6 「最古にして最強の存在」

文字数 2,979文字

 かつ、かつ、と石の通路に俺の足音が響く。

 気が付けば、俺は古ぼけた神殿の中にいた。

 もうここを訪れるのは、何度目だろうか。
 たぶん、これは俺の意識の中の世界(インナースペース)

 そして、俺の『心の核』だという神殿。

「あれ? でもこの神殿って前のやつとは違うな……」

 石壁も通路も亀裂だらけで今にも崩れそうなほどボロボロだ。
 饐えたような匂いに顔をしかめつつ、俺は前へ進んだ。

 この奥に何かがある──。

 俺はそれを見なくちゃいけない。
 俺はそれを知らなくちゃいけない。

 ほとんど本能的にそう悟っていた。

 やがて通路の最奥までたどり着いた。

 向こうから光があふれてくる。

「うっ……」

 まぶしさに目を細める俺。

 やがて明るさに目が慣れてくると、そこが巨大なドーム状の部屋であることに気づいた。

「なんだ、これ……!?

 周囲の壁が明滅し、中央には巨大な水槽がある。
 そして、水槽の中には異形のシルエットが浮かんでいた。

 七つの頭を持つ、黄金の竜。

「それの名は罪帝覇竜(グリード)

 声が、響いた。

 空間からにじみ出るようにして現れたのは、幼くあどけない少女。
 俺に力を授けてくれた女神さま──イルファリアだ。

「かつて神や魔をも屠る力を持った最古にして最強の存在──古竜。その一体です」

 イルファリアが厳かに告げる。

「ここって、いつもの神殿じゃないんですか?」

「ええ、あの神殿はあなたの心の核──ですが、これは別種のもの。実際にあなたの世界に存在する遺跡『古竜の神殿』です」

 女神さまが説明した。

「古竜の……神殿?」

「おそらくは神の力を持つ者との共鳴で見えた映像でしょう。あなたと彼女と──互いのスキルが干渉しあって……」

 エレクトラの影響ってことだろうか。

「神の力、魔の力、竜の力──あなたはそこで出会わなければなりません。さらなる力の成長のために」

「成長……」

「あなたがそれを欲するならば、ですが」

 告げる女神さま。

「今までの戦いや仲間との出会い、そして他のスキル保持者(ホルダー)との共鳴──それらを経て、ハルトにはさらなる成長の兆しが見えます。力の究極──『扉を開けし者』へと近づきつつあるのでしょう」

 成長の兆し……?
 扉を開けし者……?

 ふいに目の前にいくつものイメージが浮かんだ。

 歪む空間。
 明滅する虹の輝き。
 折れた剣。
 砕けた盾。
 それらが一瞬にして修復され──。

「それは第六の力──そして、さらにその先へ……続く道……」

 女神さまの声が薄れていく。
 いや声だけじゃなく姿も。

 すべてが消えていく。
 待ってくれ、まだ聞きたいことがあるんだ。

「あいつは未来を視ることができる。こっちの動きが全部読まれてるのに、どうやって抑えれば──」

「私が授けたのは『絶対にダメージを受けない』スキル。その力を成長させていけば、因果を逆転させ、すべての攻撃から不可侵となることも可能でしょう」

 声は、どんどん小さくなる。

「因果を逆転……?」

「神の力といえど、操るのは人の意志……その威力や効果、そして成否は保持者(ホルダー)の心の強さによるのです……」

「心の強さ──」

 女神さまの言葉を繰り返す俺。

「六番目の力……それを使う方法は……」

 耳元にふわりと甘い吐息が吹きかけられた。

「ただし今のあなたには……まだ過ぎた力。使えるのは、一日に一度だけ……」

 女神さまがささやく。
 新たな力の、使い方を。

「後はあなたの意志一つ。強い心さえあれば、いずれは完全に使いこなすことも可能でしょう……」

 その言葉を最後に、女神さまの姿は薄れ、完全に消えてしまった。

「成長したスキルを使うのは、俺の意志……か」



「いや、君のスキルがそれ以上の成長をすることはあり得ない」



 完全に消え去ったイルファリアと入れ替わりで、別の影が現れた。

 東方の巫女衣装をまとった黒髪の美少女。
 エレクトラだ。

「……ふむ、ここは未来の光景のようだ。君とわたしのスキルが共鳴したせいかな。運命を見る力が君にまで作用しているらしい……」

 周囲を見回し、つぶやく。

「未来の光景……?」

「正確には今から一週間後、新月の夜。エリオスシティの遺跡である古代神殿。君はそこに訪れる」

 エレクトラが謳うように告げた。

「あくまでも『起こり得る』未来の可能性の一つだが──」

 未来を視る──それは本来、彼女のスキルだ。

 互いのスキルがなんらかの影響を及ぼして、その光景を俺も見ることができている、ってことなんだろうか?

「ならば、これも見えるのではないか? わたしたちがこれから向かう運命も──」

 エレクトラの言葉とともに、目の前の景色が消失する。

 視界が切り替わり、対峙する二つの人影が浮かび上がる。

「これは──」

 一つは、虹色の光をまとった人影──まぶしくてはっきりとは見えないが、たぶんスキルを発動した俺だろう。
 そして、もう一つの人影はエレクトラだ。

 彼女の姿が光の中に溶け、消えていく。

「君と戦い、敗北するビジョン。だがわたしは黙って消えるなんて真っ平だ」

 エレクトラが俺を見据える。
 瞳に、強い闘志を燃やして。

「だから変えてみせる。敗北と破滅の未来を」

「未来を……変える……」

 つぶやく俺。

「わたしのスキルは運命を見ること。そしてそれに対応する行動を取れば、おのずと未来は変わる──すなわち、運命の操作。それがわたしに与えられた力であり、特権だ」

「……俺は戦いたいなんて思ってない。前に王都を襲った敵は、同じスキル保持者(ホルダー)と協力して撃退したし、他の保持者(ホルダー)とも──エレクトラとも、できるなら力を合わせたい」

 俺は言い返した。
 スキルを持った者同士が戦うことを前提にしているのは、納得できない。

 そうじゃない道だってあるはずだ。

「神様からせっかくスキルをもらったんだ。きっと人にはできないことができる──そう思って、俺は冒険者になった。たくさんの人を守れるかもしれない力だ、って思ったから」

「……ふん」

 エレクトラが鼻を鳴らす。
 冷ややかな表情で俺を見据えた。

「なかなか殊勝な心がけだね」

「人を守るためにがんばっている女の子たちに出会って……俺もそうなりたい、って思ったから」

「だが、君が何を望もうと、何を想おうと──わたしはすでに未来を視ている。君だけじゃない。他の保持者たちも、それぞれ戦っていた。互いの力をぶつけ合い、力が劣る方は消し飛ばされていた……」

「そんな……こと……」

 俺は唇を噛みしめた。
 握りしめた拳が、震えた。

 確かに、起こりえないとは言えない。
 実際に、俺もグレゴリオと戦ったわけだし。

「わたしは、わたしが見た運命を信じる。そして変えてみせる。まずはその第一歩として──」

 エレクトラの瞳に浮かぶ闘志が、敵意へと──そして、殺意へと変わる。

「君を倒す」
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