7 「嬉しかったのです」

文字数 2,911文字

 リリスの眼前で激闘が展開されていた。

 無数の銀光と爆光が弾ける。
 空中で交差する数千の刃と、それを迎撃する魔力弾。

「ほらほら、どうしましたぁ? 『千の魔導』ともあろう方が防戦一方ですねぇ」

 ザレアは楽しげに笑っていた。

 虚空から現れ、矢継ぎ早に飛んでくる無数の鎌──。
 メリエルは無詠唱で次々に魔法を放ち、それを迎撃する。

 ──押されているのはメリエルの方だった。

 ザレアの鎌は、彼女の魔法を片っ端から切り裂いていく。

 火炎も、水流も、雷撃も、岩弾も、光球も──。
 ありとあらゆる種類の魔法をやすやすと両断し、吹き散らす。

「なんなのよ、あの鎌は──」

 リリスは二人の魔将の戦いを見ながら、唇を噛みしめた。

雷襲(サンダー)──」

 少しでも援護を、と呪文を唱えかけるが、

「手を出さないでください」

 メリエルに制止された。

「申し訳ありませんが、あなたたちとは実力が違いすぎます。うかつに手を出しても──かえって戦況が悪化するだけですわ」

 要は、メリエルの足を引っ張ってしまうということだ。

「くっ……」

 リリスは唇を噛みしめ、呪文を中断した。
 隣で、アリスも悔しげに体を震わせる。

「僕の鎌はあらゆるものを切り裂くんですよぉ。厳密にいうなら、僕が知覚できるエネルギーを減衰し、やがて消滅させるんです」

 鎌の群れを繰り出しながら、ザレアは余裕たっぷりの口調で解説する。

「メリエルさんがどんな魔法を使おうと、僕の鎌に触れた途端にどんどん力が弱まり、すぐに消滅してしまう、というわけです」

「──ええ、よく存じていますわ」

 メリエルは可憐な顔に苦々しい表情を浮かべた。

「敵にすれば、やはり厄介ですわね」

「なら、敵対しなければいいじゃないですか。たかが人間のために」

風烈斬(アシュ・グ・ディーレ)

 メリエルの返答は、風の攻撃呪文だった。

「何回やっても無駄だって分かりませんかねぇ、ふひひひ」

 当然のごとく、ザレアの鎌に吹き散らされる烈風。
 と、その瞬間、切り裂かれた風が爆風と化して弾けた。

「むっ……!?

 風圧に、わずかによろけるザレア。
 噴き上がった土砂が周囲を覆い隠す。

闇爆破(ガ・ベル・ゼス)!」

 そこへ──背後から出現した黒いエネルギーボールが叩きこまれた。

「がっ!?

 土砂の向こうから苦鳴が響く。

 命中した──。
 リリスが思った直後、土砂の向こうからいくつもの銀光が飛来する。

 メリエルは攻撃呪文の弾幕でそれを防いだ。

「最初の攻撃で目隠しして、その隙に本命を叩きこむ──さっきやったのと似たような戦法とは芸がないですよ、ふひひひひ」

 現れたザレアは無傷だ。

「さっきの苦鳴はただのサービスです。ぬか喜びでしたねぇ」

「なんて性格の悪い……」

 思わずつぶやくリリス。

「苦しまぎれの攻撃とは、ますますあなたらしくないですねぇ、ふひひひ」

 それを無視して、ザレアはメリエルに嘲笑を送った。

「そろそろ本気で攻撃しましょうか? 敵をいたぶるのは大好きですけど、敵を殺すのはもっと大好きなんですよ、僕」

「それも……知っていますわ」

 メリエルの顔が青ざめていた。

 息が、荒い。
 やはり先ほどのダメージが回復していないのか、魔法を連発しているためか、疲労が蓄積しているようだ。

 一方のザレアは涼しい顔で、

「今度は本数を増やしますよ。凌げますかねぇ、メリエルさん」

 ふたたび鎌の群れによる攻撃を開始する。

 刃の爆撃ともいうべきそれらを、メリエルは無数の魔法で弾き、防ぎ、あるいは反撃を繰り出し──。
 そのすべてがザレアに弾き返される。

「く、ぁぁっ……あぅ……ぅっ……」

 防ぎきれない斬撃が、メリエルの腕を、足を切り裂いた。
 青い鮮血が周囲に散る。

「このまま……では……っ」

 メリエルが苦鳴をもらした。

 戦況は明らかに──彼女が劣勢だった。

「あはははははは! みじめですねぇっ! 本来のあなたならこれくらい簡単に防げるでしょうに! 人間ごときをかばって、傷を負って、消耗して! みじめすぎますよぉ!」

 ザレアが楽しげに叫んだ。
 嗜虐の悦びに満ちた笑顔で。

「メリエルさん、だめです! それ以上は──」

「あたしたちをかばうのは、もうやめて──」

 リリスはアリスとともに悲痛な叫びを上げた。

 メリエルが魔将だと知らされたときは悲しかった。
 裏切られたと思った。

 だが、違う。

 やはりメリエルはメリエルだ。

 たとえ種族がどうであれ、立場がどうであれ──。
 今こうして自分たちを守ってくれているメリエルを、やはり信じたい。

 だから──。

「わたくしにも分からないと……申し上げたはずです」

 ザレアの鎌を防御呪文で弾き、いなしながら、うめくメリエル。

「どうしてここまで……人間のために……」

「まあ、なんでもいいですよ。とりあえず、今のメリエルさんはウザいです」

 ザレアが表情を歪めた。
 不快と嘲笑の入り混じった顔で、

「なので殺しますね、ふひひひ」

 今までの倍の数の鎌が、四方から迫った。

「させないっ」

 リリスが飛び出した。
 もうこれ以上、見ているだけでは我慢できなかった。

「だめです、さがっていてください!」

「放っておけるわけないでしょ!」

 ハッとした顔で振り返ったメリエルに、リリスが叫ぶ。

「そうです! 私たちだって──」

雷襲弾(サンダーバレット)!」

魔防壁(シールド)!」

 リリスが雷撃を、アリスが防御を、それぞれの呪文でなんとかメリエルの援護をしようとする。
 だが、

「ぬるい! ぬるすぎて笑っちゃいますよぉ!」

 ザレアの鎌は雷撃を易々と吹き散らし、魔力の防壁を紙切れのように切断した。

 そのまま突き進んだ鎌は、メリエルが放った魔力の弾丸に弾かれ、跳ね返される。
 彼女のフォローがなければ、リリスもアリスもなすすべもなく鎌に切り裂かれていただろう。

「駄目だ──」

 込み上げる、絶望感。

 力が違いすぎる。
 やはり、援護にすらならない──。

「……ありがとう」

 メリエルがぽつりとつぶやいた。

「メリエル……?」

「なぜあなたたちを護りたいのか……今、分かった気がします」

 寂しげな微笑みにハッと息を飲む。
 今にも消えてなくなりそうな、儚げな笑みに。

「嬉しかったのです。あなたたちと一緒にいられるだけで。言葉を交わし、ともに過ごすだけで──そんな単純なことが。単純すぎることが……不思議な、くらいに」

 告げて、メリエルは背を向けた。

「だから、あなたたちだけは守りたい──いいえ、守ってみせます!」

 その頭上に浮かぶ千の杖が、いっせいに明滅する。



 そして──メリエルは最後の攻撃を仕掛けた。

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