6 「また今度」

文字数 2,618文字

 レヴィンに直接話を付けるしかない──。

 ジャックの中で決意が固まった。

 支配された同僚を元に戻させなければならない。
 他にも自分の周囲を嗅ぎまわったり、あるいは他の人間に手を出すつもりなら、絶対にやめさせなければならない。

 そのためには、奴の本拠地まで乗りこむのが手っ取り早いだろう。
 何よりも、他人の平穏にずかずかと土足で踏みこむようなレヴィンに対し、怒りを覚えていた。

「もう一度聞くぞ。奴は、どこにいる?」

「教えると思うか、この私が」

 ミランダは険しい表情のままだ。

「思わないな。だけど──」

 ジャックは一歩踏み出した。

 脚力を強化し、普通の人間では反応すらできないほどのスピードで肉薄する。
 ミランダの反射神経をはるかに超えた速度で、その手から剣を跳ね飛ばした。

「くっ……」

「力ずくでも聞くと言ったら?」

 そのままの流れで、ミランダの手首を取る。

 ほんの少しだけ力を込めると、女騎士の表情が苦痛にゆがんだ。

 できれば、痛めつけたくはない。
 だからこれは最小限の脅しだった。

 それでも心が痛むが──。

「やってみろ」

 だが、ミランダは脅しにも一歩も退かない気迫だ。
 火を噴くような目でジャックをにらみつける。

「どうやら貴様には勝てないようだ。痛めつけるなり、犯すなり、殺すなり、好きにすればいい。たとえどのような目に遭おうとも──私は絶対に、あの方の不利になるようなことはしない」

 筋金入りの忠誠心のようだ。

 仕方がない──。

 ジャックは決断する。
 柄ではないが、搦め手でいくか。



『確か、あの方はカーバルシティにいるんでしたっけ? 綺麗な女をたくさん侍らせてるとか……俺もあやかりてぇ』



 先ほど聞いた会話を思い起こす。

「……いや、待てよ。考えてみれば、わざわざ聞くまでもなかったな。さっきの話でお前、レヴィンの本拠地をポロッと漏らしてたぞ」

「ふん、馬鹿なことを」

「いや、確かに聞いた。あいつの本拠は──」

 ジャックはミランダの顔を見据えた。
 同時に視力と反射神経を強化する。

「ビットシティだ」

 女騎士の表情がわずかに変わった。

 図星を突かれて驚いた──わけではない。
 口元がわずかに緩み、嘲笑と安堵が同時に浮かんだのだ。

「なるほど、じゃあやっぱりカーバルシティか」

 今度もミランダの表情が変わった。

 先ほどとは違い、わずかに驚きと焦りの色が見える。

 いずれも常人なら知覚できないほどの一瞬だ。
 だがジャックの強化された視力や反射神経は、それを見極めることができた。

 最初の問いかけでわざとデタラメな都市名を言ったのは、彼女を油断させるため。
 そして次の問いかけで、先ほどミランダと同僚が話していたときに耳にした地名を口にする。

 不意打ち同然のタイミングと、一瞬の安堵から生まれた隙──そこを突かれ、ミランダはわずかに表情を変えてしまった。

「正解らしいな」

 ジャックはニヤリと笑った。
 これで確認が取れた。

「貴様──」

 一拍遅れて、ミランダが息を飲む。
 察しのよさそうな彼女のことだ、自分の表情を読み取られたことを悟ったのだろう。

「じゃあ、ちょっと付き合ってもらうぞ」

「えっ」

「腹の探り合いも、こういう人質めいたことも好きじゃない。だけど俺は、俺の大切な人たちを守りたい。守ってみせる。そのためには──」

 腕力を強化して、ミランダを軽々と肩に担ぐ。
 同時に、脚力も強化して走り出した。

 社屋の廊下内を超速で駆け抜けていく。

「……悪いな、ハンナ。デートはまた今度だ」

 すでに待ち合わせ場所についているであろう意中の女性に、ジャックは小さな声で詫びた。

    ※

 アドニス王国の東部にある都市カーバルシティ。
 その中心部にある領主の城の最奥──。

「ミランダはどうした?」

 玉座のような豪奢な椅子に座したレヴィンは、傍らの女性に問いかけた。

「調査対象S5164の定時報告で出向いています」

 答えた彼女の名はジリアン。
 綺麗な肩のラインや胸の谷間もあらわな露出度の高い豪奢なドレスに、派手な化粧の美女だ。

 彼女もミランダと同様、レヴィンの側近を務めている。
 もともとは隣国の貴族令嬢だったのだが、彼の支配下にあるアドニス王国の重臣を通じて呼び出し、スキルで支配したのだ。

 ミランダに劣らぬ美貌の持ち主であり、彼女と同じくレヴィンのお気に入りの伽役でもある。

「そろそろ戻るころじゃないのか?」

「少し遅れているようですね」

「……ふん」

 レヴィンは手元のファイルをめくった。

 そこには調査対象S──スキル保持者(ホルダー)に関する報告が書きこまれている。
 最警戒かつ最重要と目している対象であり、ミランダも念入りに調査を行っているのだろう。

 他の保持者(ホルダー)についても、ある程度の調査は進んでいる。

 防御の力を持つ冒険者の少年。
 殺戮の力を持つ殺人鬼の男。
 予知の力を持つ占い師の少女。
 神出鬼没の謎めいた女。

 そして──最後の一人。
 おそらくは冒険者ギルドの中にいると踏んでいるのだが、確たる証拠がつかめていなかった。

 この五人のうち、殺戮の力を持つ者はなんらかの事件に巻きこまれ、死亡したようだ。
 あるいは他のスキル保持者(ホルダー)と戦ったのかもしれない。

 残りの保持者(ホルダー)の中では、調査対象S5164──ミランダが調査を担当するジャック・ジャーセをもっとも重要視していた。

 なんといっても、その戦闘能力は絶大である。
 味方に引き入れることができれば、強大な戦力となるだろう。

 とはいえ、急いてはことを仕損じる。
 慎重な対応が必要だった。

「では、各地の状況報告を頼む。僕の支配の浸透度を、な」

「はっ。まずはルディスシティですが、あれからレヴィン様の配下による浸透が進み、すでに完全掌握状態に──」

 ジリアンが報告する。
 各地の領主や側近たちが次々と自分の手に落ちているのが分かった。

「僕だけの王国──形になりつつあるな」

 レヴィンは口元に笑みを浮かべ、満足げにつぶやいた。
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