2 「あふれてくる」

文字数 3,194文字

「地震……?」

 そのとき、俺たちの前方の地面がいきなり爆裂した。
 突風が吹き荒れ、無数の土くれが飛んでくる。

 俺は即座に防御スキルを展開し、それらを弾く──。

「きゃあっ……」

 すぐ側で悲鳴が響いた。

「──って、うわわっ!?

 突風でバランスを崩したらしいルカが、俺に向かって倒れてくる。

 とっさに抱き止めるが、勢いを殺しきれない。
 そのまま俺はルカに押し倒された。

「んっ……」

 俺の唇に柔らかな感触が訪れる。

 瑞々しい、唇の感触。
 吐息と清潔な香り。

 そして目の前には、驚いたように目を見開いたルカの顔があって──。

「っ……!?

 そこでようやく、俺はルカとキスをしていることに気づいた。
 彼女が俺を押し倒した際、事故のように唇がぶつかってしまったのだ。

「あ……」

 唇を重ねたまま、目を見合わせる俺とルカ。
 呆然となり、キスをしたまま見つめあう。

「ご、ごめんっ……」

 俺は慌てて離れた。

 唇には、まだ熱い感触が残っていた。
 心臓が破れそうなくらいドキドキする。

「……い、いえ、私のせいだから。ごめんなさい……」

 ルカが震える指先で自分の唇をなぞった。

「……初めての、キス……ハルトの唇って、甘い味がする……」

 はふぅ、と息をもらすルカ。

 なんか、めちゃくちゃ照れる。

「残念だけど、ファーストキスの余韻に浸るのも、イチャイチャするのは後に取っておいたほうがいいみたいだよ」

 と、サロメが警告する。

「今の地震は、あいつの仕業みたいだからね」

「あいつって……?」

 森の向こうから巨大な影が起き上がるのが見えた。

 体長は優に二十メティルはあるだろうか。

 蜥蜴のような顔。
 鱗に覆われた巨躯。
 皮膜状の翼。

「あれは、まさか──」

 俺は息を飲んだ。
 以前、俺の町を襲った魔物によく似ている。

 野生の竜、だ。



 竜。

『最強』の代名詞ともいえるモンスターであり、これを倒した者には討竜士(ドラゴンスレイヤー)の称号が与えられる。

 竜は大きく分けて二種類いる。

 一つは魔界から現れる魔獣の一種。
 もう一つはこの世界の生物である、野生の竜。

 その強さは前者も後者もほぼ同じだった。
 つまり、どちらにしても最強クラスってことだ。

 これに対抗できるのは最強のランクS冒険者のみ、と言われていた。
 俺たちのパーティにはそのランクS冒険者──ルカがいるから、相手が竜といえども戦うことは可能だろう。

「だけど……」

 俺は唇を噛みしめた。

 さっきのキスの余韻を頭から振り払う。
 頭の中がすうっと冷えて、戦闘モードになっていく。

「ハルト……?」

 怪訝そうな顔でルカが俺を見た。
 彼女もさっきまでの動揺を抑えこみ、戦いの場に臨む剣士の表情に戻っていた。

 ……と思ったけど、頬がちょっぴり赤いままだ。

 そんな様を可愛らしいと思いつつも、俺は意識を戦いに向ける。

「誰かに頼るんじゃなく、俺はもっと──」

 強大なモンスターを前にして、心の中に湧き上がる衝動があった。

 強くなりたい、と。

 ただ防ぐだけじゃない。
 俺一人ですべてを片付けられるくらいに。

 俺一人でも勝てるくらいに──。

 そして、みんなを護る。

 またエレクトラみたいな奴が現れても。
 俺の力で全部護って、全部倒す。

 そんな存在に、なりたい。
 なってみせる。

 ──だから。

「あいつは、俺一人で抑える」

「ハルトくん、どうしたの……?」

「過信はよくないわ」

 戸惑ったようなサロメと、冷然と告げるルカ。

「大丈夫。うぬぼれてるわけじゃない。ただ感じるんだ」

 俺は二人に微笑み、竜に向き直った。



『今までの戦いや仲間との出会い、そして他のスキル保持者(ホルダー)との共鳴──それらを経て、ハルトにはさらなる成長の兆しが見えます。力の究極──『扉を開けし者』へと近づきつつあるのでしょう』



 女神さまの言葉を思い出す。

「力が──上がっている。いや、あふれてくるのを」

 俺の前方に翼を広げた天使のような紋様が浮かび上がった。

 紋様が発する虹色の光は、いつも以上にまぶしく鮮烈だ。

 俺は他の保持者(ホルダー)と出会うたびに、互いのスキルが共鳴し、その力が高まってきた。

 殺人鬼のグレゴリオと出会ったときも。
 強化能力を持つジャックさんと共闘したときも。
 ──そして、先日のエレクトラとの邂逅でも。

「二人は下がっていてくれ」

 言って、俺は前に出た。

 竜が、地響きを立ててこちらへ向かってくる。

 全身が震えるような強烈な威圧感。
 絶対的な存在と相対している絶望感。

 だけど、それらの感情はいずれも一瞬で消える。

 代わって湧き上がってきたのは、闘志と自信。
 そして冷静さ。

 不思議と負ける気がしない。
 封じて、倒す。

「──第四の形態、虚空への封印(ヴォイドシール)

 俺は虹色の光球を放った。

 竜の頭上で弾けた光球がドーム状になり、巨躯を包みこむ。
 攻撃エネルギーを無効化するスキル形態だ。

 以前よりも効果範囲も効果時間もおそらく伸びているはずだ。
 それが、感覚で分かる。

 他の保持者と会うたびに、俺の力は強くなっていくのだから──。

 竜がもがいた。

 光のドームに爪や尾を叩きつけるが、ビクともしない。
 虹の輝きを宿す檻は、最強のモンスターと呼ばれる竜をあっさりと封じていた。
 と──、

「なんだ……!?

 突然、竜を包む光がその色合いを変化させた。

 あふれる黄金の輝き。

 普段の極彩色の光とは色合いが違う。
 眼前に浮かんでいる紋様も不安定に揺らぎ、明滅を繰り返す。

 俺のスキルが、何かしらの変化を起こしている──!?

 不審に思うものの、俺はすぐに意識を眼前の竜へと戻した。

 相手は最強のモンスターだ。
 少しでも気を抜けば、命取りになりかねない。

 俺だけじゃなく、ルカやサロメを危険な目に遭わせないためにも──最後まで確実に奴を封じる。

 そして倒す。

 そう、倒すんだ。
 ただ守るだけじゃなく──。

 警戒したのか、竜はいったん動きを止めた。

 ……なら、わざと隙を作ってみるか。

 俺は竜の巨躯を包む光の檻を解除する。

 とたんに、

 ぐおおおおおおおおんっ!

 怒りの咆哮を上げた竜がブレスを放った。

 よし、誘いに乗ってくれたな。
 俺は竜がブレスを撃つ一瞬前に、スキルを再展開していた。

「第三の形態、反響万華鏡(カレイドスコープシフト)

 光のドームがブレスを乱反射した。

 轟っ!

 狭い内部で無数に反響したエネルギーが、竜の体を燃やし尽くす。

 俺に、攻撃能力はない。
 だけど相手の攻撃を利用すれば、これくらいの真似はできる。

「竜を……一瞬で倒した」

 ルカが息を飲んだ。

「まさに討竜士(ドラゴンスレイヤー)ね」

「すごいね……ギルドに報告すれば、すぐにB級か、もしかしたらA級まで上がるんじゃない?」

 と、サロメ。

「あるいは──その上にも」

 ルカがつぶやいた。



 そして、俺たちはさらに進む。
 やがて森の中心部にたどり着くと、石造りの小さな神殿が見えた。

「これが──」

 息を、飲む。

 外観はなんの変哲もない古ぼけた神殿だ。

 だけど、分かる。
 全身が熱く脈動するのを感じる。

 俺の中にある神の力が、神殿の中にあるものに反応している。

「古竜の神殿──」
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