3 「今だけは、穏やかに」

文字数 2,232文字

 翌朝。

 宿の一階にある食堂で、俺はリリス、アリスの姉妹と朝食を取っていた。
 高級旅館だけあって、朝から豪勢な料理だ。

「じー」

 ふと気づくと、アリスが俺とリリスを見つめていた。

「……何かありましたか、二人とも」

 普段はほんわかしているアリスの瞳に、やけに鋭い眼光が浮かぶ。

「な、何かって……?」

 追及するような視線にたじろぐ俺。

「えっ、えっ? な、何よ、姉さん、急に……」

 リリスの方も硬直していた。

「二人の間に流れる雰囲気が、微妙に違います……怪しいですぅ」

 どこか拗ねたように口を尖らせるアリス。
 昨夜、リリスとキスしたことを見透かされているような気がして、俺はますますたじろいだ。

「確かにねー」

 サロメが朝食を乗せたトレイを持って、俺たちの席にやって来た。
 ニヤニヤと笑いながら、俺とリリスを見つめる。

「ハルトくんとリリス、ちょっといい雰囲気だなーって思ってたの。昨日の夜に何かあったんじゃない? ボクの目はごまかせないよー」

「や、やややややややだなぁ、あたしたち、別に普段と変わらないよ? ね、ハルト?」

 追及が二人がかりになり、リリスがうろたえた。
 いや、その態度は『何かありました』って言ってるようなものだろう。

「まさか、一線を越えたのでは……い、いけませんよ、リリスちゃん。嫁入り前の娘が、いくらハルトさんが相手とはいえ」

「へえー、リリスは大人の女になったわけだ?」

「ち、違うよっ!? 何言ってるのよ、姉さんもサロメもっ」

 リリスがたちまち真っ赤になった。

「一線なんて、あ、あたしはちゃんと、純潔なままだからっ! で、でも、そのキ……スはした……けど……」

「んん?」

「んんん?」

 アリスとサロメが同時に顔を近づけた。
 リリスはさらにパニック状態になり、

「ち、違うもんっ、今のなしっ。あたし、ハルトとキスなんて、してな……し、して……」

 うろたえすぎて、ほとんど答えを言ってしまってるぞ。
 俺まで照れくさくなってきた。
 と、

「……ハルト」

 すたすたと近づいてきたのは、ルカだ。

「リリスとキスをしたの?」

 めちゃくちゃストレートに聞かれた!
 ……ん、なんか表情が険しいような。

「えっと、怒ってないか、ルカ……?」

 どんどん妙な雰囲気になってるぞ……?

「……怒ってない」

 告げたルカは、わずかに唇を尖らせる。
 いや、やっぱり怒ってる気がする。

「これは──ずばり嫉妬だねっ」

 サロメの目がキラーンと光った。

「ルカちゃんまで不機嫌になってますぅ。罪作りですね、ハルトさんは」

 アリスが俺をジト目で見つめた。

「ヤキモチ……これが……?」

 ルカは俺を見つめ、それからリリスを見つめ、もう一度俺に視線を合わせた。

「私は、ハルトとリリスを見てると、胸がざわざわする……羨ましいような、焦るような……不思議」

 えっ? えっ?
 どういうことだ──。

「ま、ボクも妬けないわけじゃないけど……ハルトくんの周りには女の子が多いからしょうがないよね……ふう」

 などと、サロメはサロメでなぜかため息をついている。

「ヤキモチはともかく──とりあえず、一緒にご飯食べようよ。ボク、おなかすいちゃった」

 提案するサロメ。

「嫉妬……私が、嫉妬……」

 ルカはまだブツブツとつぶやいていた。

「ルカちゃん、ご飯食べて、頭を切り替えましょう~」

「……分かった」

 アリスのとりなしで気を取り直すルカ。

「そ、そうだよ。変な追及はここまでっ。ね? ね?」

 リリスはリリスで、まだちょっと顔が赤かった。

 ──その後、俺たちはルカ、サロメとともに朝食をとった。
 妙な雰囲気になったりもしたけれど、やっぱりこうしてみんなで話せるのは嬉しいし、楽しい。

 気が付けば、俺は笑みを浮かべていた。

「どうかしたの、ハルト? にこにこして」

 リリスがキョトンとたずねる。

「戦い続きだったから、こういう雰囲気がなんかいいなぁ、って。癒されるっていうか。気持ちが安らぐっていうか」

「……そうだね」

「また激しい戦いになるとは思うけど。でも、だからこそ──」

 俺は小さく息をついた。

「今だけは、穏やかに。せめて、今だけでも……そう思ったんだ」



 ──食事を終えてしばらくしたところで、俺の元にギルドの職員が訪ねてきた。

「あなたに面会したい方がいるそうです、ハルト・リーヴァさん」

「俺に?」

「ええ、ギルド本部で待っている、と」

 言うなり、訪問者の名前も告げずに職員さんは言ってしまった。
 魔の者との決戦を備え、色々と忙しいんだろう。

 一体、誰だろう?
 怪訝に思いつつ、ギルド本部まで行ってみた。

「ハルト……か?」

 入り口の近くに一人の男が立っている。
 穏やかな顔立ちをした四十絡みの男だ。

「悪いな、呼び出して。もしかしたら、ここに聞けばお前と会えるかもしれないと思ったんだ」

「ジャックさん……?」

 ジャック・ジャーセ──俺と同じく神の力を持つスキル保持者(ホルダー)である。
 俺が『絶対防御』の能力を持っているように、ジャックさんはあらゆるものを『強化』する力を備えている。

 一体どうしてここに──?
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