6 「未来が揺らぐ」

文字数 1,979文字

 運命の女神は(マニューバ・ナイ)虚無を夢見る(トメアヴィジョン)──。
 より遠い未来を予知することができるスキルだ。

 代わりに、近い未来の予知『運命の女神(マニューバ・フ)の鐘が鳴る(ォーチュンベル)』よりも精度は落ちる。

(またこの光景だ)

 眼前に虹色の輝きが広がっていく。
 彼女はその光に飲みこまれ、溶け消える。

 そこから先は見えない。
 何度スキルを発動しても、エレクトラが予知できるのはここまでだった。

 つまり──ここで彼女の未来は終わる、ということだ。

(やはり未来は変わらないのか。わたしに待っているのは、破滅だけ──)

 絶望と失望を感じながら、エレクトラはもう一度、同じスキルを発動させた。
 ──今度は、虹色の輝きが現れなかった。

「なんだ……!?

 エレクトラが眉を寄せる。

 その光景は、いつもとは違っていた。

 世界が黒く染まる。
 白く輝く無数の剣が現れ、その『黒』を切り裂いていく。
 さらに──、

「これは一体……!?

 白と黒の二色に染まった世界を、天空から舞い降りた何かがまとめて吹き散らしていく。

 虹色の、光球。
 神々しくもあり、同時に禍々しくもある。

 そんな異様な印象があった。

 同時に、世界そのものが激しく震動する。
 揺らいでいる。

 ……未来というのは不確定なものだ。
 たとえば、ほんのちょっとした行動の変化で、本来なら死ぬはずだった人物が生きたり、あるいは恋で結ばれるはずの男女がすれ違ったり──。

 だが、世界そのものが大きく変化するのは初めて見る光景だった。

 何かが起こりつつあるかもしれない。
 今までとは違う──もしかしたら、世界の運命そのものが変わる何かが。

「未来が揺らぐ──」

 エレクトラは戸惑いを隠せなかった。

「今までになく、激しく……揺らぎ始めている……!?

 やがて虹色の爆発がすべてを吹き飛ばし、世界はその輝きの中に溶け消えていく。
 さらにその先の未来の光景は、

「何も、ない……!?

 完全なる虚無だった。
 彼女の存在だけでなく、世界そのものが消失している。

 エレクトラには、それ以上──何も読み取れなかった。

    ※

「そろそろ戻らないと……」

 ジャックの焦りは募っていた。

 先日の魔の者たちの大攻勢による影響で、ルーディロウム王国の交通機関には多大な影響が出ていた。
 彼もアドニス王国に戻れず、足止めを食った状態だ。

 無断欠勤した状態になっている会社のことが気になる。
 最愛の女性であるハンナや世話になっている社長、同僚たちのことが。

 ──神の力を持つ者として、魔と戦ってほしい。
 昨日のバネッサの言葉を思い出す。

「そんなこと言われてもな……」

 ジャックはため息交じりに往来を見つめた。

 今までにも、魔将やスキル保持者(ホルダー)のレヴィンと戦ってきた。
 それは身近な人間に危険が及んだからだ。

 だが、ここは見知らぬ土地である。
 守るべき相手などいない。

 できれば早く帰りたかった。
 自分のスキルが戦力になるとは分かっているが──やはり、自分はハルトのようには戦えない。



 滅ぼせ──。



 ふいに、声が聞こえた。

(なんだ、今のは?)

 自分の内側から湧き上がる、声。
 レヴィンと戦って以来、心のうちから時折聞こえてくる声だ。

 だが、それは昨日、『修復』のスキルを持つというセフィリアに治癒してもらったはず。

(どうして、またこの声が……?)

 不審に思いつつ、ジャックはどこへ行くともなく歩く。
 気づけば、ギルド本部の前まで来ていた。

(やっぱり俺には戦えない、ってハルトに言うか)

 迷いながら、歩を進める。

「──君は」

 本部から出てきた男が、ジャックの前で立ち止まった。

 身長二メティルを超えているだろうか。
 赤い全身甲冑を来た、屈強そうな戦士である。

「冒険者ギルドに何か用かな?」

「すみません、知り合いの冒険者に会いに来たんですが──」

 ハルトのことを告げると、戦士は思案顔になり、

「……彼なら仕事で違う場所にいる。よければ案内するが?」

「ああ、助かります」

 礼を言い、ジャックはルドルフと名乗った男についていく。

 案内されたのは本部から一区画ほど離れた空き地だった。
 茂みに囲まれた場所で、辺りにひと気はない。

「あの、ハルトはどこに?」

 たずねたジャックの眼前に槍の穂先が突きつけられる。

「えっ……!?

「ハルト・リーヴァをおびき寄せる餌になってもらう」

 ルドルフが静かな、だが狂気を秘めた瞳でジャックを見据えた。
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