9 「さらなる段階へ」
文字数 2,887文字
起き上がった魔獣は、警戒したようにこちらを見据えていた。
(さあ、来い)
ジャックは油断なく身構える。
その四肢には、騎士を意匠化したような紋章が浮かんでいた。
スキルによって腕力や脚力が常人の数十倍にも強化された証である。
戦闘訓練など受けたことのない彼の構えは、当然素人のそれだ。
だが超人的な運動能力は、そんな不利を補ってあまりある。
単純なパンチやキックの一発一発が、達人クラスの斬撃や攻撃魔法をはるかに超える威力を持つのだから。
(問題はこいつと、毒の霧だな)
柱から噴出される濃緑色の霧は徐々に広がっていた。
腐食性の、毒だ。
付近の建物は次々に溶かされているし、避難している人たちのところまで到達すれば、多くの犠牲が出るかもしれない。
「ふうううううううううううううううっ!」
ジャックは思いっきり息を吹き出した。
その吐息を『強化』して突風に変化させる。
拡散していた毒霧がまとめて柱の方向に押し返された。
「とりあえず、これで──ん?」
安堵したのも束の間、毒霧を城壁付近まで押し戻したところで、それ以上押し返せないことに気づく。
まるでそこに見えない壁があるかのように。
「結界……なのか?」
町が──いや、もしかしたら王都全体が。
結界に包まれ、外に出られないようになっている──?
骨竜がゆっくりと近づいてきた。
「……食い止める、なんてのんきなことを言ってる場合じゃなかったな」
ジャックはあらためて魔獣をにらみつけた。
とにかく毒の噴出を止めることが先決だ。
そのためには柱を壊すこと。
そして、おそらくは柱の守護者 である魔獣を倒すこと。
ジャックの考えはまとまった。
「お前は俺が倒す。今、この場で」
大切な女性や仕事の仲間を守るために。
だから、力が必要だ。
ジャックは願った。
もっと大きな力を。
もっと強い力を──!
「ふん、欲のない貴様がようやく欲を出したか」
ふいに、声が聞こえた。
気が付けば、ジャックの周囲は一変している。
「ここは──」
どこまでも真っ白な空間が続いていた。
見覚えがある場所だった。
そう、前の仕事を解雇されて自殺した際、この場所で彼は出会ったのだ。
あの存在に──。
「久しぶりだ」
声とともに、目の前に陽炎のような揺らぎが生まれた。
「俺は戦神ヴィム・フォルス──その力の精髄」
現れたのは、黄金の甲冑をまとった騎士。
ジャックに強化の力を与えてくれた神だ。
「神のスキルは共鳴を始めている。貴様の力も以前より増しているはずだ。おかげで俺も、ようやく貴様に声を届けることができた」
「共鳴──」
もしかしたら、あのレヴィンという少年に会ったことがきっかけなのだろうか。
ジャックと同じく神の力──『支配』のスキルを持つ、あの少年に。
「俺は長話が嫌いだ。要点だけを言うぞ」
戦神が不愛想に告げた。
「貴様の『心』の力は向上を始めている。したがって、貴様のスキルをさらなる段階へ引き上げることが可能だ」
「さらなる……段階」
ジャックはごくりと息を飲む。
「その力を使って、為すべきことを為せ。遂げたいことを遂げろ」
「どうすれば──」
「願え。思いを強く持て。貴様の願いは、そのまま力に転化される。より強大な力へと──な。俺がそのための力を貸す」
戦神は厳かな口調で告げた。
「俺は貴様の中に眠るもの。貴様の中に宿るもの。貴様が願えば、俺はいつでも応えよう──」
その声とともに、白い世界は消えた。
一瞬の、まるで白昼夢のような出来事。
だが、今のは確かに現実だとジャックは心のどこかで確信していた。
あらためて、前方の魔獣を見据える。
──願え。
──思いを強く持て。
──願いは、そのまま力に転化される。
先ほどの戦神の教えを思い浮かべた。
「俺の願いと、思いは──」
決まっている。
自分の周りにいる大切なものを守る。
それを害する者は、何人たりとも打ち砕く。
倒す。
破壊する。
すべてを──!
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ジャックは、吠えた。
どう猛な感情のままに。
荒れ狂う、凶暴な闘志のままに。
その意志が──ジャックの全身に無数の紋様を浮かび上がらせた。
同時に、彼の体が変質していく。
びき、びき、と音を立て、皮膚が鎧のように硬化した。
たちまち全身が青黒いメタリックな光沢を備えた外殻に覆われる。
顔を覆った硬質皮膚は狼に似た形状へと変化する。
腰の後ろからは伸びた余剰皮膚が長大な尾を形作る。
獣と人の中間のような異形の戦士──。
変貌を遂げたジャックは、まさしく獣のように四つん這いの姿勢を取った。
「──獣騎士形態 か。スムーズに移行できたな」
心の中で戦神の声が響く。
「さあ行け、我が宿主」
「ぐるるるぉぉぉぉおおおおおォォォォォぉぉぉぉぉおおおオオオおんっ!」
ジャックは声帯を震わせて咆哮した。
獣そのものの雄たけびだ。
その声だけで衝撃波が発生し、魔獣を吹き飛ばす。
苦鳴を上げながらも起き上がった魔獣に向かい、ジャックは身構えた。
倒す。
潰す。
殺す。
攻撃的な意志が次々に湧きあがる。
全身に力がみなぎる。
四つん這いの獣の姿勢のまま疾走した。
手で、足で、石造りの大通りをクレーターのように陥没させながら駆ける。
超音速で、駆ける。
瞬きするほどの間に、異形の獣戦士は魔獣との数十メティルの距離を詰めた。
拳を、繰り出す。
魔獣の腹部が吹き飛んだ。
拳を、振るう。
魔獣の前足が千切れ飛んだ。
拳を、撃ちこむ。
魔獣の頭部が粉砕された。
わずか──三撃。
魔獣は絶命し、その場に倒れ伏した。
「はあ、はあ、はあ……」
それを見下ろしてジャックは荒い息をつく。
「これは──」
青黒い外殻に覆われたままの自分の拳を見つめ、魔獣の死骸を見つめ、うめく。
「俺がやった……のか……」
無我夢中だった。
凶暴な攻撃衝動に任せ──そして、みんなを守りたいという気持ちを背負い。
ジャックは戦い、敵を倒したのだ。
「後は……柱を壊すだけだな」
ふうっ、と息をついて、ジャックは柱の元まで進んでいく。
異形の獣戦士のままで。
戦いの高揚感が、心の芯を熱く火照らせていた。
自分の中で何かが変わり始めているのを、ジャックは感じ取っていた。
(さあ、来い)
ジャックは油断なく身構える。
その四肢には、騎士を意匠化したような紋章が浮かんでいた。
スキルによって腕力や脚力が常人の数十倍にも強化された証である。
戦闘訓練など受けたことのない彼の構えは、当然素人のそれだ。
だが超人的な運動能力は、そんな不利を補ってあまりある。
単純なパンチやキックの一発一発が、達人クラスの斬撃や攻撃魔法をはるかに超える威力を持つのだから。
(問題はこいつと、毒の霧だな)
柱から噴出される濃緑色の霧は徐々に広がっていた。
腐食性の、毒だ。
付近の建物は次々に溶かされているし、避難している人たちのところまで到達すれば、多くの犠牲が出るかもしれない。
「ふうううううううううううううううっ!」
ジャックは思いっきり息を吹き出した。
その吐息を『強化』して突風に変化させる。
拡散していた毒霧がまとめて柱の方向に押し返された。
「とりあえず、これで──ん?」
安堵したのも束の間、毒霧を城壁付近まで押し戻したところで、それ以上押し返せないことに気づく。
まるでそこに見えない壁があるかのように。
「結界……なのか?」
町が──いや、もしかしたら王都全体が。
結界に包まれ、外に出られないようになっている──?
骨竜がゆっくりと近づいてきた。
「……食い止める、なんてのんきなことを言ってる場合じゃなかったな」
ジャックはあらためて魔獣をにらみつけた。
とにかく毒の噴出を止めることが先決だ。
そのためには柱を壊すこと。
そして、おそらくは柱の
ジャックの考えはまとまった。
「お前は俺が倒す。今、この場で」
大切な女性や仕事の仲間を守るために。
だから、力が必要だ。
ジャックは願った。
もっと大きな力を。
もっと強い力を──!
「ふん、欲のない貴様がようやく欲を出したか」
ふいに、声が聞こえた。
気が付けば、ジャックの周囲は一変している。
「ここは──」
どこまでも真っ白な空間が続いていた。
見覚えがある場所だった。
そう、前の仕事を解雇されて自殺した際、この場所で彼は出会ったのだ。
あの存在に──。
「久しぶりだ」
声とともに、目の前に陽炎のような揺らぎが生まれた。
「俺は戦神ヴィム・フォルス──その力の精髄」
現れたのは、黄金の甲冑をまとった騎士。
ジャックに強化の力を与えてくれた神だ。
「神のスキルは共鳴を始めている。貴様の力も以前より増しているはずだ。おかげで俺も、ようやく貴様に声を届けることができた」
「共鳴──」
もしかしたら、あのレヴィンという少年に会ったことがきっかけなのだろうか。
ジャックと同じく神の力──『支配』のスキルを持つ、あの少年に。
「俺は長話が嫌いだ。要点だけを言うぞ」
戦神が不愛想に告げた。
「貴様の『心』の力は向上を始めている。したがって、貴様のスキルをさらなる段階へ引き上げることが可能だ」
「さらなる……段階」
ジャックはごくりと息を飲む。
「その力を使って、為すべきことを為せ。遂げたいことを遂げろ」
「どうすれば──」
「願え。思いを強く持て。貴様の願いは、そのまま力に転化される。より強大な力へと──な。俺がそのための力を貸す」
戦神は厳かな口調で告げた。
「俺は貴様の中に眠るもの。貴様の中に宿るもの。貴様が願えば、俺はいつでも応えよう──」
その声とともに、白い世界は消えた。
一瞬の、まるで白昼夢のような出来事。
だが、今のは確かに現実だとジャックは心のどこかで確信していた。
あらためて、前方の魔獣を見据える。
──願え。
──思いを強く持て。
──願いは、そのまま力に転化される。
先ほどの戦神の教えを思い浮かべた。
「俺の願いと、思いは──」
決まっている。
自分の周りにいる大切なものを守る。
それを害する者は、何人たりとも打ち砕く。
倒す。
破壊する。
すべてを──!
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ジャックは、吠えた。
どう猛な感情のままに。
荒れ狂う、凶暴な闘志のままに。
その意志が──ジャックの全身に無数の紋様を浮かび上がらせた。
同時に、彼の体が変質していく。
びき、びき、と音を立て、皮膚が鎧のように硬化した。
たちまち全身が青黒いメタリックな光沢を備えた外殻に覆われる。
顔を覆った硬質皮膚は狼に似た形状へと変化する。
腰の後ろからは伸びた余剰皮膚が長大な尾を形作る。
獣と人の中間のような異形の戦士──。
変貌を遂げたジャックは、まさしく獣のように四つん這いの姿勢を取った。
「──
心の中で戦神の声が響く。
「さあ行け、我が宿主」
「ぐるるるぉぉぉぉおおおおおォォォォォぉぉぉぉぉおおおオオオおんっ!」
ジャックは声帯を震わせて咆哮した。
獣そのものの雄たけびだ。
その声だけで衝撃波が発生し、魔獣を吹き飛ばす。
苦鳴を上げながらも起き上がった魔獣に向かい、ジャックは身構えた。
倒す。
潰す。
殺す。
攻撃的な意志が次々に湧きあがる。
全身に力がみなぎる。
四つん這いの獣の姿勢のまま疾走した。
手で、足で、石造りの大通りをクレーターのように陥没させながら駆ける。
超音速で、駆ける。
瞬きするほどの間に、異形の獣戦士は魔獣との数十メティルの距離を詰めた。
拳を、繰り出す。
魔獣の腹部が吹き飛んだ。
拳を、振るう。
魔獣の前足が千切れ飛んだ。
拳を、撃ちこむ。
魔獣の頭部が粉砕された。
わずか──三撃。
魔獣は絶命し、その場に倒れ伏した。
「はあ、はあ、はあ……」
それを見下ろしてジャックは荒い息をつく。
「これは──」
青黒い外殻に覆われたままの自分の拳を見つめ、魔獣の死骸を見つめ、うめく。
「俺がやった……のか……」
無我夢中だった。
凶暴な攻撃衝動に任せ──そして、みんなを守りたいという気持ちを背負い。
ジャックは戦い、敵を倒したのだ。
「後は……柱を壊すだけだな」
ふうっ、と息をついて、ジャックは柱の元まで進んでいく。
異形の獣戦士のままで。
戦いの高揚感が、心の芯を熱く火照らせていた。
自分の中で何かが変わり始めているのを、ジャックは感じ取っていた。