凛と告げた。
「護りたいのよ。友だちを」
「ほざけぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ザレアが叫んだ。
周囲の鎌が一カ所に集まり、融合していく。
無数の鎌は、全長十メティルほどの巨大な一本の鎌へと変じた。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺すぅぅぅぅぅぅっ!」
逆上の叫びとともに、ザレアが鎌を放った。
巨大な鎌は回転しながら猛スピードで向かってくる。
おそらくは今までの数十倍、数百倍の威力を持つであろう鎌が──。
「
ふたたび発動したアリスの防御呪文に止められる。
あらゆる魔力を切り裂くはずの鎌が、その動きを止めていた。
「なぜ斬れない!? くっそぉぉぉぉぉっ、なぜだぁっ!」
「あなた自身が言ったことよ。知覚できるエネルギーならなんでも斬れる、って」
「今の私たちの力を知覚できますか? 人と、魔の絆が生んだ力を」
リリスとアリスが交互に告げた。
「メリエルと分かり合えたことで生み出した、この力を」
そう、今の二人の魔法は今までとは違う。
人の操る魔法ではなく。
魔族が操る魔法でもなく。
その二種が融合した、異質の魔法──。
「あり得ない……人間と魔族が分かり合うことなど!」
叫ぶザレア。
「あり得ない……人間ごときが、この俺を傷つけるなど!」
まるで駄々っ子のように。
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ないあり得なぁぁぁぁぁぁぁいっ! ふざけやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
「あり得るのよ。あたしたちは心を通わせることができた」
「だから、この力を得ました」
二人の頭上に浮かぶ杖がいっせいに明滅する。
同時に、リリスとアリスの服が黒紫色のオーラに包まれ、形を変えた。
ワンピースの水着を連想させる漆黒の衣装と赤い革のベルト。
あらわになった肩や太ももは、まぶしいほどに白く艶めかしい。
明滅する千本の杖が無数の光の粒子になり、二人の手に集まった。
収束した光は、長大な杖へと変化する。
黒いメタリックな光沢を放つ、美しい杖だ。
その先端には血のように赤い宝玉がはめこまれている。
──
『千の魔導』の精髄たる杖を手にしたリリスとアリスは、その先端をザレアに向け、
「
二人で同時に唱える。
友から受け継いだ魔力を一点に収束させていく。
「
響くアリスの呪言が、リリスの魔力を最大限に加速させた。
体中の魔力が湧き立ち、全身が燃えるようだ。
「貫き
そして、リリスの呪文が完成する。
「
天空から漆黒と黄金が絡み合った二色の稲妻が降り注ぎ、ザレアを貫いた。