4 「この地に集う」
文字数 2,621文字
話したいことがある──。
そう言われ、俺はジャックさんとともに本部の外へ出た。
大通りから小さな路地に入り、ひと気のない小さな神殿までやって来る。
「俺は妙な女にここまで連れてこられた。おそらくあいつは──俺たちと同じ神のスキルを持っている」
ジャックさんが話を切り出した。
「お前も気を付けろ。得体の知れない女だ」
「あら、得体の知れないとは人聞きが悪いわね。これでも、いちおうアドニス有数の貴族の妻なのだけれど」
苦笑交じりの声は、突然だった。
驚いて振り返ると、一人の女性がそこに立っていた。
緩く波打つ長い金髪に、薔薇色のドレス。
高貴な雰囲気を漂わせる美女だ。
一体、いつの間に現れたのか。
「おそろいね。ジャックさん、それにハルトさんも」
「お前は──」
ジャックさんの表情が険しくなった。
「どういうつもりだ。どうして俺をこの国まで連れてきた」
……ということは、彼女がジャックさんをルーディロウムまで連れてきたってことか。
「ここですべてが始まるの。だから呼んだのよ」
美女は微笑みを浮かべたまま言った。
貴族夫人らしく気品のある雰囲気の中に、妖しい色香が入り混じり、目の前にいるだけで体がゾクッとなる。
「生き残っているすべてのスキル保持者 がこの地に集う──そして幕を開ける。終わりの始まりの刻が」
謳うように告げて、笑みを深くする彼女。
「自己紹介が遅れたわね。あたしはバネッサ・ミレット。はじめまして、ハルト・リーヴァさん」
「……はじめまして」
優雅に礼をするバネッサさんに、俺も礼を返した。
「それともう一人、紹介したい人がいるの」
その言葉とともに、俺の前方に黒い穴のようなものが出現した。
「これは──」
ハッと息を飲む。
見覚えがある。
以前にエレクトラと戦った際、彼女はこの穴に入って、俺たちから逃げていったのだ。
穴の中から、小柄なシルエットが現れる。
三つ編みにした黒髪に、そばかすの浮いたあどけない顔立ち。
洗練された雰囲気のバネッサさんとは対照的に、あか抜けない雰囲気の少女僧侶だ。
「こちらはセフィリア・リゼさん。あなたと同じ冒険者よ」
「どうもー」
軽い口調とともに、セフィリアという少女が挨拶をした。
「こうして神の力を持つ者たちが一堂に会するなんて、喜ばしいわね」
「なぜ俺をこんな場所に連れてきた?」
にこやかなバネッサさんに、ジャックさんがますます険しい表情をする。
バチッ、バチッ、とその体からスパークが散った。
ん、なんだ……?
「申し訳ないと思っているわ。説明している時間がなかったの」
バネッサさんは気品のある微笑を崩さない。
「この地に危機が迫っている。高ランクの冒険者が集っているとはいえ、万全とはいえないわ。だからこそ、あたしたち神の力を持つ者が必要なの」
「つまり『戦力として連れてきた』ってことだねー」
セフィリアがニコニコ笑顔で補足する。
「俺に、魔の者と戦えっていうのか──」
ジャックさんがうめく。
「以前に王都を襲った魔将ディアルヴァを撃退したときには、あなたの功績が大きかったと聞いているわよ」
と、バネッサさん。
「その後に現れた三人の魔将との戦いでも活躍したそうじゃない」
「なんで、それを──」
「あたしの得意技は空間制御。たとえ隔絶された異空間での戦いでも、あたしには手に取るように把握できる」
驚く俺に、バネッサさんがこともなげに説明した。
「俺は……戦いは好きじゃない」
ジャックさんが苦々しげにつぶやく。
「でも、大切なものを守るためなら、戦うことを躊躇しない」
バネッサさんの朱を塗ったような唇が、にいっ、と笑みを深めた。
「違う?」
「それは……」
「命を奪うことも、ね。かつてレヴィン・エクトールと戦ったときのように」
「っ……!」
ジャックさんの表情が歪む。
瞳が揺れ、怒りとも悲しみともつかない複雑な光が浮かんだ。
「ハルトさんはレヴィンさんとは面識がなかったわね。至高神ガレーザから『支配』の力を授かったスキル保持者 よ」
バネッサさんが説明した。
──話によれば、レヴィンという少年は自らのスキルを使い、アドニス王国そのものを支配しようとしていたらしい。
その余波がジャックさんの周囲にまで及び……結果、二人は戦うことになった。
激しい戦いの末に、レヴィンはジャックさんによって討たれたという。
ジャックさんの顔には苦い表情が浮かんでいた。
身を守るためとはいえ、相手の命を奪った罪悪感──。
それは俺自身も経験がある。
そう『殺戮 』のスキルを持つグレゴリオと戦ったときの、あの嫌な感じだ。
と、
「んー、ジャックくん、そのときの戦いで呪いみたいなものを受けてるねー」
ふいにセフィリアがジャックさんをまじまじと見つめた。
「呪い……?」
「レヴィンくんの能力の残滓が見えるよ。少しずつだけどジャックくんの精神が侵食されてる。そういう違和感、ない?」
「……違和感か」
うなるジャックさん。
どうやら心当たりがありそうな様子だ。
「このままだとジャックくんに悪影響があるんじゃないかな? スキルに『支配』されて、いずれは暴走しちゃうかも」
あっけらかんと笑うセフィリア。
いや、笑いごとじゃないと思うぞ。
『強化』のスキルを持ち、圧倒的な戦闘能力を誇るジャックさんが暴走なんてしたら──。
一体、どれほどの惨事になることか。
「へーきへーき、セフィリアには地と風の王神 ちゃんから授かった『修復』のスキルがあるからね。その力でジャックくんを治療してあげる」
「そんなことができるのか?」
驚くジャックさんに、セフィリアがにっこりとうなずいた。
「まかせてー。地と風の王神 ちゃん、お願い~」
かざした手のひらに輝く紋様が浮かび上がる。
二つの顔と四本の腕を持つ、女神の紋様だ。
その輝きに包まれた瞬間、ジャックさんの顔に苦悶の表情が浮かんだ。
「ぐ、あぁ……っ!?」
苦鳴が、響く──。
そう言われ、俺はジャックさんとともに本部の外へ出た。
大通りから小さな路地に入り、ひと気のない小さな神殿までやって来る。
「俺は妙な女にここまで連れてこられた。おそらくあいつは──俺たちと同じ神のスキルを持っている」
ジャックさんが話を切り出した。
「お前も気を付けろ。得体の知れない女だ」
「あら、得体の知れないとは人聞きが悪いわね。これでも、いちおうアドニス有数の貴族の妻なのだけれど」
苦笑交じりの声は、突然だった。
驚いて振り返ると、一人の女性がそこに立っていた。
緩く波打つ長い金髪に、薔薇色のドレス。
高貴な雰囲気を漂わせる美女だ。
一体、いつの間に現れたのか。
「おそろいね。ジャックさん、それにハルトさんも」
「お前は──」
ジャックさんの表情が険しくなった。
「どういうつもりだ。どうして俺をこの国まで連れてきた」
……ということは、彼女がジャックさんをルーディロウムまで連れてきたってことか。
「ここですべてが始まるの。だから呼んだのよ」
美女は微笑みを浮かべたまま言った。
貴族夫人らしく気品のある雰囲気の中に、妖しい色香が入り混じり、目の前にいるだけで体がゾクッとなる。
「生き残っているすべてのスキル
謳うように告げて、笑みを深くする彼女。
「自己紹介が遅れたわね。あたしはバネッサ・ミレット。はじめまして、ハルト・リーヴァさん」
「……はじめまして」
優雅に礼をするバネッサさんに、俺も礼を返した。
「それともう一人、紹介したい人がいるの」
その言葉とともに、俺の前方に黒い穴のようなものが出現した。
「これは──」
ハッと息を飲む。
見覚えがある。
以前にエレクトラと戦った際、彼女はこの穴に入って、俺たちから逃げていったのだ。
穴の中から、小柄なシルエットが現れる。
三つ編みにした黒髪に、そばかすの浮いたあどけない顔立ち。
洗練された雰囲気のバネッサさんとは対照的に、あか抜けない雰囲気の少女僧侶だ。
「こちらはセフィリア・リゼさん。あなたと同じ冒険者よ」
「どうもー」
軽い口調とともに、セフィリアという少女が挨拶をした。
「こうして神の力を持つ者たちが一堂に会するなんて、喜ばしいわね」
「なぜ俺をこんな場所に連れてきた?」
にこやかなバネッサさんに、ジャックさんがますます険しい表情をする。
バチッ、バチッ、とその体からスパークが散った。
ん、なんだ……?
「申し訳ないと思っているわ。説明している時間がなかったの」
バネッサさんは気品のある微笑を崩さない。
「この地に危機が迫っている。高ランクの冒険者が集っているとはいえ、万全とはいえないわ。だからこそ、あたしたち神の力を持つ者が必要なの」
「つまり『戦力として連れてきた』ってことだねー」
セフィリアがニコニコ笑顔で補足する。
「俺に、魔の者と戦えっていうのか──」
ジャックさんがうめく。
「以前に王都を襲った魔将ディアルヴァを撃退したときには、あなたの功績が大きかったと聞いているわよ」
と、バネッサさん。
「その後に現れた三人の魔将との戦いでも活躍したそうじゃない」
「なんで、それを──」
「あたしの得意技は空間制御。たとえ隔絶された異空間での戦いでも、あたしには手に取るように把握できる」
驚く俺に、バネッサさんがこともなげに説明した。
「俺は……戦いは好きじゃない」
ジャックさんが苦々しげにつぶやく。
「でも、大切なものを守るためなら、戦うことを躊躇しない」
バネッサさんの朱を塗ったような唇が、にいっ、と笑みを深めた。
「違う?」
「それは……」
「命を奪うことも、ね。かつてレヴィン・エクトールと戦ったときのように」
「っ……!」
ジャックさんの表情が歪む。
瞳が揺れ、怒りとも悲しみともつかない複雑な光が浮かんだ。
「ハルトさんはレヴィンさんとは面識がなかったわね。至高神ガレーザから『支配』の力を授かったスキル
バネッサさんが説明した。
──話によれば、レヴィンという少年は自らのスキルを使い、アドニス王国そのものを支配しようとしていたらしい。
その余波がジャックさんの周囲にまで及び……結果、二人は戦うことになった。
激しい戦いの末に、レヴィンはジャックさんによって討たれたという。
ジャックさんの顔には苦い表情が浮かんでいた。
身を守るためとはいえ、相手の命を奪った罪悪感──。
それは俺自身も経験がある。
そう『
と、
「んー、ジャックくん、そのときの戦いで呪いみたいなものを受けてるねー」
ふいにセフィリアがジャックさんをまじまじと見つめた。
「呪い……?」
「レヴィンくんの能力の残滓が見えるよ。少しずつだけどジャックくんの精神が侵食されてる。そういう違和感、ない?」
「……違和感か」
うなるジャックさん。
どうやら心当たりがありそうな様子だ。
「このままだとジャックくんに悪影響があるんじゃないかな? スキルに『支配』されて、いずれは暴走しちゃうかも」
あっけらかんと笑うセフィリア。
いや、笑いごとじゃないと思うぞ。
『強化』のスキルを持ち、圧倒的な戦闘能力を誇るジャックさんが暴走なんてしたら──。
一体、どれほどの惨事になることか。
「へーきへーき、セフィリアには
「そんなことができるのか?」
驚くジャックさんに、セフィリアがにっこりとうなずいた。
「まかせてー。
かざした手のひらに輝く紋様が浮かび上がる。
二つの顔と四本の腕を持つ、女神の紋様だ。
その輝きに包まれた瞬間、ジャックさんの顔に苦悶の表情が浮かんだ。
「ぐ、あぁ……っ!?」
苦鳴が、響く──。