3 「大切な人だと」

文字数 2,462文字

 ビッタの森──。
 うっそうと茂る町はずれの森で、俺はルカに呼び出されていた。

「先月の魔将ガイラスヴリムとの戦いで、私は敗れた。あなたがいなければ殺されていたでしょうね」

 開口一番に、ルカはそう言った。

 いつも通りの無表情。
 ただ、唇をわずかに噛みしめているのは、悔しさの表れかもしれない。

「そのとき魔将に言われたの。私の斬撃には重さが足りない、と」

「重さが……」

 ルカが超一流の剣士だということは知っている。

 持ち味は人間離れしたスピード。
 物理と魔法の両特性を備えた剣、戦神竜覇剣(フォルスグリード)の特性を使えば、その動きは亜光速にまで達する。

 最速にして最強の剣士──。
 それが、俺がルカに対して抱くイメージだ。

「以来、私はずっと探求している。もっと重く、強い一撃を放つ方法を。ハルトにはその練習相手になってほしい」

「練習相手?」

「私が知るかぎり、あなた以上の防御能力を持つ者はいない。ランクSの冒険者まで含めても。その防御を打ち破れるほどの剣を繰り出せたら──私はもっと強くなれる」

 ルカの瞳に爛々とした光が宿っていた。

 表情の乏しい彼女だけど、戦いに関しては生き生きとした雰囲気を見せる。
 以前、模擬戦で戦ったときにもそう感じた。

「分かった。俺にできることは協力するよ」

 俺は防御スキルを展開した。

「感謝するわ」

 極彩色の輝きに包まれた俺を見て、ルカは腰の剣を抜く。

 美しいカーブを描いた片刃の長剣。
 その柄頭には、竜の顔を模した飾りが取りつけられていた。
 彼女が愛用する長剣『戦神竜覇剣(フォルスグリード)』だ。

「……でも、防御魔法ごとハルトを斬ってしまったら大変ね」

 と、動きを止めるルカ。

 微妙に眉が寄っているところを見ると、困っているんだろうか。
 基本、無表情な女の子だから表情を読み取るのがなかなか難しい。

「じゃあ、ルカが気にせず全力を出せるように、こういうのはどうだ?」

 俺の体を包む光が右手に集まった。
 光球となったそれを、手近の樹木まで飛ばす。

 宝珠の飛翔(ウイングスフィア)で、防御スキルを飛ばしたのだ。

「これは……?」

 虹色の輝きに包まれた木を見て、ルカが怪訝そうにたずねた。

「遠隔防御ってところだな。俺の防御魔法でこの木を守ってる。これなら全力で切っても平気だろ?」

「……そんな術もあるのね」

「持続時間はだいたい五分くらいだな」

 驚くルカに説明する俺。

「了解よ。とりあえず五分の間、全力で攻めてみる」

 愛用の剣を手に、防御スキルで守られた木に切りかかるルカ。
 白銀の刃が目にも留まらぬスピードで閃き、無数の斬撃が叩きこまれた。

 やがて、五分経過。

「……駄目ね。ビクともしないわ」

 ルカは小さく息をついて、剣を鞘に納めた。

「もっと強く、重い斬撃を身に付けなければ……」

 しまった、余計に彼女の自信を失わせる結果になったかも。
 俺の防御スキルは神の力だからな。

「別に打ち破れなくても、落ちこむ必要はないだろ。俺の防御は魔将だって破れなかったわけだし」

「その魔将よりも強くなりたいの」

 ルカの瞳はどこまでもまっすぐだった。

「強さこそが私のすべて。弱いままの私には存在価値がない」

「いや、価値がないなんてことはないだろ」

 俺は思わず口を挟んだ。

「強さだけがすべてじゃないと思うぞ。戦士としてのルカ以外に、普通の女の子としてのルカにだって価値があるだろ」

「普通の、女の子としての──」

「俺が知ってるだけでも、リリスやアリス、サロメはルカを大切な友だちだと思ってるだろ。もちろん、俺だって」

「ハルトも……?」

 ルカがジッと俺を見た。
 吸いこまれそうなほど澄んだ瞳に、思わず息を飲む。

「私を、大切な人だと──」

 いや、その言い回しだと微妙に誤解を招きそうなんだが。

「私の、ことを……」

 ルカの顔が微妙に赤らんだ。

「ん、どうした?」

「分からない。急に頬が熱くなって……」

 ルカは戸惑ったような表情だ。

「ハルトに、大切な人だと言われたら、突然……胸が、騒ぐ……変な感じ」

 いや、だからその『大切な人』って表現は違う意味にも聞こえるぞ。

 ルカはふうっと熱っぽいため息をつくと、

「いえ、今は心を乱しているときじゃないわ。ハルト、引き続き修業を手伝ってもらえるかしら?」

「お、おう。続けるか」

 なんだか妙な雰囲気になってしまったけど、俺たちは修業を再開した。



 二日後──ミルズシティの上空に、黒い穴が出現した。
 魔界とこの世界を結ぶ亜空間通路──『黒幻洞(サイレーガ)』。

 ギルドからの警報で町の人たちは庁舎に避難済みだ。

 俺は正式にルカやアイヴィを手伝うことはできないけど、いざというときのために彼女たちの近くで待機していた。

 その二人は前方の大通りに敢然と立っている。

「まったく。町の人たちと一緒に避難すればいいものを……怪我をしても知りませんよ」

 アイヴィがこっちを振りかえってにらんだ。
 ルカの方は無言で空を見上げている。

 やがて、ぽっかりと開いた黒い空間の穴から、まぶしい光が弾けた。

 二条の稲妻が町に降り注ぐ。

 大通りに現れたのは二つの影。

 一体は、四本の腕を持つ騎士のような姿。
 四つの手にはそれぞれ長剣、短剣、槍、斧の四種の武器を携えている。
 種族名は『四腕の冥戦士(ヘルズアーム)』。

 もう一体は、ぼろきれのようなローブで全身をすっぽり包んだ小柄な魔族だった。
 こちらは身の丈を超えるほど長大な黒い杖を手にしている。
 種族名『秘術使い(ミスティック)』だ。

 戦士型と魔法使い型──異なる戦闘タイプを持つ、二種の魔族が町の大通りをゆっくりと進み始めた。
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