6 「じゃあ、ちょっと行ってくる」

文字数 2,426文字

「ハルトが冒険者になってくれたら嬉しい。あたしたちみたいなBランクじゃなく、それこそSランク並みの活躍ができると思うの」

 リリスの目は真剣だった。

「だから──今すぐにとは言わないけど、考えてみて。あなたならきっと多くの人を救う力になれるよ。絶対」

 生まれてこの方、他人からここまで強く期待されたのって初めてかもしれない。
 いや、そもそも『誰かから期待される』って状況自体が初めてかも。

 なんだか胸の内がくすぐったくて、甘酸っぱくて──。
 嬉しいもんだ。

「あ、ごめんなさい。あたしの気持ちばっかり言って。ハルトにはハルトの事情があるよね」

「いや、謝らないでもいいよ。誘ってくれたのは嬉しいし」

 今まで将来の目標とか夢なんて、あまり考えたことがなかった。
 ただ漠然と周りと同じように学校を出て、適当なところで働くんだと思っていた。

 だけど今、冒険者になるっていう明確な目標が目の前にある。
 そこに進むのも、あるいは退くのも──俺の意志一つ。

「とりあえずは、町長さんのところへ報告に行きませんか~?」

 と、アリスがほんわかした調子で提案した。

「そうね。魔獣からの避難勧告も解除してもらわないとね」

 うなずくリリス。

「ハルトも一緒に来てくれる? 竜を倒せたのはあなたのおかげだし」

「ああ、俺は……いや、とりあえず家に戻るよ。親とか近所の人たちが心配だし」

 竜が町に入ってくるまでにかなりの時間があったうえに、戦いの場所は俺の家からだいぶ離れている。
 まず大丈夫だとは思うけど、やっぱり無事を確認しておきたい。

「確かにそうね。あ、そうだ、明日の朝七時にここで待ち合わせしない? 一緒にギルドまで来てほしいの」

 と、リリス。

 冒険者ギルドってやつか。
 名前の通り、世界中の冒険者たちを管轄する組織らしいけど、詳しいことは知らない。

「魔獣を退治すると多額の報酬が出るから、ハルトにも受け取ってほしい」

「えっ、報償? そんなのもらえるのか」

「相手は最強クラスの竜ですから~。かなりの大金になると思います」

 今度はアリスが微笑んだ。

「どれくらいもらえるんだ?」

「一般の家庭が十数年は遊んで暮らせるくらいですね」

「そんなにもらえるのかよ!?

 俺は思わず声を上げた。

「あなたの働きが大きかったし、取り分はあなたが決めて」

「取り分って言われても……三人いるんだし三等分でいいんじゃないか?」

 言ってから、気づく。

「でも、倒したのはリリスだしな。俺はもっと少ない方がいいか」

「何言ってるのよ! ハルトがいなければ、そもそも攻撃することすらできなかったんだから。あなたがもっともらっていいのよ」

 リリスが驚いたような顔をした。

「いや、なんか気が引けるし」

 考えてみれば、俺は竜の攻撃を食らい続けてただけだしな。

「欲のない人ね……」

「公平に判断しただけのつもりだぞ」

「ふふ、そういう人にこそ冒険者をやってもらいたいな」

 リリスは嬉しそうな顔をした。

「じゃあ、一緒に来てもらってもいい? どうしても都合がつかなければ、あたしたちがいったん報酬を受け取ってから、あらためて渡しに来るけど」

「……いや、俺も行くよ」

 それは、半ば衝動的な言葉だった。

「どうせなら一度ギルドってところを見てみたい」

 冒険者たちの組織や、冒険者って存在を──俺はもっと知ってみたい。
 そんな思いが強く芽生えてきたんだ。



 ──その後、俺は自宅に戻った。

 幸い、家族や近所の人たちは全員無事だった。
 俺が竜退治のことを話すと、両親も最初は冗談だと思ったらしいけど、竜の鱗(別れ際にリリスから渡された)を一枚見せると、顔色が変わった。

 さらに、報酬として大金がもらえるということを話すと、たちまちニコニコ顔に。
 現金なもんだ。

 まあ家計は楽とはいえないから、報酬はその足しにするか。

 ついでに、親に何か贈ったほうがいいんだろうか。
 いちおう、これが俺の初めての稼ぎだし。

 ただ、いざとなると照れくさいな……後で考えよう。
 とりあえず、余った金は俺の取り分としてもらうことにする。

 で、学校にも連絡して、明日は冒険者ギルドに行かせてもらえることになった。

 ──そして、翌朝。

「じゃあ、ちょっと行ってくる」

 両親に告げて、俺は家を出た。

 待ち合わせをしていたリリスやアリスと合流し、冒険者ギルドの支部があるというエギルシティまで出発。
 彼女たちがすでに準備していた魔導馬車で街道を進み、三時間ほどで到着した。



 冒険者ギルドとは文字通り冒険者たちの互助組織だ。
 これに加入することで、さまざまな仕事を紹介してもらえるのだという。

 もともとは冒険者本来の仕事──要は何でも屋だ──を斡旋する組織だった。
 だけど魔獣の脅威が本格化した今では、国際的な魔獣対策本部のような役割を担っているのが現状だ。

 魔獣が現れる地域に、それに対処できるだけの実力を持つ冒険者を派遣する組織。
 中央大陸で権勢を誇る三大国でさえ、無下にはできない強大な組織。

 それが、冒険者ギルド。

 ……なんてことを教えてもらいながら、俺はリリスやアリスと一緒にエギルシティに入った。

 町の中央区にあるギルド支部の建物まで行く。

「ここが支部か……めちゃくちゃでかいな」

 館──というよりは城に近い巨大な建物を見上げて、ため息をつく俺。
 冒険者ギルドの権勢を表わしているかのような威容だ。

「あたしたちは竜退治の報告と報酬受領のための手続きがあるから。ハルトは少し待っていて。報酬を受け取るときには、一緒に行きましょ」

 そう言って、リリスとアリスは館に入っていった。
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