11 「相手が誰だろうと」

文字数 2,021文字

 ず……んっ。

 地響きを立てて、フェニックスの巨体が倒れた。
 サロメの一撃がついに敵の頸動脈を切り裂き、絶命させたのだ。

「ふう……」

 俺はその場に膝をつく。
 強烈な脱力感で意識が薄れる。

「ハルトさん……!?

 アリスが心配そうな顔で俺の側にしゃがみこんだ。

「スキルを──いや、防御魔法を連発したせいで、ちょっと疲れちゃって」

 力なく首を振る俺。

「くっ……」

 目の前がぼやけた。

 防御スキルを複数箇所同時に発現させるのは、かなり集中力を使うのだ。

 しかも、スキルが解ければ、その瞬間にルドルフさんは襲ってくるだろうから、集中を切らす暇がなかった。
 かなりの疲労感と脱力感が襲ってくる。

 それらを振り払い、俺はルドルフさんを振り返った。

「私の獲物を……おのれぇ……」

 赤い戦士が俺をにらむ。
 ただ、攻撃してこようとはしない。

 俺はまだルドルフさんへの『虚空への封印(ヴォイドシール)』を解除していない。
 攻撃したところで、俺たちには何のダメージも与えられない。

 そのことはルドルフさんも理解しているんだろう。

 俺はため息交じりにスキルを解除した。

 また、向かってくるのか──。
 それとも、もう諦めるのか。

 俺はルドルフさんの動きを注視する。

 と、そのとき──、

 きゅおおおおおんんっ!

 甲高い鳴き声が聞こえた。
 炎をまとった巨体がゆっくりと起き上がる。

「フェニックス……!? そんな──」

 確かに絶命したはずなのに。

「伝説によれば、フェニックスの別名は不死鳥──一定確率で死からよみがえる特性があると聞いたことがある」

 ルドルフさんがつぶやいた。
 口の端が吊り上がり、どう猛な笑みを浮かべた。

「今度こそ、奴は私が狩る」

 言うなり、赤い戦士は駆け出した。

 よみがえったとはいえ、フェニックスの動きはまだ鈍い。
 復活したばかりだからなのか、それとも生き返ると弱体化するのか。

 ともあれ、ルドルフさんは因子によって強化された膂力で槍を振るい、フェニックスの巨体を猛然と切り裂いた。
 スキルでフォローする必要すらなく、ルドルフさんがフェニックスを圧倒する。

 ──その後、合計で二十七度。

 再生するたびに、ルドルフさんはフェニックスを殺し続け──ついに伝説級と称される魔獣は動かなくなった。

「ふん、伝説級という割には手ごたえがない」

 うそぶくルドルフさん。

「それだけの力があれば、きっと多くの人を助けられるはずだ」

 その背中に、俺は告げた。

「なのに、どうして──」

「興味がない」

 振り返ったルドルフさんの瞳は冷たかった。

「人を守るだの、冒険者の使命だの、私には無意味で無価値だ」

 その声には、温かみの欠片すら感じられなかった。

「私は貴様の守りを打ち崩すことができなかった。破壊すると決めた相手を壊せなかったのは、これが初めてだ……今回の敗北は認めよう」

 ルドルフさんが俺を見る目は、魔の者を見るときと同じ──まるで倒すべき標的でも見るような。
 そんな敵意に満ちた瞳。

「だが──いずれ必ず、貴様を打ち倒す。たとえ絶対的な防御であろうと、必ず砕いてみせる」

「冒険者同士で戦ってどうするんだ。俺は──」

「私が興味を持つのは、壊すことだけだ。滅ぼすことだけだ。力を振るうことだけだ」

 告げて、ルドルフさんが槍を構えた。

「相手が誰だろうと関係はない。魔の者だろうと──人間だろうと」

「……あんたは」

 俺たちの視線がぶつかり合う。

「……貴様のことは覚えておくぞ。ハルト・リーヴァ」

 やがてルドルフさんが背を向けた。
 静かに去っていく。

 その後ろ姿を見据えながら、俺は苦い思いを噛みしめていた。



 ──その後、俺たちはギルド本部に戻った。

 他の区域で戦っていたメンバーもそれぞれ戻ってきた。
 ルカやリリスはさすがの活躍を見せ、魔の者をすべて撃退したそうだ。

 だけど、中には全滅に近い状態に陥ったチームもあったらしい。
 また、戦いの余波で壊滅状態になった都市も──。

 結果的にすべてのチームが魔の者を討ち滅ぼしたけれど、被害は少なくない。

 それに、何よりも──。

「戦いはまだ終わってない……」

 俺は苦々しい気持ちでうめく。

 さっき、ギルドのレーダーが新たな『黒幻洞(サイレーガ)』の予兆を感知したらしい。
 それも、今回以上の規模で。

 いってみれば、今回の魔の者たちの侵攻は第一陣。
 近いうちに第二陣がある、ということだ。

 嫌な予感がする。

 もしかしたら、今回の戦いは単なる前哨戦に過ぎなかったのかもしれない、って。

 奴らの、本格的な侵攻は──これから始まるのかもしれない。
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