4 「彼の側にいたいから」
文字数 2,595文字
王都近郊の谷──。
流れ落ちる滝の前に、一人の少女騎士がたたずんでいた。
氷を思わせる青い髪をショートヘアにした美しい少女。
身にまとう騎士甲冑や手にした剣が陽光を反射してきらめく。
彼女──ルカは眼前の滝をまっすぐに見据えていた。
「お姉さま、準備ができました」
滝の上から、真紅の髪をセミロングにした少女が合図を送る。
アイヴィ・ラーズワース。
彼女と親交が深い、ランクAの冒険者である。
「ありがとう、アイヴィ」
ルカは軽くうなずき、愛用の長剣──戦神竜覇剣 を構えた。
「じゃあ、お願い」
「……あの、本当に大丈夫なんでしょうか」
アイヴィは心配そうだ。
「あ、もちろんお姉さまの実力は承知していますけど、でもこれだけの数を──」
「大丈夫。私を信じて」
ルカがうなずく。
「……分かりました、お姉さま」
アイヴィはうなずき返し、滝の上に設置されたロープを切断した。
同時に、固定されていた十本の丸太が同時に落下する。
滝の真下にいるルカに向かって。
猛烈な速度で落ちてくる丸太群を、彼女は静かに見つめた。
「戦神竜覇剣 、炎刃剛滅形態 」
ヴン、と機械的な音がして、手にした長剣が大剣へと変形する。
全身に熱い脈動が走った。
四肢に力がみなぎる。
そのまま力任せに、丸太を一本ずつ叩き切った。
一本……二本……人間離れした圧倒的な膂力で、丸太が次々と両断されていく。
だが、七本目まで切断したところで、残りの三本がルカの頭上まで迫った。
斬撃が間に合わない──。
瞬時に判断したルカは、
「戦神竜覇剣 、光双瞬滅形態 」
大剣を再変形させた。
今度は左右に一本ずつ──双剣形態へと。
次の瞬間、彼女の姿がその場から消えた。
場に残ったのは残像のみ。
光速に近い身のこなしで、三本の丸太をすべて避け切ってみせる。
「すごいです、さすがお姉さまっ!」
アイヴィが歓声を上げた。
「ふう……」
ルカは大きく息をつく。
一歩間違えれば、圧死していたかもしれない。
「だけど──もっと強くなるためには、これくらいの試練を乗り越えていかなければ」
自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
先日、古竜の神殿でグリードに戦神竜覇剣 の使い方を教わってもらってから、ルカはこの剣の扱い方をさらに極めるべく、訓練を重ねていた。
大きく分けて、戦神竜覇剣 には二つの形態がある。
速度重視の光双瞬滅形態 。
破壊力重視の炎刃剛滅形態 。
それぞれの形態には長所と短所があり、状況に応じて使い分ける必要があった。
修業の目的は、その切り替えをできるだけ早くすること。
そして、もう一つ──。
ルカは長剣に戻した戦神竜覇剣 を見つめた。
(さらに、先へ)
剣が持つ『真の力』の解放。
今はまだぼんやりとしか見えないが、ルカには少しずつ分かり始めていた。
戦神竜覇剣 のすべての力を使いこなすことができれば、自分はさらなる高みへと立てる。
「ハルトの側で、これからも一緒に戦える……」
彼は先日ランクAに昇格したそうだ。
ランクが上がれば、それだけ難度の高いクエストにも挑むことができるようになる。
今まで以上に激しい戦いに身を投じていくのかもしれない。
ならば、自分ももっと強くなりたい。
彼に、必要とされたい──。
考えたとたんに、頬が熱くなった。
偶然の事故とはいえ、彼と初めてのキスを交わしてしまったことを思い出す。
「私は……ハルトの側に、いたい」
胸の芯が甘く疼いた。
※
サロメには『因子 』と呼ばれる力が宿っている。
人ならざる者──神や魔、竜などの血を引く人間に稀に発現する超常の力。
古竜の神殿で出会ったグリードは、サロメに教えてくれた。
因子とは、すなわち神魔竜たち超常の種族が操る力と同根のものだ、と。
『魔法』が人ならざる者の力の一部を『現象として出現させる』のに対し、『因子』とはそれを『人の身に直接宿す』能力。
極めれば、それらの存在に限りなく近い力を出せる──。
ただし人の身で、この力を極めることは不可能に近い。
歴史上、その域まで到達できた者は数えるほどしかない、とグリードは言っていた。
そして、成し遂げた者は『英雄』や『勇者』と呼ばれる存在だった、とも。
「だけど、ある程度まで近づくことはできる……」
グリードの教えを思い返す。
そして近づくために必要なことは──。
サロメはゆっくりと目を閉じた。
思い出す。
かつての自分を。
はるか遠方の国で、伝説の女暗殺者エルゼに育てられた、あのころを。
普段は普通の学生として過ごし、夜は彼女の暗殺術を学んできた──そんな日々を。
多くの命を手にかけた、暗殺者としての血塗られた日々を。
そして、そこから脱却するきっかけとなった、あの事件を……。
「……っ! はあ、はあ、はあ……」
胸の奥に強烈な不快感が湧き上がり、サロメはその場に這いつくばった。
もう一度、思い出す。
今度はもう少し近い過去を。
(ハルトくん……)
唇を指先でそっとなぞる。
生まれて初めて、他人の唇に触れた感触。
胸の芯が締め付けられるような、切なさと甘さ。
あのときは、おまじないだと冗談めかしたけれど──。
本当はずっと前から気づいていた。
分かっていた。
彼に、惹かれていることを。
「がんばらなきゃね。ボクは──いえ、私 は彼の側にいたいから……」
サロメが微笑む。
魔将の力を受け継いだアリスやリリスは見違えるように強くなった。
自分も、置いて行かれないようにしなければならない。
彼に、必要とされるために。
「これからも、ずっと側にいたいから……」
流れ落ちる滝の前に、一人の少女騎士がたたずんでいた。
氷を思わせる青い髪をショートヘアにした美しい少女。
身にまとう騎士甲冑や手にした剣が陽光を反射してきらめく。
彼女──ルカは眼前の滝をまっすぐに見据えていた。
「お姉さま、準備ができました」
滝の上から、真紅の髪をセミロングにした少女が合図を送る。
アイヴィ・ラーズワース。
彼女と親交が深い、ランクAの冒険者である。
「ありがとう、アイヴィ」
ルカは軽くうなずき、愛用の長剣──
「じゃあ、お願い」
「……あの、本当に大丈夫なんでしょうか」
アイヴィは心配そうだ。
「あ、もちろんお姉さまの実力は承知していますけど、でもこれだけの数を──」
「大丈夫。私を信じて」
ルカがうなずく。
「……分かりました、お姉さま」
アイヴィはうなずき返し、滝の上に設置されたロープを切断した。
同時に、固定されていた十本の丸太が同時に落下する。
滝の真下にいるルカに向かって。
猛烈な速度で落ちてくる丸太群を、彼女は静かに見つめた。
「
ヴン、と機械的な音がして、手にした長剣が大剣へと変形する。
全身に熱い脈動が走った。
四肢に力がみなぎる。
そのまま力任せに、丸太を一本ずつ叩き切った。
一本……二本……人間離れした圧倒的な膂力で、丸太が次々と両断されていく。
だが、七本目まで切断したところで、残りの三本がルカの頭上まで迫った。
斬撃が間に合わない──。
瞬時に判断したルカは、
「
大剣を再変形させた。
今度は左右に一本ずつ──双剣形態へと。
次の瞬間、彼女の姿がその場から消えた。
場に残ったのは残像のみ。
光速に近い身のこなしで、三本の丸太をすべて避け切ってみせる。
「すごいです、さすがお姉さまっ!」
アイヴィが歓声を上げた。
「ふう……」
ルカは大きく息をつく。
一歩間違えれば、圧死していたかもしれない。
「だけど──もっと強くなるためには、これくらいの試練を乗り越えていかなければ」
自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。
先日、古竜の神殿でグリードに
大きく分けて、
速度重視の
破壊力重視の
それぞれの形態には長所と短所があり、状況に応じて使い分ける必要があった。
修業の目的は、その切り替えをできるだけ早くすること。
そして、もう一つ──。
ルカは長剣に戻した
(さらに、先へ)
剣が持つ『真の力』の解放。
今はまだぼんやりとしか見えないが、ルカには少しずつ分かり始めていた。
「ハルトの側で、これからも一緒に戦える……」
彼は先日ランクAに昇格したそうだ。
ランクが上がれば、それだけ難度の高いクエストにも挑むことができるようになる。
今まで以上に激しい戦いに身を投じていくのかもしれない。
ならば、自分ももっと強くなりたい。
彼に、必要とされたい──。
考えたとたんに、頬が熱くなった。
偶然の事故とはいえ、彼と初めてのキスを交わしてしまったことを思い出す。
「私は……ハルトの側に、いたい」
胸の芯が甘く疼いた。
※
サロメには『
人ならざる者──神や魔、竜などの血を引く人間に稀に発現する超常の力。
古竜の神殿で出会ったグリードは、サロメに教えてくれた。
因子とは、すなわち神魔竜たち超常の種族が操る力と同根のものだ、と。
『魔法』が人ならざる者の力の一部を『現象として出現させる』のに対し、『因子』とはそれを『人の身に直接宿す』能力。
極めれば、それらの存在に限りなく近い力を出せる──。
ただし人の身で、この力を極めることは不可能に近い。
歴史上、その域まで到達できた者は数えるほどしかない、とグリードは言っていた。
そして、成し遂げた者は『英雄』や『勇者』と呼ばれる存在だった、とも。
「だけど、ある程度まで近づくことはできる……」
グリードの教えを思い返す。
そして近づくために必要なことは──。
サロメはゆっくりと目を閉じた。
思い出す。
かつての自分を。
はるか遠方の国で、伝説の女暗殺者エルゼに育てられた、あのころを。
普段は普通の学生として過ごし、夜は彼女の暗殺術を学んできた──そんな日々を。
多くの命を手にかけた、暗殺者としての血塗られた日々を。
そして、そこから脱却するきっかけとなった、あの事件を……。
「……っ! はあ、はあ、はあ……」
胸の奥に強烈な不快感が湧き上がり、サロメはその場に這いつくばった。
もう一度、思い出す。
今度はもう少し近い過去を。
(ハルトくん……)
唇を指先でそっとなぞる。
生まれて初めて、他人の唇に触れた感触。
胸の芯が締め付けられるような、切なさと甘さ。
あのときは、おまじないだと冗談めかしたけれど──。
本当はずっと前から気づいていた。
分かっていた。
彼に、惹かれていることを。
「がんばらなきゃね。ボクは──いえ、
サロメが微笑む。
魔将の力を受け継いだアリスやリリスは見違えるように強くなった。
自分も、置いて行かれないようにしなければならない。
彼に、必要とされるために。
「これからも、ずっと側にいたいから……」