3 「審査開始といこうか」

文字数 3,641文字

「うわ、これ全員が受験者なのか……」

 俺は周囲を見回して軽くため息をついた。

 会場には何百人という受験者が集まっている。
 この中から合格するのは通常一人か二人程度。……狭き門である。

 ギルドの入会審査の流れはこうだ。

 午前中に簡単な筆記試験とギルド職員による面接。
 午後から夜にかけて本職の冒険者を相手に模擬戦を三回。

 それぞれで点数をつけ、一定の得点に達した者は入会を認められる──とリリスやアリスから教わっていた。

 中でも重要なのは午後から行われる模擬戦だ。

 筆記試験と面接は最低限の社会常識や人柄などをチェックするためのもので、ここで落ちる人間はほぼいないらしい。
 実質的には模擬戦の成績で基準を満たすかどうか──それが合格者と不合格者を分けるラインだという。

 模擬戦の採点基準は単純だ。
 試験官である冒険者と五分間戦い、その内容で点数を付ける。

 単に勝ち負けを見るのではなく(そもそも普通にやれば、志願者が試験官に勝つことはまずないそうだ)、あくまでも戦いの中で繰り出した技や魔法の威力、あるいは戦いの駆け引き能力などを総合的に採点するんだそうだ。

 そうこうしているうちに、まずは筆記試験が始まった。

 内容は中等部で習うような簡単な問題がほとんどだった。
 面接の方も『当ギルドを志望した理由をお聞かせください』とか『学生時代に何をされていましたか』とか型通りの質問のみ。
 本当に形式だけ、って雰囲気である。

 何事もなく筆記と面接を終え、昼休みを挟み──午後の模擬戦の時間になった。

「さあ、ここからが本番だ」

 俺は気合を入れ直した。



 模擬戦はギルド会館に併設された別館の闘技場で行われる。

 物理・魔法攻撃ともにダメージを軽減する特殊な結界装置が何重にも仕込まれているんだとか。

 装置自体はかなり大がかりな上に、外部からの衝撃には強くないから、対魔獣や魔族との実戦には使えない。
 だけど、こういう志願者の実力を測るための模擬戦にはもってこいの場所ってわけだ。

 案内されたのは、第三闘技室。

「失礼します」

 俺は緊張気味に部屋の扉を開けた。

「よく来たな、小僧」

 試験官──胸のプレートを見ると、ダルトンさんっていうらしい──はニヤリと笑った。

 筋骨隆々とした大男だ。

 年齢は三十過ぎくらいだろうか。
 髭面に三白眼で、荒くれ者っぽい外見だった。
 いかにも戦士風なんだけど、右手に杖を持っているところを見ると、どうやら魔法使いらしい。

「お前の資質を見させてもらうぞ──審査開始といこうか」

「よろしくお願いします」

 一礼する俺。

「うむ、よろしくな」

 ダルトンさんが礼を返す。
 それから手にした書類に目を通し、

「受験番号775番、ハルト・リーヴァ。申請には防御主体の魔法使いとあるな。じゃあ、さっそくだがお前の防御能力をテストさせてもらう」

 言って、杖を構えるダルトンさん。

「やることは単純だ。俺が今から攻撃魔法を撃つ。お前は防御魔法でそれを防ぐ」

「これって強力な攻撃を防げば、それだけ高得点なんですか?」

「ん? まあ、そうなるが……俺はランクAの冒険者だぞ。志願者の防御魔法で防ぎきれるものじゃない」

 ダルトンさんが眉を寄せた。

「結界装置があるとはいえ、絶対安全というわけじゃない。できるだけ怪我はさせたくないから、ある程度の手加減はさせてもらう」

「あの、俺は平気なので──できれば全力で来てもらえませんか?」

 気遣いに感謝しつつも、俺はそう申し出た。

 何せ冒険者の審査は競争率が高い。
 実質的に模擬戦の結果でほぼ合否が決まるみたいだから、三回とも可能な限り高い点数を取っておきたかった。

 俺のアピールポイントは防御能力。
 手っ取り早いのは、高火力の攻撃魔法や高威力の武器攻撃を防いでみせることだろう。

「高得点狙いなんだろうが、危険だぞ」

 ダルトンさんの表情は険しい。

 不快感とかじゃなく、俺のことを心配してくれてるみたいだ。
 強面だけど優しい人らしい。

「たとえ大怪我したとしても、それは俺自身の責任ですから。お願いします」

「……分かった。だがお前の力をある程度見極めてからだ。模擬戦は五分やることになっているから、最初の三分は手加減して、大丈夫そうなら残り二分は全力で行く。それでいいか?」

 俺はダルトンさんの提案をありがたく受け入れ、模擬戦が始まった。
 ──三分どころか、最初の一分でダルトンさんの表情が変わった。

「お前、なんだその防御魔法は──」

 彼が放った火炎を、雷撃を、旋風を──。
 俺は前面に展開した極彩色の輝きでいともあっさり弾き散らす。

通常級魔法(コモンスペル)ではビクともせんか……ならば!」

 ダルトンさんは両手で杖を構え、

上級魔法(アンコモンスペル)でいく。気合入れて防御しないと怪我するからな!」

 警告しつつ、今までよりも長い呪文の詠唱に入った。

 魔法は、その威力に応じてランクが分かれている。
 下から順番に通常級魔法(コモンスペル)上級魔法(アンコモンスペル)、そして超級魔法(レアスペル)だ。

 いよいよ本気モードってわけか。
 俺は相手の動きを注視する。

『絶対にダメージを受けない』といっても、それはあくまでも『スキルが発動しているときは』という但し書きがつく。

 発動のタイミングを失敗すれば、当然直撃する。
 逆に言えば、タイミングさえ間違わなければ無敵──ということでもある。

「さあ、どこまで防げる? 見せてみろ、お前の力を──火獄炎葬(フューネラルフレイム)!」

 ダルトンさんの杖から真紅の火炎が渦を巻いて飛び出した。

 周囲の空間が軋み、明滅する。
 今までよりも強力な魔法に、結界装置が激しく反応しているみたいだ。

 大気を焼きながら突き進んだ火炎は、そのまま俺に向かい──、

「弾け」

 俺は余裕を持ったタイミングで念じた。
 同時に、目の前に二枚の翼を広げた天使の紋様が浮かび上がる。

 火炎魔法は、俺が展開した護りの障壁(アーマーフェイズ)によって簡単に吹き散らされた。

「なっ……!?

 自信を持って放ったであろう魔法を簡単に防がれたダルトンさんは、呆然と目を見開いた。

「馬鹿な……今のは、俺がもっとも得意とする攻撃魔法だぞ……!? ええいっ」

 ダルトンさんはもう一度呪文を唱え始めた。
 さすがにランクAの冒険者だけあって、即座にショックから立ち直ったらしい。

 ──そこから先は魔法の乱れ撃ちだった。

 火炎、雷撃、旋風、氷結。
 あらゆる種類の魔法が次々と俺に叩きこまれる。

 とはいえ、魔法を放つ際にはなんらかの呪文や予備動作が必要になるはずだ。
 相手が魔法を放つ前に、前もってスキルを発動することはたやすい。

「防げ」

 ふたたび出現する極彩色の輝き。

 俺の正面で無数の爆発が起こり、衝撃波が吹き荒れた。
 闘技場が壊れるんじゃないかというくらいの震動が、爆光が、絶え間なく巻き起こる。

 もし結界装置がなかったら、この建物が倒壊するんじゃないかってくらいの攻撃エネルギーだろう。

 だけど、そのすべてが徒労に終わる。

 俺の護りの障壁(アーマーフェイズ)は竜の攻撃すら完封する無敵の防壁。
 ダルトンさんには悪いけど、この程度の魔法では揺らがない。
 揺らぐはずもない。

 ──やがて制限時間の五分が過ぎ、模擬戦は終わった。

「はあ、はあ、はあ、はあ……」

 ダルトンさんは魔法の連発で体力も魔力も使い果たしたのか、荒い息をついていた。

「な、何者なんだ、お前……!?

 呆然と俺を見つめる。

超級魔法(レアスペル)クラスの防御魔法でもここまでは……! し、信じられん……」

 俺としては満足の一戦だった。
 よし、この反応は高得点を期待できるんじゃないかな。

「……こいつは有望株だな」

 ダルトンさんはようやくショックから立ち直ったのか、代わりに満面の笑みを浮かべた。

「次の模擬戦は一時間後だ。今度は、俺とは比べ物にならんくらい手ごわい相手だが、がんばれ。ギルドとしても強い戦力は一人でも多く欲しいからな。特に最近は魔獣や魔族の出現が増えてきているし……」

 と、ダルトンさんは俺にエールを送ってくれた。

「ありがとうございます。あの、次の試験官って?」

「ああ、お前も名前は聞いたことがあるんじゃないか? ランクSの冒険者で『(ひょう)(じん)』の──」

 言いかけたとき、部屋の外でうなり声のようなものが聞こえてきた。

 一体なんだ……!?
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