4 「運命に選ばれるのは──」

文字数 3,358文字

 エレクトラは店を出ると、路地裏まで進んだ。

 卑劣な男たちは、無残に死んでいた。
 いずれも巨大な獣の爪や牙で引き裂かれたような死体だ。

 それを見下ろし、エレクトラは小さくため息をつく。

「似合いの末路、だな」

「なかなか容赦がないですね、あなたは」

 心の中でルーヴが苦笑したようだった。

「未来予知の力──運命を知り、それを操作・改変する力、といったところか。おかげで助かったよ。こんな奴らに辱められていたらと思うと、ゾッとする」

 エレクトラは唇を噛みしめた。

「さっきのは数時間ほど先の未来を予知したようだが……もしかして、もっと遠い未来まで見通せるのか?」

「私は過去現在未来、すべての運命を司る者」

「理論上はどこまでも先まで見ることが可能です」

「ただし、近い未来を見る能力とは違い、もっと抽象的なイメージの羅列が見えるだけです」

 ルーヴは三つの顔で次々と語る。

「未来は不確定ですから、必ずしもその通りの出来事が起きるとも限りません」

「遠ければ遠いほど、ぼんやりとしか見えない……と解釈すればいいのかな?」

「ええ。ですが一つの指針にはなるでしょう」

「試してみるか」

 ルーヴの言葉に、エレクトラは意識を集中する。

運命の女神は(マニューバ・ナイ)虚無を夢見る(トメアヴィジョン)

 段々とコツがつかめてきたのか、すぐに視界が切り替わった。
 言われた通り、漠然としたイメージの羅列が浮かび上がる。

「これは……確かに、近い未来ではないな」

 本能的に実感する。

 今、彼女が見ているのは、もっと遠い未来に起きる出来事。
 数日後か、数週間後か、数か月後か。

 あるいは──。



 ──竜とも人ともつかない異形が咆哮している。
 ──無数の騎士と魔法使いを引きつれた美しい少年が、玉座に君臨している。
 ──泉のほとりにたたずむ美女が右手を掲げると、空間に巨大な穴が開く。
 ──虹色のきらめきをまとった少年が、黒い影と対峙している。



 やがて、それらの映像が歪み、薄れ、消えていく。

 また映像が切り替わった。

 今度は虚空にいくつもの紋様が浮かび上がる。
 エレクトラのものによく似たそれらは、互いにぶつかり合い、輝き、相手を消し飛ばしていた。

 まるで──戦いだ。
 強い方はより輝きを増し、弱い方は消えていく。

(スキル保持者(ホルダー)同士の、戦いの暗示……!?

 さらに映像が切り替わり、今度はエレクトラの姿が映った。

 目の前には、虹色の光をまとった少年がいる。
 彼とエレクトラは、どうやら戦っているようだ。

 やがて光の中に、彼女の体が飲みこまれていった。
 四肢が、体が、顔が──消えていく。

 存在そのものが、消えていく。

(これは……敗北の、ビジョン?)

 直感的にそう悟った。

 もう少し遠い未来に起こり得る戦い。

 それに敗れ、消滅するのだ。
 エレクトラは。

(嫌だ)

 絶望と恐怖が込み上げる。

(嫌だ)

 怒りと闘志が込み上げる。

(消えたくない)

 すると、今度はエレクトラの姿が元に戻り、その周囲にまばゆい光がきらめいた。
 こちらは、勝利のビジョンといったところか。

「どっちが本当の未来なんだ……?」

「どちらも、です」

「未来は不確定」

「決めるのは、あなた自身の行動」

 ルーヴの三つの口が告げる。

「なるほど……な」

 自分を待っているのは破滅か、栄光か。
 そのどちらも、今は不確定だ。

 未来は──運命は、まだ決まっていない。

 それを決めるのは、エレクトラ自身の行動次第。

「ならば、わたしは未来をつかむ。必ず生き残る──そのために他者を滅ぼすことも厭わない」

 エレクトラはあらためて決意した。

 たとえ相手が、自分と同じく神の力を持つ者であろうと。
 戦い、勝つことを──。



 それから、しばらくの時が流れた。

 その日、町中のとある露天風呂で、エレクトラは二人の冒険者と出会った。
 あらかじめ予知した通りに。

 エレクトラといずれ対峙する少年──神のスキルを持つ者の仲間たちだ。

(見つけた……!)

 エレクトラは白い裸身を惜しげもなくさらし、ゆっくりと歩み寄る。
 視線の先には、二つのシルエットがあった。

 一人は、青い髪をショートヘアにしたクールな少女。
 一人は、紫の髪を長く伸ばした快活そうな少女。

 タイプは違うが、ともに息を飲むほど美しい容姿をしていた。

 スキルを使い、彼女たちの過去を見る。

 普通の村娘として生き、因子に目覚めて最強の騎士となった少女と。
 遠い東方の国で、伝説の暗殺者から直伝の技を受け継いだ少女。

「少し、いいかな? 実は君たちを見て、面白い相だと思ってね」



 彼女たちの運勢を占いたい、という名目で近づいたエレクトラは、その後、予定通りの行動を起こした。

「──運命の女神(マニューバ・フ)の鐘が鳴る(ォーチュンベル)

 胸元に三面六臂の紋様が浮かぶ。

 同時に視界が切り替わった。

 そこに展開されたのは、数秒先の未来の映像。

 ルカとサロメがどう動くのか。
 エレクトラの行動に対して、どう対応するのか。

 そのすべてが見える。

「いでよ、我がしもべたち──召喚精霊陣(サモンエレメンタル)

 呪文とともに、エレクトラの背後に淡い輝きが浮かんだ。

 その輝きの中から、三つのシルエットが現れる。

 翼を持った虎。
 二本の剣を構えた美女。
 樹木の体を持つ巨人。

 神や魔の世界に近しい『幻想の世界』に住むと言われる、精霊と呼ばれる存在。
 エレクトラが召喚し、使役するしもべたちだ。

召喚士(サモナー)──!?

 ルカが眉をわずかに寄せた。

「だけど、ボクたち二人を相手に勝てると思ってるの」

 油断なく身構えるサロメ。

 この二人が因子持ちであることは、すでに彼女たちの過去を見て知っている。

 ルカは主に速力を上げる因子、サロメは隠密行動に適した因子。
 だが、そのいずれも──。

「わたしの敵ではない」

 いや、どんな相手であろうとエレクトラには勝てないのだ。

「なぜならわたしには未来が見える。君たちの行動のすべてを把握している。虚を突かれることはなく、すべてはわたしの手の中に──ゆえに不敗」

「意味の分からないことを」

 ルカが身構える。

 その姿が──消えた。
 因子を利した超速移動。

「一秒後、わたしの右後方に出現する」

「なっ!?

 精霊の攻撃が、ルカを直撃した。

「速すぎる──そんな……」

「違うな。『速さ』ではない。そんなものは無意味だ。わたしはただ、あらかじめ君が『現れるはずの』地点に攻撃を打ちこんだだけ」

「今のは、一体──」

「なるほど、逃げを選択か。意外に冷静だ」

 後退しようとしたサロメの前に、新たな精霊を配置する。

「いったんわたしから離れて体勢を立て直す。一時的に仲間を見捨ててでも──その冷静で冷徹な判断はさすがに暗殺者。それもエルゼ直伝だけはある。だが、それも無駄だ」

 サロメの動きを完璧に見切り、精霊たちの攻撃で彼女を捕える。

 二人ともかなりの達人のようだが、勝負にすらなっていなかった。

 未来の動きをすべて見切るエレクトラに敗北はない。
 あるとすれば、イレギュラーな力──神のスキル保持者(ホルダー)との戦いくらいだろう。

 二人を気絶させると、エレクトラは小さく息をついた。

「これで準備は整った。早く来い、ハルト・リーヴァ……」

 その視界に、一つの光景が映る。

 町の噴水公園にやって来たハルトの姿。
 そして彼の背後から襲いかかる精霊たち。

 ハルトがスキルを展開するよりも早く、精霊の爪が彼に迫る。
 無敵の防御スキルといえど、発動しなければなんの意味もない。

「運命に選ばれるのは──勝つのは、わたしだ」

 エレクトラは口の端に笑みを浮かべた。
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