3 「我が名は罪帝覇竜」
文字数 2,738文字
新月の夜──。
エレクトラの予知に合わせ、俺たちは夜になってから神殿に入った。
エリオスシティで事前に聞いた話だと、ここは古竜を祭った古代の神殿だそうだ。
昔は竜を信仰する教団もあったそうだけど、今は廃れてしまったんだとか。
「今さらだけど古竜って、そもそもなんだ?」
と、たずねる俺。
俺たち三人は石造りの通路を進んでいた。
罠などの感知能力に長けたサロメが先頭で真ん中が俺、最後尾がルカだ。
かつ、かつ、と静かな神殿に俺たちの足音だけが響く。
神殿の内部は外ほど寒くはないので、俺たちは防寒マントを外していた。
「竜にもいくつかの種類があるんだよ。野生の竜や魔界の竜。そして、その中で最上級に位置する最古にして最強の竜種──それが古竜 だね」
サロメが教えてくれた。
「へえ、物知りだな、サロメは」
感心する俺。
「えへへ、褒めて褒めてー」
サロメはにっこりと笑って、胸を張った。
ぷるるん。
豊かな胸がダイナミックに揺れて、思わず視線を釘づけにされてしまう。
「……やっぱり大きな胸の方が好きなの……?」
ルカにじとっと見られた。
「ち、違うぞ、俺は──」
抗弁しようとしたところで、彼女と目が合った。
「……!」
慌てたように視線を逸らすルカ。
ん? 急にモジモジし始めたぞ?
「んー、どうしたの、ルカ?」
サロメが興味津々という感じでたずねる。
「……なんでもないわ」
ルカはわずかに目を泳がせた。
クールな彼女にしては珍しく動揺した様子だ。
「あー、分かった」
サロメはにっこりと笑った。
「さっきハルトくんとちゅーしたこと思い出してるんだ? 可愛いとこあるねー」
「っ……!」
たちまちルカの顔が真っ赤になった。
「ちちちちちちちちちちちちち違うから違うから違うから違うから違うから違うから」
動揺しまくっている。
普段のクールな態度とのギャップがやけに可愛らしい。
「ハルトと……キス……初めての……」
両手で唇を押さえているところを見ると、図星だと言っているようなものである。
そんな彼女を見て、俺もさっきの記憶がぶり返した。
竜との戦いの高揚感や、神殿探索の緊張感で、半ば頭の隅に追いやっていた記憶──。
俺の唇に触れた、柔らかなルカの唇。
くすぐるような吐息。
間近で感じた花のような香り。
俺……ルカとキス、したんだよな。
あらためて思い出すと、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。
「……ごめんなさい。私が上手く避けられなかったから……」
ルカが俺を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「い、いや、俺の方こそごめん。その……」
「……胸が、どきどきしてる」
ぽつりとつぶやくルカ。
「えっ」
「私と、その、キス……してしまったことを、ハルトが不快に思ってないなら……い、いいんだけど……」
ルカがすまなさそうな顔をする。
俺は慌てて首を左右に振った。
「不快なわけないだろ。ルカの方こそ──」
「気持ちが……落ち着かないの」
ルカが俺を見つめた。
「不思議。戦いのときよりもずっと胸が弾んで、この辺りが締めつけられるみたいになって……」
と、胸元を両手で押さえ、ため息をつく。
「あー、これは完璧に恋してるね」
サロメは満面の笑みでルカを見ていた。
「……今日のサロメ、なんだかアリスみたいなだな」
主に恋バナ関連にツッコみまくるところが。
「いつもならアリスが恋バナ担当だけど、今日はいないからねー。ボクがやるしかないでしょ」
「別に恋バナ担当は必須ってわけじゃないだろ」
「何言ってんの! 必須だよ!」
やけに力説するサロメ。
「恋にときめく乙女たちを愛でたいでしょ。萌えるよねっ」
「ま、まあ、そう……かな」
俺がつぶやいたそのとき、突然周囲を淡い輝きが照らし出した。
「なんだ……!?」
「戦神竜覇剣 が光っている……?」
ルカの長剣が、光を発していた。
鞘を透かして見えるほどのまばゆい輝き。
そういえば、ルカの剣は『フォルスグリード』って名前なんだよな。
『それの名は罪帝覇竜 』
エレクトラと戦った際に、意識内の世界で女神さまから聞いた言葉を思い出す。
七つの頭を持つ竜、グリード。
そしてもう一つ──フォルスっていうのは、たぶん兵士や傭兵などの間で広く信仰されている戦神ヴィム・フォルスのことだろう。
竜帝と戦神の名前を持つ剣、か。
しばらくして、剣の輝きは収まった。
一体なんだったんだろう?
「なあ、ルカの剣ってどこで手に入れたんだ?」
「昔、ギルドの依頼で遺跡を探索したときに見つけたの」
俺の問いに答えるルカ。
「ねえ、もしかして──あれに反応してない?」
サロメが前方を指差した。
俺には暗がりしか見えない。
「……?」
ルカも同じだったらしく、二人で顔を見合わせてしまった。
「あ、二人には見えないか。もうちょっと進めば分かるよ」
なるほど、サロメは夜目が効くから何かが見えているんだな。
俺たちはさらに進んだ。
罠らしい罠もなく、あっさりと突き当たりまで到着する。
闇に同化するような、漆黒の石扉があった。
表面には、七つの頭を持つ竜のレリーフが刻まれている。
「剣が、また光ってる……?」
ルカが腰に下げた剣を鞘から抜き放った。
竜の頭を模した柄が、美しいカーブを描く片刃の刀身が──一際まぶしく輝く。
同時に、ギギギ……と軋むような音を立てて、扉がゆっくりと開いた。
その向こうから乳白色の光があふれる。
「うっ……」
俺はまぶしさに目を細めた。
どうやら巨大なドーム状の部屋のようだ。
「これは──」
この部屋だけは石造りではなく、金属でできている。
内壁が明滅を繰り返していた。
乳白色の光の正体はこれらしい。
部屋の中央には高さ十メティルほどもある水槽があった。
「ほう、扉が開くのは随分と久しぶりだ。なるほど神魔大戦の《遺産》──扉の鍵を持っているのか」
水槽の中から声が響く。
「こんな場所まで人間が訪れるとはな」
内部には異形のシルエットが浮かんでいた。
七つの頭を持つ、黄金色の竜だ。
まさか、こいつが──。
「我が名は罪帝覇竜 。古竜 の一体だ」
エレクトラの予知に合わせ、俺たちは夜になってから神殿に入った。
エリオスシティで事前に聞いた話だと、ここは古竜を祭った古代の神殿だそうだ。
昔は竜を信仰する教団もあったそうだけど、今は廃れてしまったんだとか。
「今さらだけど古竜って、そもそもなんだ?」
と、たずねる俺。
俺たち三人は石造りの通路を進んでいた。
罠などの感知能力に長けたサロメが先頭で真ん中が俺、最後尾がルカだ。
かつ、かつ、と静かな神殿に俺たちの足音だけが響く。
神殿の内部は外ほど寒くはないので、俺たちは防寒マントを外していた。
「竜にもいくつかの種類があるんだよ。野生の竜や魔界の竜。そして、その中で最上級に位置する最古にして最強の竜種──それが
サロメが教えてくれた。
「へえ、物知りだな、サロメは」
感心する俺。
「えへへ、褒めて褒めてー」
サロメはにっこりと笑って、胸を張った。
ぷるるん。
豊かな胸がダイナミックに揺れて、思わず視線を釘づけにされてしまう。
「……やっぱり大きな胸の方が好きなの……?」
ルカにじとっと見られた。
「ち、違うぞ、俺は──」
抗弁しようとしたところで、彼女と目が合った。
「……!」
慌てたように視線を逸らすルカ。
ん? 急にモジモジし始めたぞ?
「んー、どうしたの、ルカ?」
サロメが興味津々という感じでたずねる。
「……なんでもないわ」
ルカはわずかに目を泳がせた。
クールな彼女にしては珍しく動揺した様子だ。
「あー、分かった」
サロメはにっこりと笑った。
「さっきハルトくんとちゅーしたこと思い出してるんだ? 可愛いとこあるねー」
「っ……!」
たちまちルカの顔が真っ赤になった。
「ちちちちちちちちちちちちち違うから違うから違うから違うから違うから違うから」
動揺しまくっている。
普段のクールな態度とのギャップがやけに可愛らしい。
「ハルトと……キス……初めての……」
両手で唇を押さえているところを見ると、図星だと言っているようなものである。
そんな彼女を見て、俺もさっきの記憶がぶり返した。
竜との戦いの高揚感や、神殿探索の緊張感で、半ば頭の隅に追いやっていた記憶──。
俺の唇に触れた、柔らかなルカの唇。
くすぐるような吐息。
間近で感じた花のような香り。
俺……ルカとキス、したんだよな。
あらためて思い出すと、めちゃくちゃ恥ずかしくなった。
「……ごめんなさい。私が上手く避けられなかったから……」
ルカが俺を見て、申し訳なさそうに頭を下げた。
「い、いや、俺の方こそごめん。その……」
「……胸が、どきどきしてる」
ぽつりとつぶやくルカ。
「えっ」
「私と、その、キス……してしまったことを、ハルトが不快に思ってないなら……い、いいんだけど……」
ルカがすまなさそうな顔をする。
俺は慌てて首を左右に振った。
「不快なわけないだろ。ルカの方こそ──」
「気持ちが……落ち着かないの」
ルカが俺を見つめた。
「不思議。戦いのときよりもずっと胸が弾んで、この辺りが締めつけられるみたいになって……」
と、胸元を両手で押さえ、ため息をつく。
「あー、これは完璧に恋してるね」
サロメは満面の笑みでルカを見ていた。
「……今日のサロメ、なんだかアリスみたいなだな」
主に恋バナ関連にツッコみまくるところが。
「いつもならアリスが恋バナ担当だけど、今日はいないからねー。ボクがやるしかないでしょ」
「別に恋バナ担当は必須ってわけじゃないだろ」
「何言ってんの! 必須だよ!」
やけに力説するサロメ。
「恋にときめく乙女たちを愛でたいでしょ。萌えるよねっ」
「ま、まあ、そう……かな」
俺がつぶやいたそのとき、突然周囲を淡い輝きが照らし出した。
「なんだ……!?」
「
ルカの長剣が、光を発していた。
鞘を透かして見えるほどのまばゆい輝き。
そういえば、ルカの剣は『フォルスグリード』って名前なんだよな。
『それの名は
エレクトラと戦った際に、意識内の世界で女神さまから聞いた言葉を思い出す。
七つの頭を持つ竜、グリード。
そしてもう一つ──フォルスっていうのは、たぶん兵士や傭兵などの間で広く信仰されている戦神ヴィム・フォルスのことだろう。
竜帝と戦神の名前を持つ剣、か。
しばらくして、剣の輝きは収まった。
一体なんだったんだろう?
「なあ、ルカの剣ってどこで手に入れたんだ?」
「昔、ギルドの依頼で遺跡を探索したときに見つけたの」
俺の問いに答えるルカ。
「ねえ、もしかして──あれに反応してない?」
サロメが前方を指差した。
俺には暗がりしか見えない。
「……?」
ルカも同じだったらしく、二人で顔を見合わせてしまった。
「あ、二人には見えないか。もうちょっと進めば分かるよ」
なるほど、サロメは夜目が効くから何かが見えているんだな。
俺たちはさらに進んだ。
罠らしい罠もなく、あっさりと突き当たりまで到着する。
闇に同化するような、漆黒の石扉があった。
表面には、七つの頭を持つ竜のレリーフが刻まれている。
「剣が、また光ってる……?」
ルカが腰に下げた剣を鞘から抜き放った。
竜の頭を模した柄が、美しいカーブを描く片刃の刀身が──一際まぶしく輝く。
同時に、ギギギ……と軋むような音を立てて、扉がゆっくりと開いた。
その向こうから乳白色の光があふれる。
「うっ……」
俺はまぶしさに目を細めた。
どうやら巨大なドーム状の部屋のようだ。
「これは──」
この部屋だけは石造りではなく、金属でできている。
内壁が明滅を繰り返していた。
乳白色の光の正体はこれらしい。
部屋の中央には高さ十メティルほどもある水槽があった。
「ほう、扉が開くのは随分と久しぶりだ。なるほど神魔大戦の《遺産》──扉の鍵を持っているのか」
水槽の中から声が響く。
「こんな場所まで人間が訪れるとはな」
内部には異形のシルエットが浮かんでいた。
七つの頭を持つ、黄金色の竜だ。
まさか、こいつが──。
「我が名は