1 「強くなってるな」

文字数 2,685文字

 森の中に極彩色の輝きが弾けた。

 目の前に、翼を広げた天使のような紋様が浮かび上がる。

 同時に、俺の周囲を光のドームが包みこんだ。
 防御スキルの基本形態──護りの障壁(アーマーフェイズ)

 効果範囲はおおよそ一メティル。
 持続時間は約一分ほど。

 ──だったんだけど。

「とりあえず五分持ったな」

 今までの限界時間の五倍程度まで持続したところで、光のドームが消える。

 もう一度念じると、瞬時に極彩色の輝きが俺の体を覆い直した。
 うん、連続使用も問題ないし、単純に持続時間が増してるみたいだ。

 よし、次のやつを試すか。

「第二の形態──不可侵領域(バリアフェイズ)

 俺が念じると、光のドームの範囲が拡大していく。

 五メティル……十メティル……。
 さらに広がり、半径五十メティルほどの巨大なドームを形成した。

 これも、以前は十メティルくらいが最大範囲だったんだけど大幅に広くなっていた。

 この空間の内部では、あらゆる魔法は発動せず、無効化される。
 対魔法用の防御スキル。

 ただし制限がある。

 無効化できるのは『発動前』の魔法のみ。
 すでに発動してしまった魔法は、その効果が消滅することはない。

「第三の形態──反響万華鏡(カレイドスコープシフト)

 ドームがふたたび縮小し、俺の周囲にまとわりつくような感じに戻った。

 こいつは第一の形態の応用バージョン。
 あらゆる攻撃を万単位に『分散』して反射するスキルだ。

 さらに、第四の形態である『破壊エネルギーを無効化する』スキル──虚空への封印(ヴォイドシール)を発動させる。

 この二種は効果範囲が変わらず、以前と比べてパワーアップしたのか、よく分からない。
 他の形態のことを考えると、前より強くなってそうな気はするんだけど……。

 最後に、先日の戦いで習得した第五の形態、宝珠の飛翔(ウイングスフィア)を試した。

『スキル自体を任意の場所まで飛ばし、そこで発動する』というスキルである。

 ただし、これにも制限がある。

 スキルを飛ばすことができるのは一か所のみ。
 同時に二カ所以上でスキルを発動することはできない。

 また飛ばせる範囲はおおよそ五十メティルほどだ。
 俺から離れた場所にいる人間を守ることもできるけど、その間は俺が無防備になるから諸刃の剣ともいえる。

「……ふう。こんなところかな」

 いったんスキルを解除した。

「少しずつスキルが強くなってるな」

 ──一週間前に、俺は神のスキルを持つグレゴリオ・ラーヴァと戦った。

 その際、互いのスキルが共鳴し、より強くなった感覚があった。

 以来、その感覚は今も続いている。
 毎日、こうして王都の外れにある森で訓練しているんだけど、そのたびに持続時間や効果範囲が徐々に増している感じだ。

 この力がどれくらいまで強くなるのか、まだ底は見えない。
 もっと強くなるのか、そろそろ伸びしろの限界なのか。

 そして、あるいは──グレゴリオ以外のスキル持ちと出会えたら、俺の力はさらに増すんだろうか。

「あ、またここにいたんだ」

 茂みを分け入り、歩み寄ってきたのはリリスだった。

「防御魔法の練習? お疲れさま、ハルト」

 リリスがタオルや飲み物を出してくれた。

 スキルを使うためには、かなり強く集中してイメージを象る必要がある。
 いつの間にか全身にうっすら汗がにじんでいた。

「ありがとう、リリス」

 礼を言って、タオルと飲み物を受け取る俺。

「ちょうどギルドに用事があったから、その帰りに……最近、よくここで訓練してるみたいだから」

 リリスがにっこりと説明する。

 でも、ギルドとここってかなり離れてるような。
 わざわざ来てくれたんだと思うと、嬉しい。

 ──この間の出来事を、彼女はどう思ってるんだろう。

 リリスを見つめながら、胸がドキンと疼いた。

 いきなりキスしてきたのって、俺を慰めるためなんだよな?
 それ以外の……あるいは、それ以上の意味もあるんだろうか?

「ど、どうしたの、ジッと見つめられたら照れちゃうよ、もう」

 リリスが恥ずかしそうにはにかんだ。

「あ、ごめん」

 言いながら、つい彼女の唇を見つめてしまい、どきんと胸が疼いた。

「明日も練習するの? よかったら、また今くらいの時間に──」

「いや、明日からは王都を離れるんだ」

 たずねるリリスに、俺は言った。

「ギルドから新しい依頼を受けてさ。明日から三日くらいミルズシティへ探索任務に行くよ」

「……そっか、行っちゃうんだ。寂しいな」

 うつむき、つぶやくリリス。
 俺も彼女としばらく会えないのは寂しい。

「じゃあ帰ってきたら……また会いましょ」

 微笑むリリスに、またドキンと胸がときめいた。

    ※

 ひと気のない荒野に、爆音が響いた。
 もうもうたる土煙が立ちこめる。

 その中心部に一人の男の姿があった。

「あーあ、やりすぎちまったか」

 彼──ジャック・ジャーセはぽりぽりと頭をかいた。

 足元の地面が巨大なクレーターのように陥没していた。
 定期的にやっている『強化』スキルの訓練だ。

 腕力を強化し、軽く地面を殴っただけでこの有様である。

「どうも、あいつに会って以来、前よりスキルが強くなってるな」

 今から一週間ほど前、ジャックは自分と同じく神のスキルを持つ少年に出会った。

 レヴィン・エクトール。

 彼が『強化』のスキルを持つように、レヴィンは『支配』のスキルを持ち、多くの兵士や美しい少女たちを従えていた。
 まるで王様のように。

「仲間になりたい、なんて言ってたけど……どうにも胡散臭いんだよな、あいつは」

 ジャックは苦笑をもらした。

 人の意志をねじ曲げ、支配する──そんなことを平然と行う人間と仲良くできるとは思えなかった。
 レヴィンと、彼が従える集団を見たときは、正直ゾッとしたものである。

 だからといって、今すぐ支配された人間を全員解放しろ、とは言えなかった。
 実際、彼がその気になれば、ジャックも支配されてしまうかもしれない。

 かかわらないのが一番だった。

 せっかくスキルを得て、自分の人生はよい方向に向かい始めたのだ。

 願わくば、このささやかな幸せがいつまでも続きますように──。

 ジャックは心から願った。
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