2 「見つけましたわ」
文字数 3,690文字
俺とリリス、アリス、メリエルの四人は王都にほど近い北部山岳地帯にやって来た。
最近、そこで発見されたダンジョンの探索が今回の依頼だ。
冒険者ギルドで『ダンジョン』というと、超古代の遺跡を指すことが多いらしい。
太古の昔──まだ神や魔族がこの世界を自由に行き来していたと言われる神話の時代に、大陸各地に作られた遺跡である。
その中には神や魔が作成した貴重な武具や道具、宝物などが眠っていることもある。
ただし、そこに至るまでに無数のトラップが仕掛けられていることも少なくない。
宝を手に入れたければ、この試練を乗り越えてみせろ──といわんばかりに。
山の中腹にあるダンジョンの入り口にたどり着いたところで、
「く、くそ、こんなダンジョン、命がいくつあっても足りねーぞ!」
その入り口から数人の男たちが飛び出してきた。
「……あなた方は」
メリエルがわずかに顔をしかめる。
「あー、あのときの! メリエルをナンパしてきた連中ね!」
リリスが叫んだ。
冒険者たちはギョッとした顔で、
「お、お前ら、ラフィール伯爵の──」
「くそ、嫌な顔を見ちまったぜ」
と、地面に唾を吐く。
「へっ、お前らごときがこのダンジョンに挑むつもりかよ、やめとけやめとけ」
「お前らみたいなコネだけで冒険者やってる奴らに攻略できるダンジョンじゃねーよ」
「せいぜいトラップに気を付けるんだな」
捨て台詞を吐きながら、去っていく男たち。
なんなんだ、感じの悪い連中だな。
俺はムッとなってその後ろ姿をにらんだ。
──さっきの連中は、以前にメリエルをナンパしたことがあったらしい。
自分たちが冒険者だということを鼻にかけ、強引に誘おうとしたところで、リリスとアリスが一喝し、逃げ去ったんだとか。
そんな話を聞きながら、俺たちはダンジョンを進んでいた。
俺が先頭で、中央にメリエルとアリス、最後尾がリリスという隊列だ。
トラップがあれば俺が防御し、後方警戒は攻撃魔法を得意とするリリスが行う。
経験の浅いメリエルは防御や補助魔法を得意とするアリスがサポート、という布陣である。
ダンジョンは石壁で作られていて、冷え冷えとした空気が漂っていた。
幸い、罠や侵入者撃退用のモンスターが現れることもなく、俺たちは道順を記録 しながら進んでいく。
二時間ほどでいったん休憩を取ることにした。
「はい、これ。あたしと姉さんで作ってきたの。みんなで食べましょ」
リリスとアリスが昼食を取り出す。
あくまでもエネルギー補給のためなんだけど、やけに綺麗な彩りの弁当は、まるでピクニックに来ているみたいな気分になった。
「あ、これ美味しいです」
甘辛く煮た野菜を食べながら、メリエルが顔を輝かせる。
うん、確かに美味しい。
「えへへ、それはあたしの自信作」
「リリスちゃん、料理上手なんですよね。いい奥さんになりますよ、ふふ」
アリスが微笑んだ。
「ところで防御魔法の達人がギルドにいると噂で聞いたのですが──」
メリエルがたずねる。
「おそらくランクSくらいの実力を持つ冒険者だと思います。ご存じありませんか?」
「それでしたら『金剛結界』のドクラティオさんでしょうか? ただあの方は先の戦いで亡くなられて……」
問いに答えたのはアリスだ。
「あら、達人だったらハルトが──」
リリスが言いかけた、そのときだった。
突然、左右の石壁が音を立ててスライドしていく。
「なんだ──」
そこから無数の槍が発射された。
時限式か、あるいは一定時間そこに留まると作動するタイプのトラップか!
一ヶ月の冒険者生活で、こういうトラップは何度か体験していた。
──防げ。
即座に念じる。
スキルを発動するためのイメージの具現化も随分と慣れた。
俺の前面に、二枚の翼を広げた天使の紋様が浮かぶ。
ドーム状の輝き──護りの障壁 が俺を中心にリリス、アリス、メリエルの全員を覆った。
十数本の槍はその輝きにまとめて跳ね返される。
「あ、ありがとう、ハルト」
「助かりました……」
リリスとアリスが青ざめた顔で俺に礼を言った。
もし防壁を展開するのが遅れたら、串刺しになっていたところだ。
ここ一ヶ月で俺はダンジョン探索の依頼もいくつかこなしてきたから、多少は場慣れしていたのが功を奏した感じだった。
と──、
「い、今のは神の……!?」
メリエルが目を丸くして、俺を見ていた。
「えっ?」
「あ、その、な、な、なんでもありませんの、おほほほほ」
手の甲で口元を覆い、高笑いするメリエル。
その表情がこわばっているけど、どうかしたんだろうか。
「見つけましたわ……! まさか、いきなり大当たりとは……いえ、それともわたくしの正体に気づいて、あえて同行を……?」
ぶつぶつと何事かをつぶやくメリエル。
「とにかく慎重に行動せねば……スキル持ちが無防備に、策もなしにわたくしの前に現れるはずがありませんもの……」
つぶやくその声は小さすぎて、よく聞き取れなかった。
またいつ罠が作動するかも分からないため、俺たちは昼食を切り上げ、探索を続けることにした。
「俺が先頭に立って、片っ端から防御する。モンスターなんかが現れた場合、攻撃面は任せた」
「了解よ」
「私もサポートしますね~」
うなずくリリスとアリス。
「……とりあえず観察させてもらいますわ。あなたの力を」
メリエルの視線がやけに鋭かった。
その後は、今までの行程が嘘のように、行く先々に罠が仕掛けられていた。
古典的な落とし穴から天井が落ちてくる仕掛け、通路の前方から巨大な鉄球が転がってくる──なんてものもあった。
全部、俺が護りの障壁 を展開して受け止めた後は、アリスの補助魔法で落とし穴から引っ張り上げてもらったり、リリスの魔法で鉄球や釣り天井を壊すなり、それぞれ対処しながら進んでいく。
基本的に、どんな罠が来ようと俺は防御スキルを張ったまま移動しているからダメージを負うことはない。
こういう罠系に対しては、ほぼ無双状態である。
一つだけ注意すべき点は効果時間切れだ。
もちろん時間が切れる瞬間は不用意に先へ進んだりせず、いったん立ち止まり、スキルを展開し直してから、あらためて進む──ということを繰り返した。
ちなみに、俺は護身用にナイフを持ってるんだけど、それを使う機会はまったくなかった。
ひたすら防御スキルを発動し続けるだけである。
「出てくる罠をことごとく完封ってすごいね……ハルトがいてくれて助かった。ありがと」
リリスがにっこりと礼を言った。
「これだけ罠が続くと、私では防御呪文が間に合いませんし、高速で防御してくれるハルトさんがいてくれて安心です~」
と、アリスが微笑む。
二人の賞賛に、俺は背中がむず痒いような気持だった。
「……なるほど、瞬時に何パターンもの防御を使い分けるのですね……ぶつぶつ」
メリエルは俺をじろじろ見ながら、ずっと独り言モードだ。
やがて長い通路の先に、巨大な扉が見えてきた。
扉の前には、おそらく門番であろう一体のモンスターがいる。
ヌメヌメとした深緑色の肌を持つ、五メティルほどの体躯。
両手に剣と盾を構えたそいつは、蜥蜴そっくりの頭部と人間をいびつにしたような体つきをしていた。
「蜥蜴人 ──蜥蜴のような見かけどおり、敏捷性に優れたモンスターです」
アリスが説明する。
「手ごわいのか?」
たずねる俺に、アリスは表情をこわばらせ、
「一般的なリザードマンはおおよそクラスB換算の強さですね。ただし野生のものとは違い、ダンジョンの守護者なので魔法などで強化してある可能性もあります。けっして油断していい相手ではありません……!」
昼食のときの罠からも想像できるように、とにかく侵入した者は容赦なく殺す──そんな感じのダンジョンなんだろう。
「俺が前衛で盾役になるよ。リリスたちは攻撃を」
「ええ、遺跡を崩さないように気を付けないとね。メリエルもお願いできる?」
うなずいたリリスがメリエルを見る。
「あの程度のモンスターなら、作戦など必要ありませんわ」
メリエルは微笑み混じりに前へ出た。
相手の強さが分かっていないのか、悠然とした足取りで、こともなげにリザードマンと対峙する。
「お、おい、危険だ──」
言いかけた俺を視線で制したメリエルは、たおやかな手をまっすぐに突き出した。
「消えなさい」
その一言ともに、あふれるまばゆい光。
リザードマンは光の渦に溶け消えるように、一瞬で消滅した。
最近、そこで発見されたダンジョンの探索が今回の依頼だ。
冒険者ギルドで『ダンジョン』というと、超古代の遺跡を指すことが多いらしい。
太古の昔──まだ神や魔族がこの世界を自由に行き来していたと言われる神話の時代に、大陸各地に作られた遺跡である。
その中には神や魔が作成した貴重な武具や道具、宝物などが眠っていることもある。
ただし、そこに至るまでに無数のトラップが仕掛けられていることも少なくない。
宝を手に入れたければ、この試練を乗り越えてみせろ──といわんばかりに。
山の中腹にあるダンジョンの入り口にたどり着いたところで、
「く、くそ、こんなダンジョン、命がいくつあっても足りねーぞ!」
その入り口から数人の男たちが飛び出してきた。
「……あなた方は」
メリエルがわずかに顔をしかめる。
「あー、あのときの! メリエルをナンパしてきた連中ね!」
リリスが叫んだ。
冒険者たちはギョッとした顔で、
「お、お前ら、ラフィール伯爵の──」
「くそ、嫌な顔を見ちまったぜ」
と、地面に唾を吐く。
「へっ、お前らごときがこのダンジョンに挑むつもりかよ、やめとけやめとけ」
「お前らみたいなコネだけで冒険者やってる奴らに攻略できるダンジョンじゃねーよ」
「せいぜいトラップに気を付けるんだな」
捨て台詞を吐きながら、去っていく男たち。
なんなんだ、感じの悪い連中だな。
俺はムッとなってその後ろ姿をにらんだ。
──さっきの連中は、以前にメリエルをナンパしたことがあったらしい。
自分たちが冒険者だということを鼻にかけ、強引に誘おうとしたところで、リリスとアリスが一喝し、逃げ去ったんだとか。
そんな話を聞きながら、俺たちはダンジョンを進んでいた。
俺が先頭で、中央にメリエルとアリス、最後尾がリリスという隊列だ。
トラップがあれば俺が防御し、後方警戒は攻撃魔法を得意とするリリスが行う。
経験の浅いメリエルは防御や補助魔法を得意とするアリスがサポート、という布陣である。
ダンジョンは石壁で作られていて、冷え冷えとした空気が漂っていた。
幸い、罠や侵入者撃退用のモンスターが現れることもなく、俺たちは道順を
二時間ほどでいったん休憩を取ることにした。
「はい、これ。あたしと姉さんで作ってきたの。みんなで食べましょ」
リリスとアリスが昼食を取り出す。
あくまでもエネルギー補給のためなんだけど、やけに綺麗な彩りの弁当は、まるでピクニックに来ているみたいな気分になった。
「あ、これ美味しいです」
甘辛く煮た野菜を食べながら、メリエルが顔を輝かせる。
うん、確かに美味しい。
「えへへ、それはあたしの自信作」
「リリスちゃん、料理上手なんですよね。いい奥さんになりますよ、ふふ」
アリスが微笑んだ。
「ところで防御魔法の達人がギルドにいると噂で聞いたのですが──」
メリエルがたずねる。
「おそらくランクSくらいの実力を持つ冒険者だと思います。ご存じありませんか?」
「それでしたら『金剛結界』のドクラティオさんでしょうか? ただあの方は先の戦いで亡くなられて……」
問いに答えたのはアリスだ。
「あら、達人だったらハルトが──」
リリスが言いかけた、そのときだった。
突然、左右の石壁が音を立ててスライドしていく。
「なんだ──」
そこから無数の槍が発射された。
時限式か、あるいは一定時間そこに留まると作動するタイプのトラップか!
一ヶ月の冒険者生活で、こういうトラップは何度か体験していた。
──防げ。
即座に念じる。
スキルを発動するためのイメージの具現化も随分と慣れた。
俺の前面に、二枚の翼を広げた天使の紋様が浮かぶ。
ドーム状の輝き──
十数本の槍はその輝きにまとめて跳ね返される。
「あ、ありがとう、ハルト」
「助かりました……」
リリスとアリスが青ざめた顔で俺に礼を言った。
もし防壁を展開するのが遅れたら、串刺しになっていたところだ。
ここ一ヶ月で俺はダンジョン探索の依頼もいくつかこなしてきたから、多少は場慣れしていたのが功を奏した感じだった。
と──、
「い、今のは神の……!?」
メリエルが目を丸くして、俺を見ていた。
「えっ?」
「あ、その、な、な、なんでもありませんの、おほほほほ」
手の甲で口元を覆い、高笑いするメリエル。
その表情がこわばっているけど、どうかしたんだろうか。
「見つけましたわ……! まさか、いきなり大当たりとは……いえ、それともわたくしの正体に気づいて、あえて同行を……?」
ぶつぶつと何事かをつぶやくメリエル。
「とにかく慎重に行動せねば……スキル持ちが無防備に、策もなしにわたくしの前に現れるはずがありませんもの……」
つぶやくその声は小さすぎて、よく聞き取れなかった。
またいつ罠が作動するかも分からないため、俺たちは昼食を切り上げ、探索を続けることにした。
「俺が先頭に立って、片っ端から防御する。モンスターなんかが現れた場合、攻撃面は任せた」
「了解よ」
「私もサポートしますね~」
うなずくリリスとアリス。
「……とりあえず観察させてもらいますわ。あなたの力を」
メリエルの視線がやけに鋭かった。
その後は、今までの行程が嘘のように、行く先々に罠が仕掛けられていた。
古典的な落とし穴から天井が落ちてくる仕掛け、通路の前方から巨大な鉄球が転がってくる──なんてものもあった。
全部、俺が
基本的に、どんな罠が来ようと俺は防御スキルを張ったまま移動しているからダメージを負うことはない。
こういう罠系に対しては、ほぼ無双状態である。
一つだけ注意すべき点は効果時間切れだ。
もちろん時間が切れる瞬間は不用意に先へ進んだりせず、いったん立ち止まり、スキルを展開し直してから、あらためて進む──ということを繰り返した。
ちなみに、俺は護身用にナイフを持ってるんだけど、それを使う機会はまったくなかった。
ひたすら防御スキルを発動し続けるだけである。
「出てくる罠をことごとく完封ってすごいね……ハルトがいてくれて助かった。ありがと」
リリスがにっこりと礼を言った。
「これだけ罠が続くと、私では防御呪文が間に合いませんし、高速で防御してくれるハルトさんがいてくれて安心です~」
と、アリスが微笑む。
二人の賞賛に、俺は背中がむず痒いような気持だった。
「……なるほど、瞬時に何パターンもの防御を使い分けるのですね……ぶつぶつ」
メリエルは俺をじろじろ見ながら、ずっと独り言モードだ。
やがて長い通路の先に、巨大な扉が見えてきた。
扉の前には、おそらく門番であろう一体のモンスターがいる。
ヌメヌメとした深緑色の肌を持つ、五メティルほどの体躯。
両手に剣と盾を構えたそいつは、蜥蜴そっくりの頭部と人間をいびつにしたような体つきをしていた。
「
アリスが説明する。
「手ごわいのか?」
たずねる俺に、アリスは表情をこわばらせ、
「一般的なリザードマンはおおよそクラスB換算の強さですね。ただし野生のものとは違い、ダンジョンの守護者なので魔法などで強化してある可能性もあります。けっして油断していい相手ではありません……!」
昼食のときの罠からも想像できるように、とにかく侵入した者は容赦なく殺す──そんな感じのダンジョンなんだろう。
「俺が前衛で盾役になるよ。リリスたちは攻撃を」
「ええ、遺跡を崩さないように気を付けないとね。メリエルもお願いできる?」
うなずいたリリスがメリエルを見る。
「あの程度のモンスターなら、作戦など必要ありませんわ」
メリエルは微笑み混じりに前へ出た。
相手の強さが分かっていないのか、悠然とした足取りで、こともなげにリザードマンと対峙する。
「お、おい、危険だ──」
言いかけた俺を視線で制したメリエルは、たおやかな手をまっすぐに突き出した。
「消えなさい」
その一言ともに、あふれるまばゆい光。
リザードマンは光の渦に溶け消えるように、一瞬で消滅した。