6 「分かりません」

文字数 3,270文字

 ──それは、少し前の出来事だった。

「メリエルって、よくその服を着てるね。お気に入りなの?」

「ええ、気品と優雅さ、可憐さを併せ持つ衣装ですわ」

 リリスの問いにメリエルは嬉しそうな顔をした。

 黒いゴシックロリータの衣装は、あどけなさを残す銀髪紅眼の美少女によく映えていた。

「可愛いですよね。メリエルさんにとてもお似合いです」

 アリスがうっとりと目を細めた。

「うん、すごくいいと思う。あたしもそういうの一着探してみようかな……」

 リリスも同意する。

「お二人ともありがとうございます。わたくしの周りには、この衣装の良さを分かってくれる方がなかなかいなくて──」

 メリエルが嬉しそうに微笑んだ。
 スカートの裾を軽くつまみ、軽く回ってみせる。

 そんな姿を見ながら、リリスは癒されていた。
 本当に人形のように愛らしいと思った。

「ああ、ますます可愛らしい……これは萌えますねっ」

 アリスが身を乗り出す。
 いきなりメリエルを抱きしめた。

「きゃあっ!?

 軽く悲鳴を上げるメリエル。

「すみません、あまりにも萌えたのでっ」

 言いつつ、すりすりと頬ずりするアリス。

「お、驚きました……」

 照れているのか、メリエルの顔が赤い。

「……不思議です」

 ふうっと吐息をもらし、つぶやいた。

「あなたたちと一緒にいると、時間が経つのも忘れてしまいます。心が浮き立って、胸の中が温かくなって……」

 メリエルの唇がかすかにほころび、笑みの形を作る。

「特に何かをするわけでもなく、ただ他愛もない話をしているだけなのに。どうしてでしょうね……?」

「友だちってそういうものじゃないの?」

 リリスは不思議に思ってたずね返した。
 あるいは、メリエルには今までそういう親しい相手がいなかったのだろうか。

「友だち……」

 つぶやくメリエルは眉間に軽くしわを寄せた。

「わたくしには、よく分かりません」

「そんな顔をしたら、せっかくの可愛さが台無しですよ。ほら、笑ってください」

 アリスが微笑む。
 メリエルも釣られたように微笑んだ。

「……もう少しこうしていたいところですが」

 ふいに真顔に戻るメリエル。

「そろそろ行かなくては」

「行く?」

「ええ、わたくしが居るべき場所に。報告もありますので……」

「居るべき場所……」

「……故郷ですわ」

 告げて、メリエルは背を向ける。

 どこか寂しげに感じるその背を、リリスは黙って見つめていた。

 今なら、分かる。
 おそらく、あのときメリエルは魔族の故郷である魔界へと戻ったのだろう。

 そして魔王から命を受け、ここに戻ってきた。

 六魔将の一人として──。



「壁が──」

 リリスは回想から覚め、背後に現れた岩石の壁を見た。
 あの岩石の巨人の仕業だろう。

 壁の高さは数百メティルにも達する。
 もちろん飛び越えていくことなど不可能だ。

 これで自分たちはハルトやジャック・ジャーセと分断された格好になった。

「メリエルさん、大丈夫ですか……?」

 アリスが魔将の少女に呼びかけている。

 リリスたちをかばって受けた傷はすでに治癒済みのようだが、失った体力や魔力まで戻るわけではないのだろう。

 よろめきながらも、メリエルは毅然とした表情で立っていた。
 前方の──黒ずくめの少年を見据えて。

「『メリエルさんは裏切り者』って認識でいいんですよね~? 殺したら、僕の手柄ってことで魔王様から褒めてもらえますかねぇ、ふひひひひ」

 ザレアが口の端を歪めて笑う。

「どうせなら、あっちのハルト・リーヴァやジャック・ジャーセと戦いたかったですね。あっちを倒せば大手柄なのに……はあ」

 と、ため息をつく。

「あいかわらず出世にしか興味がないのですね」

「少なくとも、人間の命になんて興味ないですね」

 キッとした顔のメリエルに対し、ザレアはへらへらと笑う。

「あなたの行動が理解できないですよ。なんでそんな『餌』どもをかばうんですか~?」

「わたくしにも、分かりません」

 メリエルは小さく首を振った。

「ですが、彼女たちは傷つけさせません」

「じゃあ、あなたも死んでください」

 その言葉が終わる前に。
 虚空から無数の鎌が現れ、メリエルに向かっていく。

闇烈壁(ガ・グ・ドーラ)

 瞬時に生み出された黒い防壁が、それらを受け止めた。

「無駄ですよ。僕の鎌はすべてを斬る。物質だろうと魔力だろうと──」

「知っていますわ」

 メリエルがつぶやく。

「ならば、いくらでも斬ってくださいませ」

 鎌の群れに切断された黒い壁は次の瞬間、元通りに再生する。
 切られては再生し、また切られては再生し──。

「へえ、超速再生能力を持った魔力防壁ですか」

 ザレアが微笑む。

「でも、僕の鎌はすべてを殺します。命であろうと、魔力であろうと──その程度じゃ受け止められませんよ」

 言葉通り、鎌の群れはじりじりと進んできた。

「これは──」

 リリスが前方を注視する。

 魔力壁が切断されてから再生するまでのわずかな時間の間に、少しずつ前進しているのだ。
 やがては、彼女たちの元まで到達することだろう。

「いくら防いでも、死ぬ時間がちょっとだけ先に延びるだけですよ、ふひひひ」

「──リリスさん、アリスさん、目を閉じて」

 メリエルはザレアの嘲笑を無視して告げた。

 言われた通りリリスはアリスとともに目をつぶる。
 次の瞬間、

光眩陣(レ・ムア・ラズ)

 目を閉じていてもなお強烈に感じられる、まぶしい光が弾けた。
 周囲は、おそらく真昼よりもはるかに明るく照らし出されているだろう。

「ぐっ!? があ……っ!?

 ザレアの苦鳴が聞こえた。
 今の光をまともに浴びて、目がくらんだに違いない。

 一瞬で光が収まり、リリスはそっと目を開ける。

「お……のれ……ぇっ……!」

 たじろぎ、後退するザレアの姿があった。
 目にダメージを受けたのか、両手で顔を覆っている。

雷撃斬(ラ・グ・ディーレ)!」

 その隙を逃さず、メリエルは雷撃をまっすぐに放った。

雷撃滅砲(ラ・グ・バル・ガ)!」

 さらに頭上からも、別の雷撃呪文を降らせる。

「ちいいいっ」

 舌打ち混じりに、ザレアが周囲の鎌を乱雑に旋回させた。
 だが、視界を一時的に失った状態で正確に迎撃できるはずもない。

「がっ……!? ぐあああっ……!」

 前方と頭上から迫る二条の雷に打ちすえられ、死神少年はその場に倒れ伏した。

「ぐ……ぉぉ……ぉ……」

 苦鳴をもらし、びくん、びくん、と体を痙攣させたまま、立ち上がれないようだ。

「あなたは殺傷能力に特化した魔将。攻撃には秀でていても、耐久面は脆弱──それがあなたの弱点です」

 メリエルが静かに告げる。

「同じ魔将のあなたと戦うつもりはありません。彼女たちが逃げるまで、手出しは控えてください」

「なんで、そんなことしなくちゃいけないんですか……人間ごときに……」

 弱々しくうめきながら、ザレアが立ち上がった。
 黒い衣装は焦げ、体のあちこちから白煙が上がっていた。

「ただ無意味に人間を殺す必要はない、と言っているだけですわ。この二人は逃がしてくださいませ」

「それがおかしいって……なんで気づかないんですかねぇ! 人間を気に掛けること自体がっ!」

 ザレアが叫んだ。
 秀麗な美貌に強烈な怒気が浮かぶ。

「不愉快なんですよ……!」

「あくまでも退かないおつもりですか」

 メリエルが前に出た。

「アリスさんもリリスさんも、わたくしの後ろに。巻き添えを食わないようにしてくださいね」



 そして──魔将同士の戦いは、激化する。
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