10 「鍵となる能力者よ」

文字数 3,233文字

 突然現れた黒い穴に、俺は驚いて立ち尽くす。

「さあ、こっちへ」

 穴の向こうから声が聞こえた。
 涼しげな女性の声だ。

「破滅の未来を、回避したいのでしょう?」

「っ……!」

 エレクトラは即座に穴の中に飛びこんだ。

「ま、待てっ」

 追いかけようとするが、その穴は一瞬で豆粒ほどにまで縮まり、消えてしまう。

「逃げられた……か」

 俺は穴が消え去った前方の空間を見据え、息をついた。
 エレクトラにはまだ聞きたいことがあった。

 俺や彼女だけでなく、他のスキル保持者(ホルダー)たちがそれぞれ戦う未来を視た、という話について。
 あるいはガイラスヴリムやディアルヴァのように、また他の魔将たちが襲ってくるのかどうか。

 他にも──未来が分かるんなら、その力でできることはたくさんあるはずだ。

 きっと多くの人を救うことだって。

 いや、今はそれを考えても仕方がない。
 俺はふうっともう一度息を吐き出し、リリスたちの元に歩み寄った。

「大丈夫か、みんな」

 見たところ、四人とも怪我らしい怪我はなさそうだ。

 ルカとサロメはずっと縛られていたのか、両手首が軽く鬱血している。
 アリスが治癒魔法をかけて、それを治していた。

「……ごめん」

 俺は四人に頭を下げる。

「エレクトラは俺を狙っていた。みんなが人質にされたのも、そのせいだ……」

「ハルトが謝ることじゃないわ」

 ルカが淡々とした口調で告げる。

「負けて捕まったのは、私が弱かったから。それがすべて」

「むしろ助けに来てもらって、ボクたちが礼を言わなきゃね。ありがと」

 にっこりとするサロメ。

「感謝しているわ」

 隣でルカが頭を下げる。

「っていうか、ボクたちの動きが全部読まれてたし、なんか反則技っぽいよね。ああいうの」

 サロメはペロリと舌を出した。

「とにかく、ハルトくんが気に病むことじゃないって」

「そういうこと」

 サロメとルカが同時に言った。

「……あたしたちの動きも読まれてたね」

 リリスが険しい顔でつぶやく。

「ハルトとエレクトラの会話……変な雑音混じりでよく聞こえなかった。けど、断片的に運命がどうとか、未来がどうとか──何か関係があるのかな?」

「エレクトラさんは占い師ですからね。未来を占って、私たちの動きを知ったとか……?」

「いくら占いでも、そんなことができるとは思えない」

 アリスの言葉に、リリスは首を振った。

「人の未来を確実に視るなんて、占いでも魔法でも無理だと思う──」

 つぶやいたリリスの瞳が俺を見据える。

 彼女は、俺とグレゴリオの戦いの際にもその場にいた。
 スキル保持者(ホルダー)同士の戦いに二度も居合わせて──何かを感づいているんだろうか。

 神のスキルのことは口外できない。
 しようとしても激痛に襲われ、あるいはその言葉は不思議な雑音(ノイズ)が生じて、他者には届かない。

「あ、ごめんね。詮索するわけじゃないから」

 慌てたように両手を振るリリス。

「えっ」

「ハルト、困ったような顔してる」

 言われて、自分の顔がこわばっていることに気づいた。

「俺は……」

「もしも何かカン違いをしているなら、先に言っておくからね。あたしたちはハルトが原意で巻きこまれたなんて思ってない」

「気負いすぎですよ、ハルトさん」

 リリスとアリスが微笑む。

「ハルトには、今まで何度も助けてもらっているわ」

「そう、今回もね。だから、お礼に今度何かおごるねっ」

 ルカとサロメも同じように笑顔だ。

「……ありがとう」

 俺がみんなを助けたかったのに。
 逆に、俺のほうが気を遣われてしまった。

 彼女たちへの感謝と、そんな彼女たちを巻きこんだ申し訳なさが、胸の中で渦を巻く。

 力が欲しい、と思う。
 みんなをちゃんと護れるように、今まで以上に。

 もしかしたら、その答えは──。
 エレクトラと共鳴したときに見えた、あの映像にあるのかもしれない。

 女神さまは、俺の力がそこで成長する可能性を示していた。

 エリオスシティにあるという遺跡。

「古竜の神殿……か」

    ※

 気が付けば、エレクトラは泉のほとりにいた。

「ここは……?」

 先ほどまでの噴水公園とはまったく別の場所だ。
 そもそも町の中ではなさそうだった。

「どうやら助けることができたみたいね」

 前方の茂みから一人の女が現れた。

 年のころは二十代後半といったところか。

 緩くウェーブのかかった輝くような金髪が腰の辺りまで伸びている。
 薔薇色のドレスが、艶やかな美貌によく似合っていた。

 胸元を勢いよく押し上げる豊かな膨らみや、細くくびれた腰、そしてパンと張り出した尻──同性のエレクトラから見てもゾクリとする色香を感じる。

「初めまして、エレクトラ・ラバーナさん」

「君は……」

 戸惑いと警戒でエレクトラは表情をこわばらせた。

運命の女神の(マニューバ)──」

 反射的に予知を発動しようとする。

 とにかくこれから何が起きるかを知り、それに対応する行動を取れば、彼女は無敵だ。
 ハルトのように『時間を逆行させた防御』などという能力でも使われないかぎりは──。

「身構えないで」

 片手を上げて女がそれを制する。

「あなたの『同種』よ」

 微笑みを深めた彼女の頭上に、輝く紋様が出現した。
 エレクトラのそれと、よく似た紋様が。

「あたしは天翼の女神(ガ・ゼガリア・フィオ)より力を授かりし者──」

 謳うように告げる女。

「君が敵じゃないという保証はないな」

「では、ご自由に予知してどうぞ。それで安心できるでしょう?」

 彼女の方は敵意のなさそうな微笑みを浮かべるのみだ。

「……ふん」

 エレクトラは言われた通り予知を行った。

 内容を確認し、目の前の女が敵ではないと悟る。
 もちろん、確実に視ることができるのは近い未来だけだから、それより遠い未来でどうなるのかは不鮮明だ。

 ただ──狙いは不明だが、少なくとも敵対する意思はなさそうだった。

「分かった。とりあえず、君は敵じゃないと判断させてもらう」

 エレクトラは小さく息をつき、いったん警戒を緩める。

護りの女神(イルファリア)の力を持つ少年──大したものね。未来が視えるあなたを退けるなんて」

(わたしやハルトの能力のことを知っている……?)

 エレクトラは微笑む女に鋭い視線を向けつつ、答える。

「……そうだな、時間すら戻して防御する力とは。さすがにわたしも手を出せない」

 以前の予知を思い出した。

 虹色の光の中に溶けて消える、自分の姿。
 それに該当するような場面は、今回の戦いにはなかった。

 いずれ訪れるはずの運命を──回避しなくてはならない。

 だが、今はまだ手を出せない。

「手を出す必要なんてないわ。あなたが出会うべき相手は彼じゃない。他にいるもの」

「出会うべき相手……他に……?」

「その人なら、あなたがまだ見ていない未来へ導いてくれるかもしれないわ」

 つまりエレクトラが破滅する未来を回避できる、というわけか。

 ならばハルトにこだわる必要などない。
 そもそも彼にもう一度戦いを挑んだとしても──退けられる危険性が高い。

「で、その相手とは?」

「あら、それをあなたに教えてほしいのよ。占い師さん」

 女は婀娜(あだ)っぽい笑みを浮かべた。

「その人は、最後のスキル保持者(ホルダー)──地と風の王神(アーダ・エル)の力を持つ者」

「最後の……?」

「一緒に探してほしいの。その人こそ、来たるべき神と魔の大戦の──鍵となる能力者よ」
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