10 「やがて不可侵の存在へと」

文字数 4,148文字

 気が付くと、俺は真っ白な空間にいた。

 あれ? さっきまで峡谷にいたはずなのに──。

「お久しぶりです、ハルト・リーヴァ」

 目の前には一人の幼い女の子が立っている。

 肩までの金髪に、つぶらな青い瞳。
 あどけない可憐な顔立ち。
 俺の胸にも届かないくらい小さな体に、ぶかぶかの白い貫頭衣。

「君は……?」

 この女の子、どこかで見たような気がする──。
 記憶を探り、やがて思い出した。

「女神さまに似てる……?」

 そう、俺にスキルを授けてくれたあの女神さまを幼くしたような姿なのだ。

「わたしはずっと呼びかけていました。その声が、やっと届きましたね」

 幼女バージョンの女神さま(?)が微笑む。

 大人バージョンと違っておっぱいはない。
 つるぺただ。残念。

「正確には、わたしは女神自身ではありません。あなたの中に宿る護りの女神の力──その精髄。イルファリアの意志の断片です」

「イル……ファリア?」

「そういえば、あのときは名乗りませんでしたね。わたしは──いえ、わたしの本体は護りを司る女神イルファリア。失われた古代の神の一柱」

 微笑む女神さま。

 いや、正確には女神さま自身じゃないらしいが、ややこしいのでそう呼ぶことにする。

「ここはどこなんですか。みんなはどうなったんです? そうだ、俺はみんなのところに行かないと──」

「ここはあなたの意識の世界(インナースペース)。時間や空間とは無縁の場所」

 女神さまが説明した。

「外界では一秒たりとも進んでいません。安心してください」

 そう言われても、やっぱり心配だ。
 ──なんて思っていると、女神さまが俺に顔を寄せた。

 可愛らしい顔が至近距離まで近づき、思わずドキッとなる。

 いやいや、こんな幼い子になにドキドキしてるんだ、俺は。

 俺の内心の動揺に気づいているのか、いないのか、女神さまはジッと見つめたまま、

「あなたに与えたスキルは順調に成長を遂げているようですね。ですが、まだそのすべてを使いこなせているわけではありません。あなたの力をさらなる成長に導くため──わたしはずっと呼びかけていました」

「さらなる成長……」

「そのためには、まずあなたの意志を確認する必要があります。あなたはイルファリアが与えたスキルをなんのために使いたいのですか?」

「俺は──」

「あらかじめ言っておきますが──あなたの力は、あなたの好きに使って構いません。わたしから──神々からは使命も、命令も、何も課しません。力を使って英雄になるのも自由。悪党になるのもまた自由。これは──そういうルールです」

「俺は」

 そんなの、決まってる。
 まっすぐに女神さまを見据えた。

「今は、みんなを護るためにこの力を使いたい」

 竜や魔族や、魔将との戦いの中で、自覚した気持ち。
 俺は冒険者として、みんなを護りたい。

「でも今のままじゃあいつの攻撃を防げない。俺自身は助かっても、リリスやアリスやみんなが──」

「重要なのはイメージです」

 うめく俺に、女神さまは微笑したまま告げた。

「魔法も、因子も、そして神や魔のスキルも──すべての源流は同じもの。イメージすること──すなわち、意志を(かたど)り、具現化すること──それこそがスキルを成長させ、より強く……」

 だんだんと、その声が小さくなっていく。

 待ってくれ、もう少し話を──。

 叫んだ俺の声も、虚空に溶け消える。

「……思い描き、形を与える……のです……あなた……が……望む、力の……形……を……」

 女神さまの声がさらに小さくなり、そして、



「そうすれば至るでしょう──やがて不可侵の存在へと」



 最後の言葉だけは、やけにはっきりと聞こえた。

 同時に、周囲に広がる白い何かが薄れ、消えて──。
 気が付けば、俺は元の場所にいた。

「があああぁぁぁぁっ!」

 ガイラスヴリムが雄たけびとともに、斬撃を放つ体勢に入っている。

 どうやら女神さまの言葉通り、現実の世界では一秒も経っていなかったらしい。

 俺のすぐ側にいるサロメは動けない。
 今の魔将は、気配を消した彼女すらも察知できる獣の勘を備えている。
 うかつに飛び出せば、瞬殺だろう。

 そして背後にいるダルトンさんや騎士団、そして合流しているであろうリリスたちも、動けないのは同様だ。

 散発的に魔法を撃っているのは、リリスとダルトンさんだろうか。
 だけど魔将は意に介した様子すらなく、ひたすら力を溜めていた。

 切り札のマジックミサイルも使ってしまった今、もはや魔将にはダメージすら与えられない。

「駄目……みんな、今から逃げても間に合わない……」

 サロメが苦い声でうめく。

「だったら──俺が護る」

「ハルトくん……?」

 驚いたようなサロメを見つめ、俺はうなずいた。

 残された猶予は何秒だろうか。
 一秒か、二秒か。
 おそらく、わずかな時間しかない。

 その刹那に──思いを象り、具現化する。
 より強いスキルを目覚めさせる。

 できるか、俺に?

 いや、『できるか』じゃない。
『やる』んだ。



 ──封印設定開始(プリセット)──



 俺はたぶん心のどこかで、自分の力の限界を定めていた。

 俺にできるのはこれくらい──。
 俺にはこれ以上のことはできない──。

 そんな線引きを、心の中でしていたんだと思う。
 どこかで、自分に自信を持てない状態だったんだろう。

 でも、それはもう終わりにする。

 ここで、終わりにする。



 収束。拘束。縛鎖。幽閉。
 無効化。無力化。無発動化。
 力を消去。斬撃を消去。衝撃を消去。破壊を消去。



 ここから、一歩を踏み出そう。

 ありったけのイメージを想起し、スキルを具現化させることで。
 みんなを護るための、力を得るんだ。

 今こそ──。

 今まで限界だと思っていた壁を打ち砕く。



 結界を構築。結界を錬成。結界を現出。結界を固着。
 認識を定義。効果を設定。照準を固定。範囲を確定。



 俺は、自分を信じる。
 自分のスキルを信じる。

 そのために、もっと強く、どこまでも鮮烈に──思い描く。

 力の形を。

 俺にできることを。

 俺にしかできないことを!



 ──全行程完了(コンプリート)──



 俺が突き出した右手から、虹色の光が伸びた。

 螺旋の軌跡を描きながら突き進んだそれは、ガイラスヴリムが掲げた剣にまとわりつく。

「ぐぉぉぉぉ……おおおおおおおおおおぉぉぉぉんんっ……!?

 獣騎士が戸惑いの声を上げた。

 光は──八枚の翼を持った天使の姿に変わり、赤い魔剣を抱きかかえる。

「がああっ!」

 ほぼ同時に、ガイラスヴリムが雄たけびとともに斬撃を放った。

 一撃で地形すらも変える、超絶の破壊剣。

 本来なら強烈な衝撃波をまき散らし、大地を割り裂くであろうその斬撃は──だけど、そよ風さえも起こせなかった。

「ぐが……ぁぁぁぁっ……!?

「──第四の形態、虚空への封印(ヴォイドシール)

 戸惑う魔将に、俺は静かに告げた。

 それが、俺がイメージした力の形。
 極小範囲の防御フィールドで剣を包み、『破壊エネルギーそのものを』無効化するスキル形態だ。

 もはやガイラスヴリムは何物も壊せない。
 何者にもダメージを与えられない──。

「ぐっ、があああああっ!?

 めちゃくちゃに剣を振りまわす獣騎士。

 だけど、何度やっても同じだ。

 虹色の光に包まれた剣は、もはや破壊に使えない。
 地面に当たっても傷一つつけられない。

「おおおおおぉぉぉぉ……ぉぉ……ぉ……」

 やがて。

 魔将はその場にがくりと膝をついた。
 がらん、と剣を取り落とす。

「ここまで……か……」

 その口から出たのは、今までの獣の雄たけびではなく人の言葉だった。

「俺の……すべてを込めた、破壊の力……よくぞ止めたな、人間よ……」

 異様に太く、長く伸びていた四肢が元のサイズに戻り、狼のような顔もまた人のそれへと戻った。

 たぶんこれが、初めて目にするガイラスヴリムの本当の顔。
 剛毅さを体現したような武人の顔。

 その顔が、体が、陽炎のように揺らめき、薄れ始めた。

「我らにはある制約がある……人の世界に長くは留まれぬ……」

 ガイラスヴリムは苦しげな表情で、独白した。

「時が過ぎれば……たとえ、どれほど強大な魔の者でも力を失い、やがて消滅する……魔界に続く道──『黒幻洞(サイレーガ)』まで戻る時間はあるまい……」

 黒い騎士の姿はどんどん薄れていく。
 背後の景色がうっすらと見えるほどに。

 一体、これは──!?

「俺は……神魔大戦で敗北を喫して以来……魔界で、くすぶるだけだった……だが、今日は違った……! 束の間とはいえ、全力を振るうことができた……」

 ガイラスヴリムは笑っていた。

「こんな日が来るのを望んでいた……命を燃やし尽くして戦い……死ぬことを……」

 苦しげな表情で、楽しげな笑みを浮かべていた。

「貴様が持つ、神の力の分析も……いずれ終わるだろう。この戦いは……魔王陛下にすべて……届いている、のだから……」

 ガイラスヴリムの、両足が消える。

 腰が消え、胸が消える。

「叶うなら、貴様らを打ち砕きたかった……だが、叶わぬならば……」

 腕が消え、肩が消える。

「俺は……捨て駒でよい……後のことは、陛下と残りの魔将たちが、きっと……」

 消えながら、ガイラスヴリムは笑い続ける。

 まるで無邪気な子どものように。

「さらばだ……強き者……」

 そして──魔将の姿は完全に消えた。



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