7 「信じて」
文字数 3,191文字
俺の体を真上に吹っ飛ばしたのは、どうやら突風を巻き起こす攻撃呪文のようだった。
中空まで吹っ飛ばされた俺はそこでスキルを展開。
十メティルほどの高度から地面まで落下したが、当然ノーダメージだ。
「ちっ、今のタイミングで避けやがるとは……誰だ、邪魔をしやがったのは!」
グレゴリオが舌打ちする。
「大丈夫、ハルト!」
「無事でよかったです~」
路地の向こうからやって来たのはリリスとアリスだった。
今のは、たぶんリリスの呪文だろう。
魔将ガイラスヴリムとの戦いでも、同じ要領で戦場まで飛ばしてもらったことがあるし、その応用か。
「助かったよ。ありがとう、リリス」
俺は護りの障壁 をまとったまま、グレゴリオと向き合う。
今度は不意打ちなんて食らわない。
最警戒だ。
「……お前のスキルは、まっすぐにしか撃てないんじゃなかったのか?」
「嘘に決まってんだろ? 俺の『殺し』の力は、任意の場所に赤い玉を出せる──今度は嘘じゃねーぜ。分かったところで防げないからな、ははは」
楽しげに笑うグレゴリオ。
「光縛鎖 !」
アリスの手から黄白色に輝く魔力エネルギーの鎖が飛んだ。
「捕縛魔法かよ? 無駄だぜぇ──」
グレゴリオの瞳に紋様が浮かぶ。
「対魔装填 」
今までの赤い紋様とは違い、青い輝きを持った紋様だ。
「具象封滅 」
生み出された青い光球が魔力の鎖を迎撃した。
光球に触れたとたん、魔力の鎖が砕け散る。
「そんな!?」
驚きの声を上げるアリスに、グレゴリオが嘲笑を送る。
「効くかよ、そんなもん。俺様が殺せるのは人間だけじゃない。今のは『魔力を』殺したんだ」
こいつ──。
俺が防御スキルをいくつかの形態に変化させられるのと同じように、こいつの『殺す』スキルにもバリエーションがあるってことか。
「これなら──」
アリスがなおも魔法を放つ。
放たれたのは、銀に輝く魔力の縄。
さっきと似たような捕縛魔法だろうか。
その周囲に、キラキラした輝きが見えた。
ん、なんだ──?
「無駄だっての」
グレゴリオが青い光球で迎撃すると、それも粉々になる。
「あと一発でいったん打ち止めか……しょうがねーな、裂気装填 」
殺人鬼の瞳に今度は橙色の紋様が浮かんだ。
「具象爆空 」
そして現れるオレンジの光球。
「今度はなんだ──」
訝る俺の前で、光球は破裂し──大爆発を起こした。
もうもうと立ちこめる爆煙が、グレゴリオの姿を完全に隠した。
「気体を『殺す』スキルで空気を殺した。ま、目隠し程度の範囲しか殺せないんだがな。次の六発分が溜まるまで──しばらくお別れだ、はは」
その声が遠ざかっていく。
「待て──」
慌てて追いかけようとして、足を止めた。
これも誘いかもしれない。
視界が効かない土煙の中でスキルを使われたら、防ぎきれない可能性がある。
あいつのスキルは六発撃つと、少し時間を空けなければ次の六発を撃てないみたいだから、その時間を稼ぐために逃げたんだろう。
深追いは危険だ。
さっきだって『スキルをまっすぐにしか撃てない』なんて言っておいて、背後から不意打ちを食らったわけだし。
『一度に六発までしか撃てない』っていうのも、誘いかもしれない。
「……仕切り直し、か」
俺は追うのを諦めた。
「助かったよ、リリス」
「ハルトが無事でよかった」
リリスはホッとしたような顔で俺を見つめた。
「俺の後を追いかけてきたのか?」
「必死な顔で『ちょっと用事がある』なんて言われても、ね。嘘が下手すぎよ」
リリスが苦笑した。
「何かあるって言ってるようなものじゃない」
「リリスちゃん、本当に心配してたんですよ。もちろん、私も~」
と、アリス。
「なので、メリエルさんと別れた後、私たちでハルトさんを追いかけてきたんです」
「見たことのない魔法だったけど、あいつがギルドの冒険者たちを殺したのね?」
「ああ、マイルズシティの通り魔事件もあいつがやったって言っていた」
彼女の問いにうなずく俺。
「どうやら殺しを楽しむタイプらしい。放っておくと王都の人たちが犠牲になるかもしれない」
「止めなければいけませんね……」
アリスが暗い顔でうめいた。
「どうにかして捕まえられればいいんですが」
「魔法を殺す──って、あいつが言ってた。無効化魔法の類も操るとなると、厄介よね」
と、リリス。
「それでも捕まえないと、な」
俺は半ば自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
ただ、神のスキルのことは口外できない。
仮にあいつを捕えたとして、立証できるんだろうか?
いや──後のことはいい。
とにかく今はあいつを止めることが先決だ。
これ以上、無差別に人が殺されるのを防ぐために──。
ちくしょう、最初からリリスに協力を頼んでいればよかったんだ。
俺の判断ミスだった。
だから、このミスは絶対に取り返す。
「まず、あいつの行方をどうやって追うか──だな」
「それなら問題ないです」
と、アリスが微笑む。
「追跡用のマーキングをしておきました」
「マーキング?」
「こういう道具があるんですよ~」
アリスが懐から取り出したのは、豆粒みたいに小さな銀の玉。
「探知魔印 といいます。特定の魔力波長を出し続けるので、相手の体にくっつけておけば、それをたどって追いかけられるんです~」
「くっつけるって、いつの間に──」
「最初に捕縛魔法を防がれた後、もう一度魔法を撃ったでしょう? あれはカモフラージュだったんです。魔法と同時に、これをいっぱい投げて──いくつかは彼の服に付着したはずです」
そういえば、二度目の魔法の際に、キラキラした光が見えたような……。
やるなぁ、アリス。
確かにあいつのスキルは『魔法を殺す』って言ってたから、道具にまでは作用していないだろう。
「姉さんは自警団に連絡をお願い。まだ遠くには行ってないと思うから、なんとか捕まえないと」
「リリスちゃんはどうするつもりですか? まさか──」
「ええ、あたしとハルトであの男を追いかける」
リリスが凛と告げた。
「攻撃はあたしの役目。姉さんはサポート。いつもそうやってきたでしょ? 今回も同じよ」
「あいつは人を殺すスキル──いや、魔法を使うんだ。物理でも魔法でも防ぐすべはない。危険すぎる相手だぞ」
だから、やっぱり心配だ。
「さっき、その危険からあなたを守ったのは、あたしでしょ」
俺の警告に、リリスは悪戯っぽい笑みを返した。
「心配してくれるのは嬉しいけど、あたしだってハルトが心配なんだよ? だから──信じて。あたしは、あなたの力になりたい」
「リリス……」
俺は少し──頑なだったのかもしれないな。
神のスキル持ちを止められるのは、同じスキル持ちのみ。
そんなふうに思っていたけれど。
本当に必要なのは力を合わせることだったのかもしれない。
「それに追跡のために、あいつにつけた探知魔印 を探知できる魔法使いが必要でしょ」
「……そうだな」
俺たちだけでどうにかできるかは分からない。
だけど、自警団が奴を捕えるための足止めだけでもしておきたい。
あいつを引きつけて、他の人間が標的になるのを防ぐだけでもいい。
俺と、リリスで──。
「二人で、あいつを止めよう」
中空まで吹っ飛ばされた俺はそこでスキルを展開。
十メティルほどの高度から地面まで落下したが、当然ノーダメージだ。
「ちっ、今のタイミングで避けやがるとは……誰だ、邪魔をしやがったのは!」
グレゴリオが舌打ちする。
「大丈夫、ハルト!」
「無事でよかったです~」
路地の向こうからやって来たのはリリスとアリスだった。
今のは、たぶんリリスの呪文だろう。
魔将ガイラスヴリムとの戦いでも、同じ要領で戦場まで飛ばしてもらったことがあるし、その応用か。
「助かったよ。ありがとう、リリス」
俺は
今度は不意打ちなんて食らわない。
最警戒だ。
「……お前のスキルは、まっすぐにしか撃てないんじゃなかったのか?」
「嘘に決まってんだろ? 俺の『殺し』の力は、任意の場所に赤い玉を出せる──今度は嘘じゃねーぜ。分かったところで防げないからな、ははは」
楽しげに笑うグレゴリオ。
「
アリスの手から黄白色に輝く魔力エネルギーの鎖が飛んだ。
「捕縛魔法かよ? 無駄だぜぇ──」
グレゴリオの瞳に紋様が浮かぶ。
「
今までの赤い紋様とは違い、青い輝きを持った紋様だ。
「
生み出された青い光球が魔力の鎖を迎撃した。
光球に触れたとたん、魔力の鎖が砕け散る。
「そんな!?」
驚きの声を上げるアリスに、グレゴリオが嘲笑を送る。
「効くかよ、そんなもん。俺様が殺せるのは人間だけじゃない。今のは『魔力を』殺したんだ」
こいつ──。
俺が防御スキルをいくつかの形態に変化させられるのと同じように、こいつの『殺す』スキルにもバリエーションがあるってことか。
「これなら──」
アリスがなおも魔法を放つ。
放たれたのは、銀に輝く魔力の縄。
さっきと似たような捕縛魔法だろうか。
その周囲に、キラキラした輝きが見えた。
ん、なんだ──?
「無駄だっての」
グレゴリオが青い光球で迎撃すると、それも粉々になる。
「あと一発でいったん打ち止めか……しょうがねーな、
殺人鬼の瞳に今度は橙色の紋様が浮かんだ。
「
そして現れるオレンジの光球。
「今度はなんだ──」
訝る俺の前で、光球は破裂し──大爆発を起こした。
もうもうと立ちこめる爆煙が、グレゴリオの姿を完全に隠した。
「気体を『殺す』スキルで空気を殺した。ま、目隠し程度の範囲しか殺せないんだがな。次の六発分が溜まるまで──しばらくお別れだ、はは」
その声が遠ざかっていく。
「待て──」
慌てて追いかけようとして、足を止めた。
これも誘いかもしれない。
視界が効かない土煙の中でスキルを使われたら、防ぎきれない可能性がある。
あいつのスキルは六発撃つと、少し時間を空けなければ次の六発を撃てないみたいだから、その時間を稼ぐために逃げたんだろう。
深追いは危険だ。
さっきだって『スキルをまっすぐにしか撃てない』なんて言っておいて、背後から不意打ちを食らったわけだし。
『一度に六発までしか撃てない』っていうのも、誘いかもしれない。
「……仕切り直し、か」
俺は追うのを諦めた。
「助かったよ、リリス」
「ハルトが無事でよかった」
リリスはホッとしたような顔で俺を見つめた。
「俺の後を追いかけてきたのか?」
「必死な顔で『ちょっと用事がある』なんて言われても、ね。嘘が下手すぎよ」
リリスが苦笑した。
「何かあるって言ってるようなものじゃない」
「リリスちゃん、本当に心配してたんですよ。もちろん、私も~」
と、アリス。
「なので、メリエルさんと別れた後、私たちでハルトさんを追いかけてきたんです」
「見たことのない魔法だったけど、あいつがギルドの冒険者たちを殺したのね?」
「ああ、マイルズシティの通り魔事件もあいつがやったって言っていた」
彼女の問いにうなずく俺。
「どうやら殺しを楽しむタイプらしい。放っておくと王都の人たちが犠牲になるかもしれない」
「止めなければいけませんね……」
アリスが暗い顔でうめいた。
「どうにかして捕まえられればいいんですが」
「魔法を殺す──って、あいつが言ってた。無効化魔法の類も操るとなると、厄介よね」
と、リリス。
「それでも捕まえないと、な」
俺は半ば自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
ただ、神のスキルのことは口外できない。
仮にあいつを捕えたとして、立証できるんだろうか?
いや──後のことはいい。
とにかく今はあいつを止めることが先決だ。
これ以上、無差別に人が殺されるのを防ぐために──。
ちくしょう、最初からリリスに協力を頼んでいればよかったんだ。
俺の判断ミスだった。
だから、このミスは絶対に取り返す。
「まず、あいつの行方をどうやって追うか──だな」
「それなら問題ないです」
と、アリスが微笑む。
「追跡用のマーキングをしておきました」
「マーキング?」
「こういう道具があるんですよ~」
アリスが懐から取り出したのは、豆粒みたいに小さな銀の玉。
「
「くっつけるって、いつの間に──」
「最初に捕縛魔法を防がれた後、もう一度魔法を撃ったでしょう? あれはカモフラージュだったんです。魔法と同時に、これをいっぱい投げて──いくつかは彼の服に付着したはずです」
そういえば、二度目の魔法の際に、キラキラした光が見えたような……。
やるなぁ、アリス。
確かにあいつのスキルは『魔法を殺す』って言ってたから、道具にまでは作用していないだろう。
「姉さんは自警団に連絡をお願い。まだ遠くには行ってないと思うから、なんとか捕まえないと」
「リリスちゃんはどうするつもりですか? まさか──」
「ええ、あたしとハルトであの男を追いかける」
リリスが凛と告げた。
「攻撃はあたしの役目。姉さんはサポート。いつもそうやってきたでしょ? 今回も同じよ」
「あいつは人を殺すスキル──いや、魔法を使うんだ。物理でも魔法でも防ぐすべはない。危険すぎる相手だぞ」
だから、やっぱり心配だ。
「さっき、その危険からあなたを守ったのは、あたしでしょ」
俺の警告に、リリスは悪戯っぽい笑みを返した。
「心配してくれるのは嬉しいけど、あたしだってハルトが心配なんだよ? だから──信じて。あたしは、あなたの力になりたい」
「リリス……」
俺は少し──頑なだったのかもしれないな。
神のスキル持ちを止められるのは、同じスキル持ちのみ。
そんなふうに思っていたけれど。
本当に必要なのは力を合わせることだったのかもしれない。
「それに追跡のために、あいつにつけた
「……そうだな」
俺たちだけでどうにかできるかは分からない。
だけど、自警団が奴を捕えるための足止めだけでもしておきたい。
あいつを引きつけて、他の人間が標的になるのを防ぐだけでもいい。
俺と、リリスで──。
「二人で、あいつを止めよう」