10 「突破する」
文字数 2,144文字
俺たちと巨人の魔将ビクティムとの戦いは続いていた。
「おおおおおおっ!」
ジャックさんが咆哮とともに突進する。
今のジャックさんの姿はもはや獣騎士じゃない。
背から翼を生やし、四肢が伸び、狼のような仮面は竜を思わせるそれへと変わっている。
獣騎士というよりは竜戦士と呼ぶべき姿。
「魔族を倒す……滅ぼす……!」
ジャックさんは全身に赤い燐光をまとい、一直線に駆け抜けた。
ただ走るだけで周囲に衝撃波が巻き起こる。
赤い閃光は音速を超えて、岩石の巨人へと迫る。
「あいかわらずの猪突猛進か」
ビクティムが静かにつぶやいた。
──少し違うな。
俺は心の中で言い返す。
すでに俺とジャックさんの間で打ち合わせ済みだ。
「俺にできるのはそれだけだ。俺の大切な者たちを傷付ける可能性がある奴は……俺の平和な日常を壊すかもしれない奴らは……すべて排除する……っ!」
叫んで、ジャックさんが拳を繰り出す。
運動能力と身体硬度を極限まで強化した一撃は、ただの拳打を超級魔法をもはるかに凌ぐ超絶の攻撃へと変える。
だけど、いくらジャックさんでも、強固な防御力を備えたビクティムにダメージを与えるのは簡単なことじゃない。
「単純な力押しで儂 を倒すことはできんと知れ、矮小なる者どもよ」
ビクティムは攻撃を受けた部分の岩石を自ら吹き飛ばし、そのままジャックさんの体をも跳ね飛ばした。
反発装甲 。
相手の打撃に反応して体表の岩石が弾け、その衝撃を跳ね返してしまう防御。
さらにビクティムは魔法も併用し、俺たちを容易に近づけさせない。
どうにかして、奴の背後にそびえる岩石の壁を壊して、リリスたちの元まで行きたいところだけど──。
いや、行くんだ。
「絶対に突破する──」
俺は岩の巨人をにらみつけた。
「もう一度言う。力押しで儂を退けることなどできん」
「退ける? 違うな」
俺はスキルを展開する。
ジャックさんとの打ち合わせ通りに。
「おおおっ!」
短く吠えたジャックさんが何もない場所を殴りつける。
「どこを殴っている──何っ!?」
そこには俺が張ったスキルがあった。
──形態変化 。
──反響万華鏡 。
無数に反射した拳打が、直撃する。
ビクティムではなく。
俺たちとリリスたちを隔てる岩石の壁に。
「そうか、しまっ──」
ビクティムが舌打ちした。
そう、ジャックさんがビクティムに殴りかかったのは本命の攻撃をカモフラージュするため。
本当の狙いは──敵の虚を突き、反射した攻撃で壁を壊すことだ。
大音響とともに岩壁の一部が砕け、大穴が空いた。
俺たちはその穴を通り、リリスたちの元へ駆けつける。
「リリス、アリス、無事か!」
叫びながら、俺はその光景を目にした──。
漆黒と黄金の混じり合った雷が、黒ずくめの少年を打ち据える。
「馬鹿な……この俺が……人間ごときに負ける……!?」
ザレアがうめいた。
よろめく全身から白煙が立ち上る。
さらに華奢な体は徐々に光の粒子と化して崩れていく。
手にした鎌が砕け散る。
相対しているのは、艶めかしい黒い衣装をまとい、長大な杖を手にした金髪と銀髪の美少女。
リリスとアリスが──勝ったんだ。
「ふざけ……やがって……ちく……しょ……う……」
怨嗟の言葉を残し──。
死神と呼ばれた魔将は消滅した。
「ハルト……」
振り返ったリリスには、だけど勝利の喜びはない。
あるのは悲しく、切なげな表情。
「メリエルが……」
黒いドレスを着た魔将の少女が倒れている。
地面に広がる青い血だまりを見れば、何が起きたかは明らかだった。
淡い光の幕に覆われているのは、治癒魔法だろうか。
かろうじて生きてはいるみたいだけど──。
と、背後の壁が大音響とともに崩れた。
ビクティムが壁を壊して、こちらまでやって来たのだ。
「ザレアが倒れたか」
うめく巨人の魔将。
「この場に残る魔将は儂一人、だな……むっ!?」
そのとき周囲を激しい震動が襲った。
大地が揺れる。
空に無数の亀裂が走る。
「むうっ、これは──」
ビクティムがうなる。
「異空間が崩れ出したな。さすがにこれほど巨大な力がいくつもぶつかり合っては、不安定な空間を維持できない……か」
もともと、ここは魔族が俺たちと戦うために作り出した特殊な空間だって話だった。
それが崩壊を始めたらしい。
「戦況はこちらに不利──無駄死には魔王様も望むまい」
告げたビクティムの頭上に、黒い穴が出現した。
異空間通路──『黒幻洞 』。
「儂は魔界に戻る。君たちとの決着はお預けだ」
言うなり、ビクティムは穴の中に吸いこまれるようにして消えた。
次の瞬間、周囲に広がる青いモヤが霧散し、荒野の風景に変わる。
いや、戻ったんだ。
俺たちは、元の場所へと──。
「おおおおおおっ!」
ジャックさんが咆哮とともに突進する。
今のジャックさんの姿はもはや獣騎士じゃない。
背から翼を生やし、四肢が伸び、狼のような仮面は竜を思わせるそれへと変わっている。
獣騎士というよりは竜戦士と呼ぶべき姿。
「魔族を倒す……滅ぼす……!」
ジャックさんは全身に赤い燐光をまとい、一直線に駆け抜けた。
ただ走るだけで周囲に衝撃波が巻き起こる。
赤い閃光は音速を超えて、岩石の巨人へと迫る。
「あいかわらずの猪突猛進か」
ビクティムが静かにつぶやいた。
──少し違うな。
俺は心の中で言い返す。
すでに俺とジャックさんの間で打ち合わせ済みだ。
「俺にできるのはそれだけだ。俺の大切な者たちを傷付ける可能性がある奴は……俺の平和な日常を壊すかもしれない奴らは……すべて排除する……っ!」
叫んで、ジャックさんが拳を繰り出す。
運動能力と身体硬度を極限まで強化した一撃は、ただの拳打を超級魔法をもはるかに凌ぐ超絶の攻撃へと変える。
だけど、いくらジャックさんでも、強固な防御力を備えたビクティムにダメージを与えるのは簡単なことじゃない。
「単純な力押しで
ビクティムは攻撃を受けた部分の岩石を自ら吹き飛ばし、そのままジャックさんの体をも跳ね飛ばした。
相手の打撃に反応して体表の岩石が弾け、その衝撃を跳ね返してしまう防御。
さらにビクティムは魔法も併用し、俺たちを容易に近づけさせない。
どうにかして、奴の背後にそびえる岩石の壁を壊して、リリスたちの元まで行きたいところだけど──。
いや、行くんだ。
「絶対に突破する──」
俺は岩の巨人をにらみつけた。
「もう一度言う。力押しで儂を退けることなどできん」
「退ける? 違うな」
俺はスキルを展開する。
ジャックさんとの打ち合わせ通りに。
「おおおっ!」
短く吠えたジャックさんが何もない場所を殴りつける。
「どこを殴っている──何っ!?」
そこには俺が張ったスキルがあった。
──
──
無数に反射した拳打が、直撃する。
ビクティムではなく。
俺たちとリリスたちを隔てる岩石の壁に。
「そうか、しまっ──」
ビクティムが舌打ちした。
そう、ジャックさんがビクティムに殴りかかったのは本命の攻撃をカモフラージュするため。
本当の狙いは──敵の虚を突き、反射した攻撃で壁を壊すことだ。
大音響とともに岩壁の一部が砕け、大穴が空いた。
俺たちはその穴を通り、リリスたちの元へ駆けつける。
「リリス、アリス、無事か!」
叫びながら、俺はその光景を目にした──。
漆黒と黄金の混じり合った雷が、黒ずくめの少年を打ち据える。
「馬鹿な……この俺が……人間ごときに負ける……!?」
ザレアがうめいた。
よろめく全身から白煙が立ち上る。
さらに華奢な体は徐々に光の粒子と化して崩れていく。
手にした鎌が砕け散る。
相対しているのは、艶めかしい黒い衣装をまとい、長大な杖を手にした金髪と銀髪の美少女。
リリスとアリスが──勝ったんだ。
「ふざけ……やがって……ちく……しょ……う……」
怨嗟の言葉を残し──。
死神と呼ばれた魔将は消滅した。
「ハルト……」
振り返ったリリスには、だけど勝利の喜びはない。
あるのは悲しく、切なげな表情。
「メリエルが……」
黒いドレスを着た魔将の少女が倒れている。
地面に広がる青い血だまりを見れば、何が起きたかは明らかだった。
淡い光の幕に覆われているのは、治癒魔法だろうか。
かろうじて生きてはいるみたいだけど──。
と、背後の壁が大音響とともに崩れた。
ビクティムが壁を壊して、こちらまでやって来たのだ。
「ザレアが倒れたか」
うめく巨人の魔将。
「この場に残る魔将は儂一人、だな……むっ!?」
そのとき周囲を激しい震動が襲った。
大地が揺れる。
空に無数の亀裂が走る。
「むうっ、これは──」
ビクティムがうなる。
「異空間が崩れ出したな。さすがにこれほど巨大な力がいくつもぶつかり合っては、不安定な空間を維持できない……か」
もともと、ここは魔族が俺たちと戦うために作り出した特殊な空間だって話だった。
それが崩壊を始めたらしい。
「戦況はこちらに不利──無駄死には魔王様も望むまい」
告げたビクティムの頭上に、黒い穴が出現した。
異空間通路──『
「儂は魔界に戻る。君たちとの決着はお預けだ」
言うなり、ビクティムは穴の中に吸いこまれるようにして消えた。
次の瞬間、周囲に広がる青いモヤが霧散し、荒野の風景に変わる。
いや、戻ったんだ。
俺たちは、元の場所へと──。