1 「海水浴です」

文字数 2,363文字

 俺たちは噴水公園から宿に戻ってきた。

「俺、ギルドへの報告がすんだら、古竜の神殿に行くよ」

 リリスたち四人に、俺は言った。

 エレクトラとの戦いを終えてから考えていたことだった。

 また他のスキル保持者(ホルダー)に襲われるかもしれない。
 またリリスたちが巻きこまれるかもしれない。
 俺が戦いを望まなくても、相手は一方的に攻めてくるかもしれない。

 だから、俺はもっと──自分の力を磨きたい。

「古竜の神殿って?」

「エリオスシティにあるっていう古代遺跡だよ」

 たずねるリリスに説明する。

「探索の依頼でも受けているの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……」

 俺は言葉を詰まらせた。

 エレクトラの予知で見た、あの景色。
 女神さまが言った、俺がさらなる力を得るかもしれないという可能性。

 その鍵を握る場所──それが古竜の神殿だ。

 だけど神のスキルの話は、リリスたちにはできないし……うーん、なんて説明したらいいんだろう。

「私もハルトと一緒に行く」

 ルカが俺を見た。

「いいえ、ぜひ行きたいの」

 ぐいっと顔を近づける。
 いつも通りの無表情だけど、その目には強い光が浮かんでいた。

「おお、ルカちゃん、積極的です。遺跡デートですねっ」

「え、ちょっと、ルカ。あなた、いつの間にハルトのことを……!?

 はしゃぐアリスに、戸惑うリリス。

「デート?」

 キョトンとしたルカは、

「私はエレクトラに占ってもらったの。古竜の神殿──そこに、力を得る鍵があると」

「力を……得る?」

「私はもっと強くなりたい」

 ──ルカにはルカの理由があるってことか。

「遺跡には何があるか分からないわ。剣は私が、防御はハルトが。いい組み合わせだと思うけれど」

「確かにな。じゃあ一緒に行くか」



 ──今から一週間後、新月の夜。エリオスシティの遺跡である古代神殿。君はそこに訪れる──



 エレクトラの言葉をあらためて思い返す。

「あいつの予言だと、一週間後の新月の夜に行けばいいらしい」

「一週間後……」

 ルカはわずかに眉を寄せた。

「私は、できればすぐに行きたい。早く、もっと強くなりたい」

 言って、俺を見つめるルカ。

 彼女の瞳がふっと和らいだ気がした。
 ん、どうしたんだ?

「……でもハルトが言うなら、そうする」

「随分と素直ね……」

「強さを求めるより、ハルトくんに従うなんて……どうしちゃったの、ルカ」

 リリスとサロメが驚いたような顔をする。

「恋の力ですねっ」

 アリスがふたたびはしゃいだ。

「こ、恋……?」

 ルカは頬を赤らめる。

 いや、さすがになんでもかんでも恋バナに結びつけるのはどうかと……。



 その後、俺たちは王都グランアドニスに戻った。

「お帰りなさい、お姉さまっ」

 ギルド支部に行くと、赤い髪をセミロングにした女の子が走ってきた。
 アイヴィだ。

「よかった、ご無事で──」

 涙ぐんでルカに抱きつくアイヴィ。
 ルカはそんな彼女を抱きしめ、よしよしをするように頭を撫でている。

「ちょうど依頼で別の町に出かけた直後に、お姉さまが消息を絶ったと聞かされて……」

 ぐしゅ、ぐしゅ、と涙声で告げるアイヴィ。

「心配をかけたのね。ごめんなさい」

「……まさか、ハルト・リーヴァに助けられた、なんてことは」

 ルカの胸から顔を上げたアイヴィは、俺のほうを見た。

「そうよ」

「……ふーん」

 アイヴィはジト目になった。
 あいかわらず俺にはツンツンしてるな、この子。

「まあ、礼は言っておきますわ。ありがと」

 頬を赤らめ、ぷいっとそっぽを向く。

「お二人とも無事だったんですね。安心しました」

 と、廊下の向こうから歩み寄ってきたのは、黒髪をシニョンにした二十代半ばくらいの受付嬢。
 俺もよく仕事の紹介をしてもらうジネットさんだ。

 どうやら休憩時間らしかった。

「ちょうどよかった」

 ルカがジネットに言った。

「私はエリオスシティに行くから、後で申請を出しておくわ」

「エリオスシティ……サーラ王国の都市ですね。時期はいつでしょうか?」

「六日後よ」

 と、ルカ。

「申請って?」

「ああ、ランクS冒険者については緊急時に連絡を取るために、他国などへ遠出するときは申請書を出してもらっているんです」

 たずねた俺に、ジネットさんが説明してくれた。
 そんな規則があるのか。

「それまで疲れを癒すためにも、みんなで海に行くのはどう?」

 リリスが唐突に提案した。

「このところ仕事続きだし。ちょっとした休暇旅行ってことで。海水浴よ」

「ボクもさんせー」

 サロメがひょこっと手を上げる。

「ハルトくん、ボクの水着姿、楽しみにしててねっ」

「では、お姉さまも水着姿になるのですねっ」

 アイヴィが目をきらきらさせて叫んだ。

「私は剣の修業をしたいけど……」

「いいじゃないですか。休むのも修業のうちと言いますし」

 困惑気味のルカをアリスがとりなした。

「ルカちゃんも一緒に行きましょう~」

「そうだな、リフレッシュも大事だと思うぞ」

 俺もルカを促す。

「……そうね」

「お姉さまが行くなら、もちろんアイヴィもお供させていただきますっ」

 アイヴィが勢い込んで叫んだ。

「メリエルさんも誘いたいんですけど、今は里帰り中らしくて……」

 と、アリスがため息をつく。
 そういえば、最近彼女を見かけないな。

 ともあれ、なし崩し的にみんなで海水浴に行く流れになったのだった──。
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