7 「認めるわ」

文字数 3,733文字

 美しい虹のような色彩がきらめき、少年の全身を覆っている。

 その輝きの前に、ルカの斬撃はまったく通用しなかった。
 魔力エネルギーをも切り裂く剣、戦神竜覇剣(フォルスグリード)と因子によって引き上げた超人的な運動能力をもってしても──。

「こんなにも硬い防御は初めて見たわ」

 ルカは小さく息をついた。
 力技で彼の防御を切り裂くことは至難の業。

 先ほどの攻防から見て、おそらく防御魔法の持続時間は一分程度。

 だが、効果が切れて無防備になった瞬間を狙おうとしても、ハルトは直前に防御魔法を『攻撃を反射する』タイプに切り替え、ルカを吹き飛ばしてしまうだろう。
 そして、ふたたび間合いを詰める前に、次の防御魔法を発動する。

 しかも彼には疲労した様子さえない。
 これほど強力な防御呪文を、おそらくは常識外れの高速詠唱で連発しているというのに──。

 破壊することも、効果時間切れのタイムラグを狙うこともできない。
 これでは実質的に、無限に防御魔法を展開できるのと変わらない。

「手詰まりね。今のままでは」

 ルカがため息をついた。

 攻略できる可能性があるとすれば、ただ一つ──。

「解放して、あなたの力を」

 ルカは自らの愛剣に呼びかける。

 ヴン……と機械的な音が響き、剣が中央から二つに割れた。
 刀身も、柄も、半分の細さとなった二刀を、両手に一本ずつ構える。

「二刀流……!?

 驚いたように目を見開くハルト。

戦神竜覇剣(フォルスグリード)光双瞬滅形態(ライトニングフォーム)。これが私の剣の本当の姿。所有者のスピードを7.7431倍にまで引き上げる特殊効果を付与する最終殲滅形態」

 がしゃん、と音を立てて、ルカはまとっていた鎧を外し、床に落とした。
 アンダーウェアだけになった肢体があらわになる。

 未成熟で控えめな胸の膨らみや腰のくびれは女性らしさを主張し、しなやかな体つきは鍛え抜かれた細身の剣を連想させた。

 全力のルカに、もはや鎧は必要ない。

「……本気モードってわけだ」

「私はいつでも本気。だけどこの技は特別」

 ルカは二本の剣を体の正面で交差するように構えた。

「最速最強の絶技、双竜咢(グリードバイト)──これを受けられたら、私はあなたを認めるわ」

 告げて、床を蹴る。
 一息に間合いを詰めていく。

「私を凌駕する強者だ、と」

 そして。

 今、決着のときが訪れる──。

    ※

 俺の視界から女騎士の姿が消えた。

 視認できないほどの速度で突進しているんだろう。

 絶技、双竜咢(グリードバイト)──。

 今までのどの剣よりもはるかに速く、そして強く。
 次の瞬間には、ルカの最強の斬撃が叩きつけられているはずだ。

 もちろん反応して防ぐことなんてできないけど、俺はまだ護りの障壁(アーマーフェイズ)を展開したまま。

 がいんっ、と甲高い金属音が鳴り響いた。
 俺にはまったく見えないけど、ルカの斬撃が体のどこかに叩きつけられたのだ。

 だけど、無駄だな。

 俺はすでに護りの障壁(アーマーフェイズ)を『受け止める』タイプではなく『弾き返す』タイプに切り替えている。
 さっきと同じく、ルカは自分の斬撃をそのまま浴びて吹き飛ばされる。
 ──否。

「見える──」

「何っ……!?

 ルカのつぶやきと、俺の驚きの声が重なった。

 彼女は、今度は吹き飛ばされなかった。
 がいん、がいんっ、という斬撃が叩きつけられる音がまったく途切れない。

「どういうことだ──?」

 訝る俺にルカが告げる。

「簡単なこと。受け止めても吹き飛ばされるから、避けているだけ」

 避けているって、まさか……。

 俺の『弾き飛ばす』タイプの防壁は、相手の攻撃をその威力のままに跳ね返す。
 いくらルカが超一流の剣士とはいえ──いや超一流だからこそ、自分と同等の斬撃は受け切れずに吹き飛ばされてしまう。

 だから反射した斬撃を超反応で避け、近接した状態を保っているらしい。
 斬っては反射し、反射したものを避け、また斬る。

 ……言うのは簡単だけど、それを実行するには、一体どれほど超人的な反射神経と速力が必要なのか──。

 しかも、ルカの動きは一撃ごとに加速していく。
 それが証拠に、斬撃の際に生じる金属音は、その感覚がどんどん短くなっている。

 どこまでも速くなるその動きは、もはや視認できないというレベルですらなく──。

 俺の眼前にまばゆい輝きが生じた。

 光に、限りなく近づいたルカの動きの軌跡。
 人の限界などはるか彼方に置き去りにした、超々速の動き。

「そう、超絶の反応と亜光速の動きを併せ持つ剣技──それが、双竜咢(グリードバイト)

 攻撃をいくら反射しても、全部避けられてしまう。
 さっきみたいにルカを吹っ飛ばして、間合いを離すことができない。

 このまま効果時間が切れたら──。
 その瞬間に、今度こそ俺は斬られるだろう。

 ゾクリと背筋が粟立つ。

 このスキルを身に着けて以来、初めてかもしれない。
 いかなる攻撃も俺を傷つけられない──そんな絶対的な自信が揺らぐのは。

 見れば、前方で輝く天使の紋様が、明滅していた。
 そろそろスキルを発動してから一分が経つ。

 俺を包む防御が消え、無防備になる瞬間が訪れる。

 そのとき、ルカとの間合いを保っていなければ──俺の負けだ。

「決着のときね」

 動きは見えないまま、ルカの声だけが響いた。

 俺にルカの剣技は認識できない。
 認識したときは──すなわち、俺が斬られた後だ。

「やられる──」

 俺はぎりっと奥歯を噛みしめ、

「──わけないだろっ」

 刹那、一つの手段が閃いた。

 同時に、俺の眼前に浮かぶ天使の紋様が変化する。

 広がった翼の数は──全部で六枚。
 護りの障壁(アーマーフェイズ)の二枚とも、不可侵領域(バリアフェイズ)の四枚とも違う。

 そして、無数の銀光が弾けた。

「えっ……!?

 ルカの、驚きの声。

 スキルの基本形態である護りの障壁(アーマーフェイズ)にはいくつかの防御パターンがある。

 相手の攻撃を『受け止める』こと。
 ランダムな方向に『弾き飛ばす』こと。
 あるいは、威力を分散させて『吹き散らす』こともできる。

 俺は今、最後の防御パターンに特化させたスキルに切り替えたのだ。

 護りの障壁(アーマーフェイズ)とも不可侵領域(バリアフェイズ)とも違う、新たな形態。



 反響万華鏡(カレイドスコープシフト)



 単純に彼女に向かって反射するのではなく──。
 受けた攻撃を百にも、千にも、いや万にも分散し、全方位同時に放つ。

 いくらルカが超超速の反応と機動を誇ろうとも、あらゆる方向から同時に飛んでくる攻撃は避けられない。
 回避不可能──究極の返し技(カウンター)だ。

「きゃぁぁっ……!」

 悲鳴を上げながら、ルカは闘技室の壁に叩きつけられた。

 いくら威力を分散させているとはいえ、たぶん避けきれずに何発も──あるいは何十発、何百発と受けては、凌ぎきれなかったんだろう。

 なおもあふれた無数の反射斬撃エネルギーは荒れ狂い、結界をものともせず壁に大穴を開ける。

 きらめく光の柱となって、天空へと昇っていく。
 空に、極彩色の巨大な天使の紋様が描かれた。

 その美しさに一瞬見とれそうになり、すぐに意識を戦いへと戻す。

「くっ……」

 壁際でルカが弱々しく立ち上がった。

 俺はすぐさま新たな護りの障壁(アーマーフェイズ)を展開する。

 また今の技で来たとしても、効果時間切れの直前に反響万華鏡(カレイドスコープシフト)に切り替えるだけだ。
 彼女を吹っ飛ばして、間合いを稼ぐ。

 もう一度ルカが距離を詰めるまでに護りの障壁(アーマーフェイズ)を張り直せば、スキルの効果時間が切れる際のタイムラグを狙われることはない。

「……瞬時に切り替えられるなら、何度やっても結果は同じね」

 剣を構えたまま、動きを止めるルカ。

「ああ、お前の攻撃は封じた」

 言い放った俺に、ルカは小さくため息をついた。

「……いいえ、もう攻撃する必要はないわ」

 と、二本の剣をふたたび元の一本の状態に戻し、鞘に納める。
 かつ、かつ、とブーツの音を鳴らし、俺の元に歩み寄った。

「五分経過。私の剣はあなたの守りを破れなかった」

 言って、ルカは──。

「あなたの勝ちよ、ハルト・リーヴァ」

 初めて、俺に微笑みを見せてくれた。

 年相応の女の子らしい可憐な笑顔だった。

「私、ルカ・アバスタはあなたを類まれなる強者として認め、最上の敬意を払う──」

   ※ ※ ※

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