2 「もっと強くなるって決めたから」
文字数 2,838文字
クラスAの魔獣──飛翔竜 。
濃緑色の鱗に覆われた十五メティルほどの体躯。
鉤爪を備えた巨大な翼。
こいつの討伐が、今回の依頼 だった。
クラスSの魔獣である竜ほどじゃないけど、その竜に近い実力を持つ上位のモンスターである。
だけど、不安はない。
恐怖もない。
「さっさと片付ける」
俺は一歩前に出た。
背後にはサロメとリリス、アリスがいる。
いつものように俺が最前列で盾役を務め、アタッカーの三人が仕留めるシンプルな戦法だ。
るおおおおおおおおおおおおおんっ。
咆哮とともにワイバーンが赤い火球を放った。
本家のドラゴンブレス並の熱量で大気を焼きながら迫るそれを、俺は悠然と見据える。
弾ける、虹色の輝き。
あらかじめて展開していた防御スキル『護りの障壁 』で火球を反射し、魔獣に叩き返す。
自らの火球を食らい、ワイバーンは苦鳴を上げた。
だけど奴はひるむことなく、今度は長い尾を繰り出してきた。
さすがに竜の亜種だけあってタフだ。
さらに時間差で、もう一度火球を撃ってくる。
尾と火球による二段攻撃──。
だけど、それも無駄だ。
ふたたび俺が防御スキルで二種の攻撃を弾こうとする。
が、それより早く、
「銀色防盾殻 !」
銀色に輝く六角形の盾が出現し、竜の火球と尾をまとめて弾き返す。
振り返れば、巨大な杖を構えたアリスが立っていた。
「焼き尽くせ、殺戮 の炎──」
今度はリリスの呪文が響く。
「天殺焔陣 !」
先端に赤い宝玉を備えた漆黒の杖──アリスと同じデザインのそれから、燃え盛る炎の渦が飛び出した。
確かこれは、火炎系の最上級呪文だ。
ワイバーンは火球で迎撃するが、リリスの火炎はそれを飲みこみ、突き進み──そのまま飛竜の巨体を燃やし尽くした。
クラスAの魔獣がたったの一撃で──倒れ伏す。
圧勝だった。
「ひええ……ボクの出番が全然ないね」
サロメは半ば驚き、半ばあきれ顔だった。
「アリスもリリスもいつの間にそんなに強くなったの? 正直、ボクがこの中で一番弱いような気がする……」
──絶大な魔法能力を持つ魔将メリエルの力を受け継いだ二人は、以前とはけた違いの強さを持つ魔法使いになっていた。
彼女たちの持つ杖は、メリエルの魔力の源である千の杖を凝縮したものなんだとか。
リリスたちが着ている黒い衣装も魔力が物質化したもので、生半可な攻撃ならあっさり弾き返すレベルの魔法結界を兼ねているそうだ。
露出度がやけに多くて、肩や太ももまで剥き出しのデザインは、その……ちょっと目のやり場に困る。
「本当に強くなったよな」
言いつつ、俺は頬が熱くなるのを自覚した。
やっぱりスタイルいいなぁ、二人とも。
「得意分野はそれぞれ違いますし、単純には比べられませんよ」
アリスがにっこりとフォローする。
「あたしたち、もっと強くなるって決めたから。守りたいものが増えたからね」
リリスの表情もいつもにも増して凛としていた。
二人が持つ魔将の杖は、おそらく魔族の標的になるだろう。
そいつらからメリエルを──友だちを守るために、力を磨く。
固い決意が、二人からあふれているのが分かった。
その後も、俺たちの快進撃は続いた。
クラスAの魔獣や魔族も、魔将クラスと渡り合ってきた俺たちには敵ですらない。
俺のスキルに、リリスの攻撃魔法やアリスの補助、防御魔法、サロメの暗殺術──その組み合わせはまさに無敵だった。
次々と討伐を続けていく。
──とある魔族との戦いの後、こんなこともあった。
「今日は一段とすごかったな、リリスもアリスも」
俺は二人の戦いぶりに感嘆していた。
クラスAの魔族『炎の大鬼 』。
身長十メティル超の巨躯と剛力、そして火炎系の魔法を操る強敵だ。
だけどリリスとアリスは絶大な魔力で、これを一蹴した。
俺やサロメの出番はほぼゼロ。
というか、二人から『自分たちだけで倒したい』と言われたのだ。
「あたしたちがまだ駆け出しだったころ……これと同じ魔族と戦ったの」
リリスが深い息を吐き出す。
「とある村に出向いたときに、炎の大鬼 が現れたのよ。ギルドのレーダーにも引っかからなかったみたいで、完全な不意打ちだった」
と、暗い顔でうつむく。
「当時のあたしたちはランクD。必死で戦ったんだけど、とても敵わなくて……村の人たちはほとんど殺された。あたしたちは何もできなかった……ただ無力だった。その村には何日か滞在していて、優しくしてくれた人たちがたくさんいたのに……誰も守れなかった」
リリスが唇を噛みしめた。
「平和な日々も、穏やかな時間も、簡単に壊されてしまう……壊れてしまう……そんな光景を目の当たりにして……でも、あたしたちは無力で」
「数時間後にギルドからランクAの冒険者が来てくれて、なんとか倒せたんですけど……たくさんの人が殺されました」
アリスの表情も沈痛だった。
俺は、彼女たちと初めて出会ったときのことを思い出す。
そう、俺の故郷であるタイラスシティが竜に襲われた、あの日──。
リリスとアリスは言っていたんだ。
『あたしたちはもう──誰も死なせたくない』って……。
「ずっと辛くて……冒険者を止めようと思ったんだけど」
リリスの微笑みは寂しげだった。
「でも、だからこそ続けなきゃ、って」
「二人でそう結論を出しました」
アリスがうなずく。
「あたしたちは弱い。それでも『魔法』という力を持っている。助けられる人もきっといる……弱いなりに、戦っていこうって」
と、リリス。
「そして今は、メリエルから託された力がある。今までよりもずっと強い力が。だから──」
「この力で、私たちはもっと多くの命を救います。救えなかった、あのときの人たちの分まで……」
アリスが続ける。
単純に、まだ引きずっているとか償いたいとか、そういうことだけじゃないんだろう。
過去への後悔や、自分を責める気持ちなんてのも二人にはきっとあるんだろう。
だけど、ただ悔んだり自責の念に苛まれるだけじゃなく──それを受け止めて、前へ進む。
リリスとアリスが目指すのは、きっとそういう道。
じゃあ、俺は──。
サロメの助手という立場で、その後も俺たちは何体もの魔族や魔獣を撃退した。
まさしく連戦連勝。
めざましい成果といってよかった。
そして二ヶ月が過ぎ──。
俺とリリス、アリスはそろってランクAに昇格した。
濃緑色の鱗に覆われた十五メティルほどの体躯。
鉤爪を備えた巨大な翼。
こいつの討伐が、今回の
クラスSの魔獣である竜ほどじゃないけど、その竜に近い実力を持つ上位のモンスターである。
だけど、不安はない。
恐怖もない。
「さっさと片付ける」
俺は一歩前に出た。
背後にはサロメとリリス、アリスがいる。
いつものように俺が最前列で盾役を務め、アタッカーの三人が仕留めるシンプルな戦法だ。
るおおおおおおおおおおおおおんっ。
咆哮とともにワイバーンが赤い火球を放った。
本家のドラゴンブレス並の熱量で大気を焼きながら迫るそれを、俺は悠然と見据える。
弾ける、虹色の輝き。
あらかじめて展開していた防御スキル『
自らの火球を食らい、ワイバーンは苦鳴を上げた。
だけど奴はひるむことなく、今度は長い尾を繰り出してきた。
さすがに竜の亜種だけあってタフだ。
さらに時間差で、もう一度火球を撃ってくる。
尾と火球による二段攻撃──。
だけど、それも無駄だ。
ふたたび俺が防御スキルで二種の攻撃を弾こうとする。
が、それより早く、
「
銀色に輝く六角形の盾が出現し、竜の火球と尾をまとめて弾き返す。
振り返れば、巨大な杖を構えたアリスが立っていた。
「焼き尽くせ、
今度はリリスの呪文が響く。
「
先端に赤い宝玉を備えた漆黒の杖──アリスと同じデザインのそれから、燃え盛る炎の渦が飛び出した。
確かこれは、火炎系の最上級呪文だ。
ワイバーンは火球で迎撃するが、リリスの火炎はそれを飲みこみ、突き進み──そのまま飛竜の巨体を燃やし尽くした。
クラスAの魔獣がたったの一撃で──倒れ伏す。
圧勝だった。
「ひええ……ボクの出番が全然ないね」
サロメは半ば驚き、半ばあきれ顔だった。
「アリスもリリスもいつの間にそんなに強くなったの? 正直、ボクがこの中で一番弱いような気がする……」
──絶大な魔法能力を持つ魔将メリエルの力を受け継いだ二人は、以前とはけた違いの強さを持つ魔法使いになっていた。
彼女たちの持つ杖は、メリエルの魔力の源である千の杖を凝縮したものなんだとか。
リリスたちが着ている黒い衣装も魔力が物質化したもので、生半可な攻撃ならあっさり弾き返すレベルの魔法結界を兼ねているそうだ。
露出度がやけに多くて、肩や太ももまで剥き出しのデザインは、その……ちょっと目のやり場に困る。
「本当に強くなったよな」
言いつつ、俺は頬が熱くなるのを自覚した。
やっぱりスタイルいいなぁ、二人とも。
「得意分野はそれぞれ違いますし、単純には比べられませんよ」
アリスがにっこりとフォローする。
「あたしたち、もっと強くなるって決めたから。守りたいものが増えたからね」
リリスの表情もいつもにも増して凛としていた。
二人が持つ魔将の杖は、おそらく魔族の標的になるだろう。
そいつらからメリエルを──友だちを守るために、力を磨く。
固い決意が、二人からあふれているのが分かった。
その後も、俺たちの快進撃は続いた。
クラスAの魔獣や魔族も、魔将クラスと渡り合ってきた俺たちには敵ですらない。
俺のスキルに、リリスの攻撃魔法やアリスの補助、防御魔法、サロメの暗殺術──その組み合わせはまさに無敵だった。
次々と討伐を続けていく。
──とある魔族との戦いの後、こんなこともあった。
「今日は一段とすごかったな、リリスもアリスも」
俺は二人の戦いぶりに感嘆していた。
クラスAの魔族『
身長十メティル超の巨躯と剛力、そして火炎系の魔法を操る強敵だ。
だけどリリスとアリスは絶大な魔力で、これを一蹴した。
俺やサロメの出番はほぼゼロ。
というか、二人から『自分たちだけで倒したい』と言われたのだ。
「あたしたちがまだ駆け出しだったころ……これと同じ魔族と戦ったの」
リリスが深い息を吐き出す。
「とある村に出向いたときに、
と、暗い顔でうつむく。
「当時のあたしたちはランクD。必死で戦ったんだけど、とても敵わなくて……村の人たちはほとんど殺された。あたしたちは何もできなかった……ただ無力だった。その村には何日か滞在していて、優しくしてくれた人たちがたくさんいたのに……誰も守れなかった」
リリスが唇を噛みしめた。
「平和な日々も、穏やかな時間も、簡単に壊されてしまう……壊れてしまう……そんな光景を目の当たりにして……でも、あたしたちは無力で」
「数時間後にギルドからランクAの冒険者が来てくれて、なんとか倒せたんですけど……たくさんの人が殺されました」
アリスの表情も沈痛だった。
俺は、彼女たちと初めて出会ったときのことを思い出す。
そう、俺の故郷であるタイラスシティが竜に襲われた、あの日──。
リリスとアリスは言っていたんだ。
『あたしたちはもう──誰も死なせたくない』って……。
「ずっと辛くて……冒険者を止めようと思ったんだけど」
リリスの微笑みは寂しげだった。
「でも、だからこそ続けなきゃ、って」
「二人でそう結論を出しました」
アリスがうなずく。
「あたしたちは弱い。それでも『魔法』という力を持っている。助けられる人もきっといる……弱いなりに、戦っていこうって」
と、リリス。
「そして今は、メリエルから託された力がある。今までよりもずっと強い力が。だから──」
「この力で、私たちはもっと多くの命を救います。救えなかった、あのときの人たちの分まで……」
アリスが続ける。
単純に、まだ引きずっているとか償いたいとか、そういうことだけじゃないんだろう。
過去への後悔や、自分を責める気持ちなんてのも二人にはきっとあるんだろう。
だけど、ただ悔んだり自責の念に苛まれるだけじゃなく──それを受け止めて、前へ進む。
リリスとアリスが目指すのは、きっとそういう道。
じゃあ、俺は──。
サロメの助手という立場で、その後も俺たちは何体もの魔族や魔獣を撃退した。
まさしく連戦連勝。
めざましい成果といってよかった。
そして二ヶ月が過ぎ──。
俺とリリス、アリスはそろってランクAに昇格した。