9 「届け」
文字数 2,684文字
俺は女神さまからスキルをもらうまで、平凡な学生生活を送っていた。
きっと周りの皆と同じように学校に通い、卒業し、就職し──そんな人生を送っていくんだと思っていた。
特別な目標とか、夢とか、そういうものはなかった。
平凡で、普通で、ささやかで、穏やかな人生。
不満があったわけじゃない。
それはそれで、いい人生だと思う。
だけど、今は──。
リリスやアリスと出会い、彼女たちに感化され、『人を守りたい』という気持ちを強く持つようになった。
手に入れた力で、それを為すことができる──。
だから、俺は冒険者という職業についた。
だから──俺は。
頭上の階では、グレゴリオの赤い光球がリリスに襲いかかっていた。
触れれば死を免れない、神の力の精髄たる光球だ。
「リリス!」
俺は叫んだ。
彼女と出会ってから、今までのことが、一瞬で──まるで走馬灯のように駆け巡った。
一緒に戦ったときの、凛とした表情。
お祝いの席での照れたような顔。
はにかんだような微笑み。
着替えに出くわしたときの、恥じらった態度。
失いたくない。
殺させはしない。
俺のスキルはそのために──。
人を守るために、あるんだ!
──どくんっ!
また心臓の鼓動が高まる。
体中が熱い。
血潮が沸騰しそうだ。
グレゴリオと対峙したときから、その感覚は徐々に強まっていた。
今ははっきりと分かる。
俺の中にある『力』が、あいつの『力』と共鳴している。
呼び合い、響き合い、さらなる『力』を呼び覚まそうとしている──。
今までできなかったことが、今ならできるかもしれない。
いや、やるんだ。
俺が大切に思う人間を守るために。
もっと鮮明に。
描き出せ。
象れ。
俺の力を──。
「届け」
右手を突き出す。
ごく自然に。
理屈も根拠も何もない。
だけど、不思議な確信があった。
今の俺なら、この『力』を使うことができる、と。
今までよりも、もっと強力なスキルを使うことができる、と。
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
叫んだ、その瞬間。
──眼前に、突然何かが見えた。
どこまでも広がる白い空間だ。
その中央に神殿があった。
俺は半ば無意識に、その神殿に足を踏み入れる。
内部通路を進んでいくと、まばゆい光があふれた。
同時に、無数のイメージが湧き出す。
虚空を飛翔する天使。
極彩色に輝く宝珠。
光の渦。
輝くドーム。
純白の盾。
広がる翼。
美しい虹色の閃光。
イメージの羅列が脳内を幾重にも駆け巡る。
「ぐっ……ぉぉぉぉ……ぉぉぉぉ、おおおおおおおおおおおっ……!」
俺は苦鳴を上げた。
脳に過負荷がかかり、頭の中が焼き切れそうだ。
それでもなお、俺はイメージを走らせる。
リリスを護るために。
力を象り、その力を具現化する。
一瞬の後、俺の視界は切り替わった。
元の、塔の中だ。
眼前にまばゆい輝きが弾けた。
現れたのは──十枚の翼を持つ、天使の紋様だった。
「──行け」
俺は静かに告げる。
天使の紋様が極彩色に輝く光の玉へと姿を変え──。
上階へと飛んでいく。
「えっ……!?」
驚きの声は、リリスとグレゴリオの両方から上がった。
彼女の眼前で、激しいスパークが散っている。
物理でも魔法でも止められないグレゴリオの光球が、俺の光球によって受け止められていた。
「な、なんだ……それは……!?」
「第五の形態──」
驚愕するグレゴリオに、俺は静かに告げた。
「宝珠の飛翔 」
防御スキルを任意の場所まで移動させ、そこで発動させる。
いわば──『遠隔防御』のスキル。
リリスの眼前で展開された防御スキル『護りの障壁 』は赤い光球を受け止め続け、やがて消滅させた。
「……ちっ、スキルを飛ばすこともできるのかよ」
グレゴリオが忌々しげに舌打ちした。
それから階下の俺をにらみつけ。
「けど、勝った気になるんじゃねーぞ。しょせん、テメェにできるのは『守る』ことだけだ。どれだけ防御されようが、俺様は何も痛くもねぇ!」
「いや、これで終わりだ」
俺は冷ややかにグレゴリオを見上げる。
胸の中に、暗く澱んだ何かが広がっていくのが分かる。
これは──怒り?
敵意?
いや、違う。
今の俺は、あいつと同じ感情を抱いている。
明確な──殺意を。
リリスを護るために。
「ほざけよ! 俺様にはまだまだ残弾はあるんだぜぇ」
グレゴリオの右目に輝く紋様が浮かび上がる。
「スキルが強くなっているのは、俺様もテメェも同じだ。十でも、二十でも──いくらでも撃ってやるよ。撃って撃って撃って、殺してやる──殺意装填 ォォォォッ!」
その周囲に十の光球が出現した。
「まずテメェの仲間を殺す! いくらスキルを飛ばせるったって、これだけの数──防げるもんなら防いでみろぉ!」
俺に攻撃を防がれたのがよほど悔しかったのか、完全に逆上している様子だ。
確かに、いくらスキルを遠隔操作できるようになったとはいえ、十個同時に防げるかどうかは分からない。
一つでも防ぎ漏らしたら──一つでもリリスに触れれば、彼女の命は失われる。
だけど、俺は平然と言い放った。
「言っただろ。終わりだ、って」
そう、すべては終わる。
これで──。
「乱れ飛べ、具象決殺 ォッ!」
グレゴリオが十個の光球をいっせいに放つ。
──飛べ。
俺はふたたび念じた。
同時にグレゴリオの体を虹色の輝きが包みこむ。
護りの障壁 ──あらゆる攻撃を反射するタイプのスキルだ。
「なんだよ、こいつはぁっ!?」
苛立ったように叫んだ彼に向かって、放たれた十の光球が跳ね返り、叩きこまれる。
「えっ……!?」
呆けたような、声。
この狭い空間では、この一瞬のタイミングでは……奴に避けるすべはない。
「あ……が……」
小さな苦鳴をもらし、グレゴリオが倒れ伏す。
「何者であろうと触れた者を『殺す』力──お前自身も例外じゃなかったみたいだな」
俺は冷然と告げた。
冷徹に、告げた。
きっと周りの皆と同じように学校に通い、卒業し、就職し──そんな人生を送っていくんだと思っていた。
特別な目標とか、夢とか、そういうものはなかった。
平凡で、普通で、ささやかで、穏やかな人生。
不満があったわけじゃない。
それはそれで、いい人生だと思う。
だけど、今は──。
リリスやアリスと出会い、彼女たちに感化され、『人を守りたい』という気持ちを強く持つようになった。
手に入れた力で、それを為すことができる──。
だから、俺は冒険者という職業についた。
だから──俺は。
頭上の階では、グレゴリオの赤い光球がリリスに襲いかかっていた。
触れれば死を免れない、神の力の精髄たる光球だ。
「リリス!」
俺は叫んだ。
彼女と出会ってから、今までのことが、一瞬で──まるで走馬灯のように駆け巡った。
一緒に戦ったときの、凛とした表情。
お祝いの席での照れたような顔。
はにかんだような微笑み。
着替えに出くわしたときの、恥じらった態度。
失いたくない。
殺させはしない。
俺のスキルはそのために──。
人を守るために、あるんだ!
──どくんっ!
また心臓の鼓動が高まる。
体中が熱い。
血潮が沸騰しそうだ。
グレゴリオと対峙したときから、その感覚は徐々に強まっていた。
今ははっきりと分かる。
俺の中にある『力』が、あいつの『力』と共鳴している。
呼び合い、響き合い、さらなる『力』を呼び覚まそうとしている──。
今までできなかったことが、今ならできるかもしれない。
いや、やるんだ。
俺が大切に思う人間を守るために。
もっと鮮明に。
描き出せ。
象れ。
俺の力を──。
「届け」
右手を突き出す。
ごく自然に。
理屈も根拠も何もない。
だけど、不思議な確信があった。
今の俺なら、この『力』を使うことができる、と。
今までよりも、もっと強力なスキルを使うことができる、と。
「届けぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
叫んだ、その瞬間。
──眼前に、突然何かが見えた。
どこまでも広がる白い空間だ。
その中央に神殿があった。
俺は半ば無意識に、その神殿に足を踏み入れる。
内部通路を進んでいくと、まばゆい光があふれた。
同時に、無数のイメージが湧き出す。
虚空を飛翔する天使。
極彩色に輝く宝珠。
光の渦。
輝くドーム。
純白の盾。
広がる翼。
美しい虹色の閃光。
イメージの羅列が脳内を幾重にも駆け巡る。
「ぐっ……ぉぉぉぉ……ぉぉぉぉ、おおおおおおおおおおおっ……!」
俺は苦鳴を上げた。
脳に過負荷がかかり、頭の中が焼き切れそうだ。
それでもなお、俺はイメージを走らせる。
リリスを護るために。
力を象り、その力を具現化する。
一瞬の後、俺の視界は切り替わった。
元の、塔の中だ。
眼前にまばゆい輝きが弾けた。
現れたのは──十枚の翼を持つ、天使の紋様だった。
「──行け」
俺は静かに告げる。
天使の紋様が極彩色に輝く光の玉へと姿を変え──。
上階へと飛んでいく。
「えっ……!?」
驚きの声は、リリスとグレゴリオの両方から上がった。
彼女の眼前で、激しいスパークが散っている。
物理でも魔法でも止められないグレゴリオの光球が、俺の光球によって受け止められていた。
「な、なんだ……それは……!?」
「第五の形態──」
驚愕するグレゴリオに、俺は静かに告げた。
「
防御スキルを任意の場所まで移動させ、そこで発動させる。
いわば──『遠隔防御』のスキル。
リリスの眼前で展開された防御スキル『
「……ちっ、スキルを飛ばすこともできるのかよ」
グレゴリオが忌々しげに舌打ちした。
それから階下の俺をにらみつけ。
「けど、勝った気になるんじゃねーぞ。しょせん、テメェにできるのは『守る』ことだけだ。どれだけ防御されようが、俺様は何も痛くもねぇ!」
「いや、これで終わりだ」
俺は冷ややかにグレゴリオを見上げる。
胸の中に、暗く澱んだ何かが広がっていくのが分かる。
これは──怒り?
敵意?
いや、違う。
今の俺は、あいつと同じ感情を抱いている。
明確な──殺意を。
リリスを護るために。
「ほざけよ! 俺様にはまだまだ残弾はあるんだぜぇ」
グレゴリオの右目に輝く紋様が浮かび上がる。
「スキルが強くなっているのは、俺様もテメェも同じだ。十でも、二十でも──いくらでも撃ってやるよ。撃って撃って撃って、殺してやる──
その周囲に十の光球が出現した。
「まずテメェの仲間を殺す! いくらスキルを飛ばせるったって、これだけの数──防げるもんなら防いでみろぉ!」
俺に攻撃を防がれたのがよほど悔しかったのか、完全に逆上している様子だ。
確かに、いくらスキルを遠隔操作できるようになったとはいえ、十個同時に防げるかどうかは分からない。
一つでも防ぎ漏らしたら──一つでもリリスに触れれば、彼女の命は失われる。
だけど、俺は平然と言い放った。
「言っただろ。終わりだ、って」
そう、すべては終わる。
これで──。
「乱れ飛べ、
グレゴリオが十個の光球をいっせいに放つ。
──飛べ。
俺はふたたび念じた。
同時にグレゴリオの体を虹色の輝きが包みこむ。
「なんだよ、こいつはぁっ!?」
苛立ったように叫んだ彼に向かって、放たれた十の光球が跳ね返り、叩きこまれる。
「えっ……!?」
呆けたような、声。
この狭い空間では、この一瞬のタイミングでは……奴に避けるすべはない。
「あ……が……」
小さな苦鳴をもらし、グレゴリオが倒れ伏す。
「何者であろうと触れた者を『殺す』力──お前自身も例外じゃなかったみたいだな」
俺は冷然と告げた。
冷徹に、告げた。