9 「どうして」

文字数 2,001文字

 いよいよ、決戦の日が来た。

「今回はみんな一緒のチームになったな」

 俺はリリスやアリス、ルカ、サロメを見回した。
 俺たちの担当区域はルーディロウム王都周辺である。

 大量の『黒幻洞(サイレーガ)』が出現する予測時間はおおよそ二時間後。
 王都には強力な結界が張られているため、魔の者はその効果範囲外──城壁から少し離れた位置に降下するだろうと予測されている。

 出現次第そこへ向かうため、今はギルド本部の入り口付近で待機状態だ。

 周囲には、同じチームの面々──いずれもランクSやAの冒険者が数人いる。
 武器の整備をしたり、いつでも魔法を使えるように瞑想を繰り返したり──思い思いの準備をしていた。

「がんばろうね、ハルト。一緒に」

「ふふ、嬉しそうですね、リリスちゃん」

 元気よく言ったリリスに、アリスが微笑んだ。

「……顔がにやけてる」

 ぼそりとつぶやいたのはルカだ。

「そういうルカちゃんもちょっとにやけてますよ?」

 アリスの微笑みが今度はルカに向いた。

「私は、別に……一緒になれたのが嬉しいとか、そういうのは……」

「あ、目が泳いだねっ」

 サロメがはしゃいだ。

「すっかり恋する乙女になっちゃって」

「恋……分からない……」

 かしましい彼女たちを見ながら、俺は戦いの前に気持ちが安らぐのを感じた。

 おなじみのメンバーで戦えるのは、やっぱり心強い。

 同時に、身が引き締まる思いもあった。
 俺のスキルで全員守ってみせる──って。

 すでに他の区域を担当するチームはすべて出発した後だ。

「結局、ルドルフさんは戻ってこなかったね」

 と、リリス。

 そう、ルドルフさんは二日前に出かけてきり、帰ってきていない。
 冒険者三強の一角と称される『天槍』のルドルフ──当然、今回集まった冒険者たちの中でもルカと並んで戦力の要だ。

 一体、どこへ行ってしまったのか。
 ギルドのほうでも捜索したけど、足取りはつかめなかったそうだ。

 逃げたとは思えない。
 むしろ、こういう戦いなら真っ先に飛び出していきそうなイメージなんだけど──。

 とにかく、今はこのメンバーを守りきることを考えよう。
 そして、王都の人たちを守ることを。
 と──、

「おい、ここは冒険者以外は立ち入り禁止だぞ」

「すでに魔の者が出現するという警報が出ているだろう。一般市民は避難するんだ」

 入り口から声が聞こえた。

 警備の人を押しのけるようにして、一人の男が歩いてくる。
 俺たちの方に向かって。

「……ハルト」

 やって来たのは、ジャックさんだった。

 その顔つきは、いつにも増して精悍だ。

 まるで何かを決意したように。
 まるで──何かを吹っ切ったように。

「もしかして、一緒に戦ってくれるんですか」

 この前会ったときは乗り気じゃなかったみたいだけど、気が変わったのかもしれない。
 だとすれば、これほど心強い味方はない。

「お前に伝えたいことが……うっ、ぐぅ……っ」

 言いかけたところで、ジャックさんの全身から、バチッ、バチッ、とまばゆいスパークが散る。

 なんだ……!?

 様子が、変だ。

「俺はやっぱり……戦えない……くっ、うぁぁ……そいつ……は……!?

 ジャックさんの全身から一際激しいスパークが弾けた。

 その視線が、俺の側に向けられる。
 ──リリスとアリスに。

「その杖……魔族の……気配……!」

 ぞくり、と背筋にすさまじい悪寒が走り抜けた。

「やめろ!」

 ほとんど無意識のうちにスキルを発動していた。

 ──護りの障壁(アーマーフェイズ)

 あふれた虹色の輝きが、リリスやアリス、ルカ、サロメの周囲を覆う。

 ほぼ同時だった。

 ごうんっ!

 爆発にも似た衝撃音が響き渡る。

 その場の誰も──卓越した戦士であるルカですら反応できないほどの超スピードで、ジャックさんが拳を叩きつけたのだ。
 リリスとアリスに向かって。

 そして、間一髪で発動した俺のスキルがそれを防いだ。

 仮にジャックさんの動きを見てから対応しようとしても、とても無理だっただろう。
 俺には彼の動きすら見えなかった。

 何も──見えなかった。

「ジャックさん、どうして……!?

「魔族は……滅ぼす……平穏を脅かす者は……すべて破壊する……」

「何を……言って……!?

「邪魔をするなら──」

 ジャックさんの瞳に妖しい赤の輝きが灯る。

「お前も、破壊する」

 その体が青黒い甲冑に覆われ、顔には狼の仮面が出現した。
 魔族が獣騎士形態(コードビースト)と呼んでいた、異形の姿。

「すべてを壊す……滅ぼす……」

 黒い獣戦士が、静かな殺意を放った──。
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