8 「解放してみせろ」
文字数 2,322文字
竜戦士と化したジャックを前に、ルドルフの警戒心は最大に達していた。
「禍々しい姿とは裏腹の、厳かで神々しい気配──竜や魔の力ではないな」
身の丈を超える長大な槍を構え直す。
いつもよりも前傾姿勢になり、槍の切っ先をじりじりと上げていく。
通常の『壱式 』よりも突進力と破壊力を重視した『天槍 弐 式 』。
突進とそこからの振りおろしに注力する分、回避能力は『壱式』よりも格段に落ちる。
防御能力を削ぎ落とし、攻撃能力に特化した形態だ。
「貴様の力に興味がある。打ち倒した後、じっくりと聞かせてもらうぞ」
「聞くことはできない……これから死ぬお前には」
青黒い甲冑をまとった竜戦士が、冷たく告げる。
先ほどまでの温和な男とはまるで別人のような殺気だ。
ルドルフの攻撃が、ジャックの中の何かを──引き金を、引いてしまったのか。
「貴様が神に類する力を持っているのであれば──私の槍はその神をも打ち砕く。天をも切り裂く。ゆえに──我が一撃は『天槍』と名付けられた」
赤い戦士は地を蹴り、突進した。
「さあ、砕けろ。ジャック・ジャーセ!」
対する竜の戦士は棒立ちに近い。
遅い──。
ルドルフは内心でほくそ笑む。
確かにジャックのパワーやスピードは脅威だ。
だが動きは素人のそれである。
卓越した戦士であるルドルフが巧みなフェイントを織り交ぜ、惑し──死角から一撃を放てば、いかに優れた身体能力があろうと防ぐことは叶わない。
幾重ものフェイントで幻惑し、相手の迎撃タイミングを外した上で、そこから最高速まで加速する。
全身の筋力を集中させ、破壊力特化の『天槍弐式』を放った。
「私の勝ちだ!」
ルドルフは勝利を確信して叫ぶ。
──鈍い金属音とともに、振り下ろした槍が粉々に砕け散った。
「なっ……!?」
何が起こったのか分からなかった。
絶対に防げないはずの攻撃。
絶対に反応できるはずのない角度。
その一撃を──。
ジャックは、まるで飛んでいるハエでも落とすかのように、無造作に払いのけてみせたのだ。
違う。
違いすぎる。
パワーやスピード、戦いの技巧。
そんな次元から隔絶した場所に、この男は立っている。
これほど、とは──。
呆然と立ち尽くした時間は、おそらく一秒の数十分の一にも満たなかっただろう。
その刹那が、勝負を決めた。
「ぐ、あっ……!? っ……ぉ……!」
ジャックが繰り出した右の拳が、砲弾のごとき勢いでルドルフの胸を重装鎧ごと貫いていた。
「この、私が……」
暗くなる視界に、竜戦士の姿が映る。
ずるり、と濡れた血の音を立てて、ジャックが腕を引き抜いた。
「ば……か…………な………………」
苦鳴とともに、ルドルフは倒れ伏した。
胸に空いた穴から大量の血がこぼれているのが分かる。
血と一緒に、自分の命そのものが流れ落ちていくようだ。
「俺は平穏に暮らしたいだけなのに……」
ジャックが苦々しくうめく。
竜を模した仮面の下で、悲痛な表情が目に見えるようだった。
甘い奴だ、と内心でつぶやく。
これほどの圧倒的な力を持ちながら──。
その心根は、戦士には程遠い。
それはやがて、ジャックの身を滅ぼすことになるかもしれない。
愚かなことだ。
そして、惜しいことだ。
ルドルフは複雑な思いを抱いた。
「なぜ、邪魔をするんだ……」
「ふふ、違う……な……」
苦しい息の下で、ルドルフは笑う。
「貴様は私と同じ……破壊者だ……」
「俺とあんたが同じ……?」
「身を焦がすほどの狂暴なる破壊衝動……貴様はそれを持て余している……見える……い様の中でくすぶっている炎が……」
竜の戦士は無言で拳を振り上げた。
その拳が黒いオーラに包まれるのが見える。
可視化されるほどの、圧倒的なエネルギーだ。
「解放してみせろ……私はそれを、見ていてやる……いつま、でも……くく……く……」
次の瞬間、ルドルフの視界を黒い輝きが埋める。
ジャックが放ったエネルギーのほとばしりが、赤い戦士を跡形もなく消し去った。
※
「俺が……破壊者……?」
ジャックは、ルドルフの死に際の言葉を静かに繰り返した。
人を、殺した。
塵一つ残さず、消し去った。
そのことに感慨すら抱かない自分が不思議だった。
かつてレヴィンと戦ったとき、彼や側近の女騎士を殺したことに少なからぬショックを受けたというのに。
あのときとは状況が違うからなのか。
それとも自分が変わってしまったのか。
「俺は──」
ジャックは竜戦士の姿から人の姿へと戻り、歩き出した。
どこへ行くともなく、歩き出した。
いつの間にか空が暗雲に覆われ、雨が降り始めている。
雨に打たれながら、ジャックは進む。
──滅びろ。
かつて『支配』のスキルを持つレヴィンと戦ったとき、その今際に投げかけられた言葉が脳内で反響する。
「滅ぼせ……」
反響した言葉は、微妙に形を変え、ジャックの中に浸透していく。
──壊れろ。
「壊せ……」
──すべて、塵一つ残さず。
「すべて、塵一つ残さず……!」
一歩進むたびに、自分の中の何かが研ぎ澄まされていくような感覚があった。
自分の中の何かが、目覚めていく感覚があった。
「俺……は……」
その全身からまばゆい稲妻が弾け、散った。
「禍々しい姿とは裏腹の、厳かで神々しい気配──竜や魔の力ではないな」
身の丈を超える長大な槍を構え直す。
いつもよりも前傾姿勢になり、槍の切っ先をじりじりと上げていく。
通常の『
突進とそこからの振りおろしに注力する分、回避能力は『壱式』よりも格段に落ちる。
防御能力を削ぎ落とし、攻撃能力に特化した形態だ。
「貴様の力に興味がある。打ち倒した後、じっくりと聞かせてもらうぞ」
「聞くことはできない……これから死ぬお前には」
青黒い甲冑をまとった竜戦士が、冷たく告げる。
先ほどまでの温和な男とはまるで別人のような殺気だ。
ルドルフの攻撃が、ジャックの中の何かを──引き金を、引いてしまったのか。
「貴様が神に類する力を持っているのであれば──私の槍はその神をも打ち砕く。天をも切り裂く。ゆえに──我が一撃は『天槍』と名付けられた」
赤い戦士は地を蹴り、突進した。
「さあ、砕けろ。ジャック・ジャーセ!」
対する竜の戦士は棒立ちに近い。
遅い──。
ルドルフは内心でほくそ笑む。
確かにジャックのパワーやスピードは脅威だ。
だが動きは素人のそれである。
卓越した戦士であるルドルフが巧みなフェイントを織り交ぜ、惑し──死角から一撃を放てば、いかに優れた身体能力があろうと防ぐことは叶わない。
幾重ものフェイントで幻惑し、相手の迎撃タイミングを外した上で、そこから最高速まで加速する。
全身の筋力を集中させ、破壊力特化の『天槍弐式』を放った。
「私の勝ちだ!」
ルドルフは勝利を確信して叫ぶ。
──鈍い金属音とともに、振り下ろした槍が粉々に砕け散った。
「なっ……!?」
何が起こったのか分からなかった。
絶対に防げないはずの攻撃。
絶対に反応できるはずのない角度。
その一撃を──。
ジャックは、まるで飛んでいるハエでも落とすかのように、無造作に払いのけてみせたのだ。
違う。
違いすぎる。
パワーやスピード、戦いの技巧。
そんな次元から隔絶した場所に、この男は立っている。
これほど、とは──。
呆然と立ち尽くした時間は、おそらく一秒の数十分の一にも満たなかっただろう。
その刹那が、勝負を決めた。
「ぐ、あっ……!? っ……ぉ……!」
ジャックが繰り出した右の拳が、砲弾のごとき勢いでルドルフの胸を重装鎧ごと貫いていた。
「この、私が……」
暗くなる視界に、竜戦士の姿が映る。
ずるり、と濡れた血の音を立てて、ジャックが腕を引き抜いた。
「ば……か…………な………………」
苦鳴とともに、ルドルフは倒れ伏した。
胸に空いた穴から大量の血がこぼれているのが分かる。
血と一緒に、自分の命そのものが流れ落ちていくようだ。
「俺は平穏に暮らしたいだけなのに……」
ジャックが苦々しくうめく。
竜を模した仮面の下で、悲痛な表情が目に見えるようだった。
甘い奴だ、と内心でつぶやく。
これほどの圧倒的な力を持ちながら──。
その心根は、戦士には程遠い。
それはやがて、ジャックの身を滅ぼすことになるかもしれない。
愚かなことだ。
そして、惜しいことだ。
ルドルフは複雑な思いを抱いた。
「なぜ、邪魔をするんだ……」
「ふふ、違う……な……」
苦しい息の下で、ルドルフは笑う。
「貴様は私と同じ……破壊者だ……」
「俺とあんたが同じ……?」
「身を焦がすほどの狂暴なる破壊衝動……貴様はそれを持て余している……見える……い様の中でくすぶっている炎が……」
竜の戦士は無言で拳を振り上げた。
その拳が黒いオーラに包まれるのが見える。
可視化されるほどの、圧倒的なエネルギーだ。
「解放してみせろ……私はそれを、見ていてやる……いつま、でも……くく……く……」
次の瞬間、ルドルフの視界を黒い輝きが埋める。
ジャックが放ったエネルギーのほとばしりが、赤い戦士を跡形もなく消し去った。
※
「俺が……破壊者……?」
ジャックは、ルドルフの死に際の言葉を静かに繰り返した。
人を、殺した。
塵一つ残さず、消し去った。
そのことに感慨すら抱かない自分が不思議だった。
かつてレヴィンと戦ったとき、彼や側近の女騎士を殺したことに少なからぬショックを受けたというのに。
あのときとは状況が違うからなのか。
それとも自分が変わってしまったのか。
「俺は──」
ジャックは竜戦士の姿から人の姿へと戻り、歩き出した。
どこへ行くともなく、歩き出した。
いつの間にか空が暗雲に覆われ、雨が降り始めている。
雨に打たれながら、ジャックは進む。
──滅びろ。
かつて『支配』のスキルを持つレヴィンと戦ったとき、その今際に投げかけられた言葉が脳内で反響する。
「滅ぼせ……」
反響した言葉は、微妙に形を変え、ジャックの中に浸透していく。
──壊れろ。
「壊せ……」
──すべて、塵一つ残さず。
「すべて、塵一つ残さず……!」
一歩進むたびに、自分の中の何かが研ぎ澄まされていくような感覚があった。
自分の中の何かが、目覚めていく感覚があった。
「俺……は……」
その全身からまばゆい稲妻が弾け、散った。