8 「力押しだ」
文字数 2,786文字
カーバルシティの中心にある領主の城。
堅固な門扉に向かって、黒い影が突進する。
全身を覆う青黒い外殻はメタリックな光沢を持ち、騎士の甲冑を連想させる。
腰からは尾が伸び、顔全体を狼のような仮面が覆っている。
獣騎士形態 。
強化、変形した皮膚に覆われ、異形と化したジャックの姿だ。
「くっ、いいかげんに離せ! 私を人質にでもする気か、卑怯者!」
「少し黙っていろ。舌を噛むぞ」
怒声を上げるミランダを意に介さず、告げるジャック。
彼女を右肩に担いだまま、獣騎士は一直線に駆けた。
「ここはレヴィン様の治める地!」
「止まれ!」
十数人の騎士たちが立ちはだかった。
いずれも全身甲冑姿で、手に手に長剣を携えている。
額には淡く輝く紋章。
レヴィンの支配下にある証だろう。
ジャックは一顧だにしなかった。
「──どけ」
無造作に振った左腕が突風と衝撃波を生み出し、騎士たちをまとめて吹き飛ばす。
「悪いが、手加減していられない。さっさとレヴィンに会って、全部やめさせるために──力押しだ」
なおもジャックは進んだ。
今度は魔法使いたちが現れ、攻撃呪文を撃ってくる。
渦巻く火炎が、黄金の光弾が、水流の槍が、巨大な岩弾が──次々と叩きつけられる。
小さな館程度なら跡形もなく吹き飛びそうなほどの呪文爆撃。
「無駄だ」
強化され、絶大な防御力を誇る甲冑と化した彼の皮膚は、それらを易々と弾いた。
「お前らも──どけ」
そのまま加速し、先ほどの騎士たち同様に衝撃波で薙ぎ払う──。
と、そのとき、足元の感覚がいきなり消失した。
「っ……!?」
「かかったな、侵入者!」
敵の一人が快哉を叫ぶ。
落とし穴だった。
穴の底まで、おそらく十数メティルはあるだろう。
普通の人間なら、まず墜死は免れない。
しかも強化された視力で見てみると、穴の底には一面に鋭い槍が備えられていた。
古典的だが、それゆえに威力は絶大な罠。
とはいえ、
「これくらいの罠なら、地面まで落ちても死なないだろうが……」
ジャックはわずかに顔をしかめる。
「ミランダが危険だな」
「……敵である私を心配しているのか。お優しいことだ」
「誰であろうと他人が傷つくのは嫌なだけだ。それに、今はこんな罠で費やす時間も無駄だからな。少しでも早く、レヴィンに会わないと──会って、俺や周りにちょっかいを出すのを止めさせければ、気が済まない」
右肩に担いだミランダに言いながら、ジャックは思案する。
突破の方法を。
いくら彼の身体能力が人間をはるかに超えているとはいえ、空を飛ぶことなどできはしない。
「──伸びろ」
黒い獣騎士は左手をまっすぐに突き出した。
人差し指の爪が伸びるスピードを強化し、同時に硬質化。
数メティルほどに伸びた爪が壁に突き刺さり、ジャックの落下を止めた。
だが、
「終わりだ、侵入者!」
突然、周囲が炎に包まれた。
どうやら落とし穴に加え、発火装置で焼き殺す二重のトラップだったらしい。
「ちっ……」
ジャックは小さく舌打ちした。
敵は、彼が担いでいるミランダの安全など気にも留めていないのだろう。
それにジャック自身も──強化皮膚は炎程度では焦げ付きさえしないだろうが、煙を吸って肺をやられるのはまずい。
肺を強化して逃れる手もあるが──。
「次から次へと」
ジャックはため息交じりに壁を蹴り、その反動で反対側の壁を──さらにまた反対側へ、と連続して壁面を蹴る。
その勢いで一気に上昇した。
炎の包囲網から逃れ、地面に降り立つ獣騎士。
「な、なんだ、こいつ……!?」
「身体能力だけで、全部突破する気か……!?」
「どけ、と言っているだろう」
おののく敵の残りを、衝撃波で一掃する。
その後も、ジャックはまさしく敵の言葉通り──強化された身体能力だけで、あらゆる罠を突破していった。
「これほど短時間で侵入してくるとは……」
「罠が駄目なら、力ずくで止めるしかないな……」
城の前にはずらりと並んだ騎士や魔法使いたちの姿があった。
先ほどの連中とは、気配が明らかに違う。
ここを守護する精鋭たちだろうか。
「退けば、よけいな怪我はせずにすむぞ」
いちおう警告するが、彼らはもちろん退かなかった。
戦いは、避けられない。
だが、ジャックに不安も恐怖もなかった。
自身の力がどんどんと増大していくのが分かる。
レヴィンに初めて会ったときもそうだが、先日の魔将との戦いでハルトに出会ってから、ジャックの強化スキルはさらに強くなっていた。
「できれば戦いなんかじゃなく、仕事に使いたいんだけどな。この力……」
今までは常人の数十倍から数百倍の荷物を運んでいたが、もしかしたら今なら数千倍の量の荷物を運べるかもしれない。
そうなれば、ハイマット運送もさらに躍進するだろう。
楽しみだ。
そんな未来をつかむためにも、まずはレヴィンと話を付けなければならない。
王国作りだの、支配圏の拡大だのに興味はない。
ただジャックの平穏を脅かすことは許さない。
周囲にいる気のいい奴らや、大切な女性に、支配の手を伸ばすなら、断固として立ち向かう──。
「戦いの最中に考えごとか!」
「舐めるな!」
五人の騎士が次々と斬撃を叩きつける。
ジャックは意に介さず進んだ。
打ちこまれた剣は、いずれも黒い甲冑のような皮膚に弾かれ、傷一つつけられない。
「ならば、これで──」
今度は魔法使いたちの攻撃呪文だ。
ジャックが担いでいるミランダごと焼き尽くそうというのか、七発の魔力弾が次々に向かってきた。
彼は、これも意に介さない。
腕の一振りで突風を生み出し、魔力弾を吹き飛ばした。
周囲に着弾した魔力弾が次々と爆炎を上げる中、黒い獣騎士は静かに進んでいく。
「お前たちじゃ俺を止められない。傷つけることもできない。おとなしく道を開けろ」
「くっ……」
「それでも立ちはだかるなら──やりたくはないが、力ずくで押し通ることになる。怪我を負うことも覚悟してもらう」
静かな、だがそれゆえに強烈な威圧のこもった赤い眼光が、騎士や魔法使いたちをたじろがせた。
そして──ジャックは城の最奥へとたどり着く。
「レヴィン・エクトール……!」
前方には、玉座に似た豪奢な椅子に座した少年の姿があった。
艶のある黒髪に秀麗な美貌。
涼しげな瞳には強い意志の光が宿る。
まさしく──王者の風格だ。
堅固な門扉に向かって、黒い影が突進する。
全身を覆う青黒い外殻はメタリックな光沢を持ち、騎士の甲冑を連想させる。
腰からは尾が伸び、顔全体を狼のような仮面が覆っている。
強化、変形した皮膚に覆われ、異形と化したジャックの姿だ。
「くっ、いいかげんに離せ! 私を人質にでもする気か、卑怯者!」
「少し黙っていろ。舌を噛むぞ」
怒声を上げるミランダを意に介さず、告げるジャック。
彼女を右肩に担いだまま、獣騎士は一直線に駆けた。
「ここはレヴィン様の治める地!」
「止まれ!」
十数人の騎士たちが立ちはだかった。
いずれも全身甲冑姿で、手に手に長剣を携えている。
額には淡く輝く紋章。
レヴィンの支配下にある証だろう。
ジャックは一顧だにしなかった。
「──どけ」
無造作に振った左腕が突風と衝撃波を生み出し、騎士たちをまとめて吹き飛ばす。
「悪いが、手加減していられない。さっさとレヴィンに会って、全部やめさせるために──力押しだ」
なおもジャックは進んだ。
今度は魔法使いたちが現れ、攻撃呪文を撃ってくる。
渦巻く火炎が、黄金の光弾が、水流の槍が、巨大な岩弾が──次々と叩きつけられる。
小さな館程度なら跡形もなく吹き飛びそうなほどの呪文爆撃。
「無駄だ」
強化され、絶大な防御力を誇る甲冑と化した彼の皮膚は、それらを易々と弾いた。
「お前らも──どけ」
そのまま加速し、先ほどの騎士たち同様に衝撃波で薙ぎ払う──。
と、そのとき、足元の感覚がいきなり消失した。
「っ……!?」
「かかったな、侵入者!」
敵の一人が快哉を叫ぶ。
落とし穴だった。
穴の底まで、おそらく十数メティルはあるだろう。
普通の人間なら、まず墜死は免れない。
しかも強化された視力で見てみると、穴の底には一面に鋭い槍が備えられていた。
古典的だが、それゆえに威力は絶大な罠。
とはいえ、
「これくらいの罠なら、地面まで落ちても死なないだろうが……」
ジャックはわずかに顔をしかめる。
「ミランダが危険だな」
「……敵である私を心配しているのか。お優しいことだ」
「誰であろうと他人が傷つくのは嫌なだけだ。それに、今はこんな罠で費やす時間も無駄だからな。少しでも早く、レヴィンに会わないと──会って、俺や周りにちょっかいを出すのを止めさせければ、気が済まない」
右肩に担いだミランダに言いながら、ジャックは思案する。
突破の方法を。
いくら彼の身体能力が人間をはるかに超えているとはいえ、空を飛ぶことなどできはしない。
「──伸びろ」
黒い獣騎士は左手をまっすぐに突き出した。
人差し指の爪が伸びるスピードを強化し、同時に硬質化。
数メティルほどに伸びた爪が壁に突き刺さり、ジャックの落下を止めた。
だが、
「終わりだ、侵入者!」
突然、周囲が炎に包まれた。
どうやら落とし穴に加え、発火装置で焼き殺す二重のトラップだったらしい。
「ちっ……」
ジャックは小さく舌打ちした。
敵は、彼が担いでいるミランダの安全など気にも留めていないのだろう。
それにジャック自身も──強化皮膚は炎程度では焦げ付きさえしないだろうが、煙を吸って肺をやられるのはまずい。
肺を強化して逃れる手もあるが──。
「次から次へと」
ジャックはため息交じりに壁を蹴り、その反動で反対側の壁を──さらにまた反対側へ、と連続して壁面を蹴る。
その勢いで一気に上昇した。
炎の包囲網から逃れ、地面に降り立つ獣騎士。
「な、なんだ、こいつ……!?」
「身体能力だけで、全部突破する気か……!?」
「どけ、と言っているだろう」
おののく敵の残りを、衝撃波で一掃する。
その後も、ジャックはまさしく敵の言葉通り──強化された身体能力だけで、あらゆる罠を突破していった。
「これほど短時間で侵入してくるとは……」
「罠が駄目なら、力ずくで止めるしかないな……」
城の前にはずらりと並んだ騎士や魔法使いたちの姿があった。
先ほどの連中とは、気配が明らかに違う。
ここを守護する精鋭たちだろうか。
「退けば、よけいな怪我はせずにすむぞ」
いちおう警告するが、彼らはもちろん退かなかった。
戦いは、避けられない。
だが、ジャックに不安も恐怖もなかった。
自身の力がどんどんと増大していくのが分かる。
レヴィンに初めて会ったときもそうだが、先日の魔将との戦いでハルトに出会ってから、ジャックの強化スキルはさらに強くなっていた。
「できれば戦いなんかじゃなく、仕事に使いたいんだけどな。この力……」
今までは常人の数十倍から数百倍の荷物を運んでいたが、もしかしたら今なら数千倍の量の荷物を運べるかもしれない。
そうなれば、ハイマット運送もさらに躍進するだろう。
楽しみだ。
そんな未来をつかむためにも、まずはレヴィンと話を付けなければならない。
王国作りだの、支配圏の拡大だのに興味はない。
ただジャックの平穏を脅かすことは許さない。
周囲にいる気のいい奴らや、大切な女性に、支配の手を伸ばすなら、断固として立ち向かう──。
「戦いの最中に考えごとか!」
「舐めるな!」
五人の騎士が次々と斬撃を叩きつける。
ジャックは意に介さず進んだ。
打ちこまれた剣は、いずれも黒い甲冑のような皮膚に弾かれ、傷一つつけられない。
「ならば、これで──」
今度は魔法使いたちの攻撃呪文だ。
ジャックが担いでいるミランダごと焼き尽くそうというのか、七発の魔力弾が次々に向かってきた。
彼は、これも意に介さない。
腕の一振りで突風を生み出し、魔力弾を吹き飛ばした。
周囲に着弾した魔力弾が次々と爆炎を上げる中、黒い獣騎士は静かに進んでいく。
「お前たちじゃ俺を止められない。傷つけることもできない。おとなしく道を開けろ」
「くっ……」
「それでも立ちはだかるなら──やりたくはないが、力ずくで押し通ることになる。怪我を負うことも覚悟してもらう」
静かな、だがそれゆえに強烈な威圧のこもった赤い眼光が、騎士や魔法使いたちをたじろがせた。
そして──ジャックは城の最奥へとたどり着く。
「レヴィン・エクトール……!」
前方には、玉座に似た豪奢な椅子に座した少年の姿があった。
艶のある黒髪に秀麗な美貌。
涼しげな瞳には強い意志の光が宿る。
まさしく──王者の風格だ。